Efficacy and safety of colorectal endoscopic submucosal dissection in patients with sarcopenia

概要

1. 序論
大腸癌は世界的に増加傾向であり，早期発見・早期治療の重要性が高まっている．進行大腸癌や一部の早期大腸癌に対しては外科的切除が適応となるが，多くの早期大腸癌に対しては内視鏡的切除が適応となる．内視鏡的切除の中でも内視鏡的粘膜下層剥離術（ESD=Endoscopic Submucosal Dissection）は腫瘍の大きさに関わらず治療可能であり，非常に有用である．本邦でも 2012 年より保険収載され，全国の医療機関で幅広く施行されている．しかし，技術的難易度が高く，安全性に関する検討が重要である．高齢者において比較的安全に施行可能であるという報告はあるが(Yoshida, N. et al.,2010)，年齢だけでは栄養状態や身体活動能などの全身状態を正しく評価することは困難である．近年，高齢化社会が進行する背景もあり，全身状態の指標としてサルコペニアが注目されている．サルコペニアは加齢に伴い骨格筋が萎縮し，筋力低下や身体機能の低下を伴う状態と定義され(Alfonso, J. Cruz-Jentoft, et al.,2010)，大腸癌や膵臓癌，肝臓癌などの予後不良因子であるとの報告や胃癌や大腸癌の術後合併症のリスクであるとの報告があるが(Elizabeth, J. et al.,2017; Fukuda, Y.et al.,2016; J., R. Lieffers. Et al., 2012; Youn Su Park. et al.,2010), 大腸ESD とサルコペニアの関連は明らかではない．今回，大腸ESD がサルコペニア患者に与える影響を比較・検討した．

2. 実験材料と方法
2012 年 3 月から 2018 年 10 月までに平塚市民病院で大腸 ESD を施行した 324 人，361 病変を対象とした後ろ向き観察研究を行った．大腸ESD 施行前 3 ヶ月以内に腹部 CT を撮像していないもしくは臨床情報が不足している 80 例を除外し，271 病変を解析した．第 3 腰椎レベルの筋肉量を CT で測定し，骨格筋量指数(Skeletal Muscle Index, SMI)を算出した．男性は SMI < 50 cm2/m2，女性は SMI < 39 cm2/m2 をサルコペニアと診断した．サルコペニア群と非サルコペニア群における一括切除率，治癒切除率，穿孔率，後出血率，Post ESD electrocoagulation syndrome (PECS=ESD 後 4 日以内に生じる穿孔を除外した限局的な腹痛と定義される)の発生割合，施行時間，クリニカルパス逸脱率により両群における大腸ESD の治療成績を比較検討した．

3. 結果
80 例を除外し，ESD 264 件(244 名，271 病変)を最終解析対象とした．サルコペニア群は 134病変，非サルコペニア群は 137 病変であった．サルコペニア群, 非サルコペニア群では年齢中央値(71.3±10.2 歳, 68.1±10.7 歳), 平均 SMI(40.4 cm2/m2, 52.1 cm2/m2)であった．背景因子として性別(男性:女性 77:44, 74:49)で有意差は認めなかったが，Charlson Comorbidity Index(1.5, 0.9)は 2，BMI(21.2, 23.7)は 22.0，血漿アルブミン値(3.9，4.1)は 4.0 をカットオフとすると有意差を認めた．大腸ESD の治療成績に関しては，一括切除率，治癒切除率，穿孔率，後出血率，クリニカルパス逸脱率などは有意差を認めなかったが，PECS 発生割合では有意差を認め，非サルコペニアがPECS のリスクとなる傾向が認められたが，サブグループ解析では有意差は認めなかった．

4. 考察
サルコペニアが大腸ESD に与える影響について検討した．サルコペニアは種々の治療における治療成績への悪影響が報告されているが，今回の我々の検討から大腸ESD はサルコペニア患者であっても安全に施行可能であり治療成績も保たれる可能性が示唆された．早期大腸癌に対する適応は現在T1a(粘膜下層軽度浸潤癌)となっているが，T1b においても，他の因子によりリンパ節転移のリスクが非常に低いと考えられるケースも報告されており，従来は外科手術が適応となっていた大腸癌も，今後は大腸 ESD の適応となる可能性も考えられる．社会の高齢化に伴い，侵襲的な治療に対するリスク評価として，年齢のみならず併存疾患，身体機能低下等の評価は重要であり，特にサルコペニアは加齢による筋量減少とそれに伴う身体活動能力の低下として様々の疾患の基盤となり得るため，本研究の意義は大きいと考える．今後は短期成績のみではなく，サルコペニア症例に対する大腸 ESD の長期成績や予後についても検討が望まれる．