Search for the scalar top quark in the final state with jets and missing transverse momentum with the ATLAS detector at the LHC
概要
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論文審査の結果の要旨
氏名
楊易霖
本論文は 8 章からなる。
第 1 章では、本論文の導入が述べられている。素粒子物理の標準理論はこれ
までの実験結果を矛盾無く説明する一方で、宇宙の暗黒物質、階層性問題など
多くの本質的な問題を解決することができない。このため、標準理論を超える
新しい物理が存在すると考えられている。新物理の理論モデルとして、標準理
論に超対称性を導入して拡張した理論、超対称理論が有力視されている。その
中で、トップクォークの超対称パートナーであるスカラートップクォーク(スト
ップ)は、ヒッグス粒子の質量 125GeV を説明する理論パラメータ条件において、
LHC で探索可能な比較的軽い質量を持つ可能性があるため、重要な探索対象とし
て注目されている。本研究では LHC-Run2 の ATLAS 実験における全データ 139fb1
を用いて、現在の質量下限値(1TeV 程度)付近の比較的重いストップについて、
ストップがトップクォークとニュートラリーノに崩壊し、さらにトップクォー
クがハドロンへと崩壊するチャンネルの探索が行われた。
第 2 章では、本研究の理論的な背景についてまとめられている。超対称理論
のモデル候補の一つである MSSM におけるストップの特徴について、ハドロンコ
ライダーを用いてどのようなチャンネルを用いて探索するかに焦点をあてて述
べられている。
第 3 章では、LHC 加速器・ATLAS 実験装置の概要が述べられている。
第 4 章では、本研究で使用した LHC-Run2 の ATLAS 実験におけるデータセット
の詳細、データセレクションやトリガー条件について述べられている。また、
解析に使用したモンテカルロシミュレーションサンプルの生成方法についても
述べられている。本研究では、ジェットおよび横方向消失運動量を持ちレプト
ンを持たない終状態に着目した解析を行っており、レプトン、ジェット、横方
向消失運動量に対する再構成手法およびそのパフォーマンスについて述べられ
ている。
第 5 章では、探索感度の向上を目指し本研究で新たに開発・導入した解析手法
である DNN top tagger について述べられている。DNN top tagger はディープニ
ューラルネットワーク(DNN)手法を用いて終状態におけるブーストされたトッ
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プクォーク由来のジェットを検出するアルゴリズムであり、観測されたジェッ
トの内部構造に関連した複数のパラメータを DNN のインプットとして、高効率
でトップクォーク起源のジェットを検出すると同時に、これまでの手法に比べ
て数倍の背景事象除去率を実現している。本章ではアルゴリズムの詳細とその
較正手法、パフォーマンスについて述べられている。
第 6 章では、ストップ探索解析手法および解析結果が詳述されている。背景
事象の中から信号事象を選り分けるために、最適化された事象選択規則に基づ
く複数の信号領域で信号数を評価する。信号領域における背景事象数に見積も
りは、背景事象のタイプ毎に設定したコントロール領域において観測された背
景事象数から推定する、いわゆるデータ主導の背景事象の評価方法が採用され
ている。信号領域における背景事象数の見積もりの正当性は、別途設定したバ
リデーション領域で評価する。また、本解析における系統誤差についても詳述
されている。実験データにおける再構成、較正、識別に関連する系統誤差、モ
ンテカルロシミュレーション等で仮定されているモデルに関連する理論的な系
統誤差、データ主導で見積もった背景事象に関する系統誤差の評価について述
べられている。次に、信号を見積もるフィットで使用した統計モデルについて
述べた後、最後に解析結果が述べられている。設定したすべての信号領域にお
いて、標準理論で予想される背景事象に比べて信号の超過は観測されなかった。
さらに、ストップの質量に対する制限を導き出すための理論モデルを仮定した
フィット、さらに新物理の断面積に対する制限を導き出すための理論モデルに
依存しないフィットの結果が示されている。
第 7 章では、第 6 章で示されたフィット結果をもとに、理論パラメータに対
する制限が示されている。ニュートラリーノ質量 1GeV において、ストップの質
量に対して 1.4TeV 以下の領域を排除した。これは重いストップに対して得られ
たこれまでで最も厳しい制限である。本解析の探索感度は、同じデータを既存
の手法で解析したものと比べて 27%改善している。
第 8 章では、本研究の結論がまとめられている。
本研究は、ATLAS コラボレーションとしての共同研究であるが、論文提出者の主
導で行われた研究であり、特に新たな解析手法の導入による探索感度の改善に
対して論文提出者の貢献は大きい。したがって、博士(理学)の学位を授与でき
るものと認める。