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大学・研究所にある論文を検索できる 「白血病細胞におけるATR阻害剤の作用機序の解析」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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白血病細胞におけるATR阻害剤の作用機序の解析

森元, 梓 東京大学 DOI:10.15083/0002004994

2022.06.22

概要

DNA損傷には大別すると塩基損傷とDNA鎖切断があり、その中でも最も重篤な結果をもたらすのは後者に分類されるDNA二本鎖切断(DNA double-stranded break:DSB)である。その情報伝達に応答するのは、Ataxia telangiectasia-mutated(ATM)を介する経路とAtaxia-telangiectasia mutated and Rad3-related(ATR)を介する経路がある。これらの経路の主要な分子に対する阻害剤はDNA損傷応答を阻害することによって、細胞機能を低下させるため、癌に対する治療効果が期待されている。ATR阻害剤はATPがATRに結合することを阻害することによりATRの機能を抑制し、DNA修復ができないようにするとDNA損傷応答に影響を与える。固形がんにおいて、これまでの知見ではがん抑制遺伝子産物p53に変異のあることがATR阻害剤の感受性の大きさにつながり、治療効果が期待されると考えられ臨床試験も盛んに行われている。本研究は、急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia: AML)と慢性骨髄性白血病(chronic myelogeneous leukemia: CML)におけるATR阻害剤の治療効果および作用機序を明らかにすることを目的とした。

白血病細胞におけるATR阻害剤、ATM阻害剤の感受性は細胞株で異なる
AMLとCMLの細胞株にATR阻害剤とATM阻害剤をそれぞれ投与すると、どちらの場合も単剤で細胞増殖能を抑制した。またそれらの濃度は細胞株により異なり、感受性は細胞株によって差があることがわかった。

ATR阻害剤と抗癌剤との併用は細胞増殖をさらに抑制しうる
固形がんでは、細胞障害性の抗がん剤とATR阻害剤でより細胞の増殖抑制ができるとの報告があるため、白血病細胞でもこれを検証した。シタラビンとATR阻害剤の併用で、阻害剤単剤の場合よりさらに細胞増殖を抑える場合があることがわかった。

p53の変異の有無とATR阻害剤の感受性は相関しない
文献的に調べたp53の変異の有無と算出した白血病細胞株ごとのATR阻害剤のIC50に相関はみられなかった。これは固形がんにおける既報と異なる結果であった。

p53のRNAレベルでの発現とATR阻害剤の感受性は相関しない
p53ついてRT-PCRで発現を調べた。細胞株ごとのp53のmRNAの発現レベルと感受性との相関は見られなかった。

ATR-CHK1経路やATM-CHK2経路の活性とATR阻害剤の感受性は相関しない
ATR-CHK1経路の活性化の指標としてpCHK1、ATM-CHK2経路の活性化の指標としてpCHK2が放射線照射で発現が増強するか検証した。ATR阻害剤高感受性の細胞株では放射線照射後のpCHK1の発現の増加が認められたのに対し、他の細胞株ではその増加は明らかではなかった。それに対し、pCHK2の発現はATR阻害剤感受性との相関は明らかではなかった。

ATR阻害剤の投与でアポトーシスの変化は一定ではない
DNAに障害が加わり細胞死に至る場合は、細胞のアポトーシスの増加か、細胞分裂の頻度の低下が起こっていることが予想されたため、ATR阻害剤を投与した際に、AMLとCMLの細胞株でそれぞれどのような変化が起きているかを調べた。アポトーシスの割合の変化をみたところ、一定の傾向は見られず、細胞株によって差が見られた。ATR阻害剤の感受性との相関も見られなかった。

ATR阻害剤投与で細胞分裂の頻度は変化しうる
ATR阻害剤投与による細胞分裂への影響をCSFE細胞分裂アッセイで検証した。ATR阻害剤高感受性群であるOCI-AML3とHELでは阻害剤投与で細胞分裂の頻度が低下し、非高感受性群であるTHP1、K562、NCO2では頻度が亢進するという結果となった。

p53以外のRNAレベルでの発現とATR阻害剤の感受性との相関
p53以外のDNA損傷応答に関与する分子についてRT-PCRで発現を調べた。CHK1あるいはCDC25Aの発現の高い細胞株とATR阻害剤低感受性群の関連がみられ、阻害剤の感受性のマーカーとして使用できる可能性が示唆された。

本研究では、最初にATR阻害剤の感受性にp53の変異が影響を及ぼすとの報告が既にあり、仮説として、p53の変異が有ることで、主にATMを介するDNA二本鎖切断に対する情報伝達経路の機能が低下しており、そこにATR阻害剤を加えることでDNA修復不全を起こし、血液腫瘍細胞を減少させることができると考え、実験を行った。

まず、白血病細胞におけるATR阻害剤のIC50と、文献的に調べたp53変異の有無に有意な相関は見られなかった。p53の発現の程度とも感受性に相関は見られなかった。以上からATR阻害剤の感受性とp53機能は相関しないことが示唆された。

次に、p53以外のDNA損傷応答に関わる分子の発現と感受性の相関を調べたところ、CHK1mRNAとCDC25AmRNAの高発現がATR阻害剤の非高感受性に相関する可能性があることが示唆されている。CHK1はCDC25Aをリン酸化することで分解し、結果として細胞周期が止まる。ATR阻害剤の感受性が低いということは、定常状態でCHK1の発現が高く、DNA損傷応答のシグナル伝達がスムーズに進み、CDC25Aを分解したとしても、CDC25Aの発現が高ければ、分解されていないCDC25Aの機能が維持されることになり、結果的に細胞周期の停止には至りにくいと考える。しかし、低感受性群のうちKG1のみこの機序に該当せず、CHK1のmRNAが高発現であり、CDC25AのmRNAは低発現であった。この場合、ATRからCHK1に至る過程でリン酸化に関与する分子の機能異常があることによって、CDC25Aのリン酸化効率が悪くなり、その結果CDC25Aの量が保持され細胞周期の停止には至らず、ATR阻害剤の感受性は低くなることが示唆される。以上より、CHK1とCDC25AmRNAはATR阻害剤の感受性を予測するマーカーとして利用できる可能性があるが、CHK1については単独で利用することは難しいと考える。

また、ウエスタンブロットの結果では、ATR阻害剤高感受性群で放射線照射によりpCHK1の増加が認められた。これは、DNA損傷が発生し、ATR経路でのシグナル伝達が起こる際にCHK1のリン酸化が効率よく行われ、より下流への信号が伝わりやすいことが予想される。

ATR阻害剤を投与した際に起こる細胞機能の変化について、アポトーシスと細胞分裂の頻度について検討した。アポトーシスとATR阻害剤感受性には相関がみられなかったが、CFSE細胞分裂アッセイにおいては、ATR阻害剤高感受性群のOCI-AML3、HELで有意差をもって細胞分裂頻度の低下が見られ、非高感受性群のTHP1、K562、NCO2の頻度の亢進が見られた。これは、高感受性群ではATR経路のシグナル伝達が行われやすいためATR阻害剤投与下でも細胞周期停止が起こり、分裂頻度が低下したことが示唆された。これらから、アポトーシスの増加がみられなかったことは、それ以前の細胞分裂の過程で細胞の状態が停止していることが考えられる。

今回は既報のようにp53とATR阻害剤との関連は確認されなかった。しかし、定常状態におけるCHK1と放射線照射後のpCHK1活性、CDC25AがATR阻害剤の感受性を規定するマーカーとして利用できる可能性が示唆された。但し、本研究では10種類の細胞株を使った結果であり、今後はさらに臨床検体など使用し検討することが課題である。