Clinical impact of evaluation of frailty in endoscopic submucosal dissection for early gastric cancer in elderly patients

概要

1. 序論
　早期胃癌は，胃粘膜に発生する上皮性悪性腫瘍のうち，リンパ節転移の有無を問わず，腫瘍の浸潤が粘膜内または粘膜下層までに留まるものと定義されている．早期胃癌に対する内視鏡的粘膜下層剥離術（Endoscopic submucosal dissection：ESD）は，従来の外科手術と比較して患者への侵襲が少ない，低侵襲な治療として広く受け入れられてきている．これまでの多くの研究で，ESDは早期胃癌に対して安全で効果的な治療法であることが報告されてきており，また長期的な予後としても良好な転帰が得られることがわかっている (Kim et al., 2018)．
　フレイルとは，「加齢に伴う予備能力低下のため，ストレスに対する回復力が低下した状態」を表す“frailty”の日本語訳として日本老年医学会が提唱した用語である．フレイルの有無で治療後の転帰に差があることは知られており，実際に外科手術後の合併症率が高いことや術後の生存率が低いことが報告されている(Adams et al., 2013; Makary et al., 2010; Robinson et al., 2011)．先述したとおり，ESDは早期胃癌に対して安全で効果的な治療法であることが示されており，それは高齢者に対しても同様であることが多数報告されている(Kakushima et al., 2007; Tokioka et al., 2012)．しかし，フレイルを呈する高齢者に対して早期胃癌に対するESDが予後を改善し，また安全に実施できるかどうかということについてはこれまでのところ知られていない．
　本研究の目的は，フレイルを呈する高齢者における早期胃癌ESDの短期成績・長期的な予後についての検証を行うことである．我々は，そのために，フレイルを呈さない高齢者患者の治療成績と比較して検討を行うこととした．

2. 実験材料と方法
　2008 年 9 月から 2014 年 9 月までの間に横浜市立大学医学部附属病院とその関連病院 2
　施設で合計 1043 名の患者に ESD を実施し，そのうち 80 歳以上の高齢者 147 名の患者を対象とした．ただし．予後に関するデータが不足していたため，5 名を除外とした．そのため本研究では，142 名の 80 歳以上の患者 151 病変を対象とすることとした．
　フレイルを呈する患者群（フレイル群）とフレイルを呈さない患者群（非フレイル群）の転帰について比較した．フレイルの有無は，入院前の患者の状態に基づいて CFS（Clinical Frailty Scale）を用いて評価することとした．短期成績としてESD 後の合併症と治療成績を評価し，長期成績としてESD 施行後の長期予後を評価項目とすることとした．

3. 結果
　本研究において，過去の研究に基づいて CFS スコアが 4 以上の患者をフレイル，CFS ス コアが 3 以下の患者を非フレイルとして分類し(Okabe et al., 2019)，非フレイル群（CFS1-3， 101 症例）とフレイル群（CFS4-7，41 症例）の 2 つのグループに割り付けることとした．
　短期成績においては，合併症と治療成績いずれも 2 群間において有意な差は認めなかったが，長期的成績については，フレイルを呈する患者は，フレイルを呈さない患者に比べて ESD 後の転帰が有意に悪いという結果となった（3 年全生存率は 73.2 vs. 93.1％；log-rank test で P＜0.001）．早期胃癌の ESD 後の予後関連因子を同定するための単変量解析および多変量解析を行った．単変量解析においては，ASA-PS とフレイルの有無が生存率低下と有意に関連していた．多変量解析においては，Cox 比例ハザードモデルにより，フレイルの有無が予後不良の独立した危険因子であることが示された（ハザード比 2.47，95％信頼区間 1.02-5.98，P = 0.046）．

4. 考察
　昨今，全世界で高齢化が急速に進んでいる．2017 年の厚生労働省の調査では本邦の平均寿命は男性 81.1 歳，女性 87.3 歳と報告されている．日本で行われた早期胃癌に対する ESDに関する多施設共同で行った研究では， ESD による早期胃癌の治癒切除は，80 歳以上の高齢の患者に対しても予後向上に寄与する可能性があることを報告している(Abe et al., 2012)．しかし，必ずしもすべての患者が 80 歳以上でも ESD を受けるべきという結論にはならず，ESD を施行するべきかどうか，その適応については議論が分かれるところがあるのが実情である．
　本研究の目的は，フレイルを呈する高齢者における早期胃癌に対する ESD の短期成績・長期成績について，フレイルを呈さない患者軍と比較することで検討を行った．本研究では，フレイルを呈する高齢者における早期胃癌に対する ESD の短期成績については，フレイルの有無で有意な差を認めなかった．一方で、早期胃癌に対する ESD 後の長期生存率は，フレイルを呈する患者群の方がるフレイルを呈さない患者群よりも統計学的に有意に短いという結果となった．本研究はフレイルの有無で対象を分けて，早期胃癌に対する ESD について短期成績・長期成績を検討した世界で初めての研究となった．今回の検討は，早期胃癌に対する ESD を行うべきかどうかを判断する上で，フレイルの有無の評価が有用である可能性を示していると考えられる．

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