Effects of colorectal endoscopic submucosal dissection on postoperative abdominal symptoms: a prospective observational study
概要
1.序論
大腸ポリープと大腸癌は世界的に増加傾向であり,早期発見と早期治療の重要性が増している.大腸ポリープはいずれ癌化する可能性があり,大腸ポリープとリンパ節転移のリスクがごくわずかな多くの早期大腸癌に対する内視鏡的切除は重要である.内視鏡的切除では,内視鏡的粘膜切除術(Endoscopicmucosalresection:EMR)が従来から広く行われていたが病変径に制限があるため,大きな病変にも治療可能な内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopicsubmucosaldissection:ESD)が比較的最近開発され大変有用な治療法である.大腸ESDは,本邦では2012年より保険収載され,全国的に多く行われており今後より普及していくと考えられる.近年,低侵襲モダリティの進歩に伴い,患者の生活の質(qualityoflife:QOL)を考慮した治療が推奨されており,癌治療においても予後を改善するだけでなくQOLを考慮した治療が求められている.消化管癌の外科手術後のQOLを評価した検討はいくつかあり,胃ESDでは曖気や腹部膨満などの胃腸症状の症状を来すことが報告されている(Chungetal.,2009;Leeetal.,2012;Ueharaetal.,2013).一方,大腸ESDが腹部症状に与える影響は明らかではない.post-colorectalESDcoagulationsyndrome(PECS)と呼ばれる大腸ESD後の短期間に生じる腹痛(Jungetal.,2013;Yamashitaetal.,2016;Arimotoetal.,2018)は報告されているが,腹部症状全般への影響は検討されていない.このため,大腸ESDが腹部症状に与える影響を明らかにするために前向き研究を実施し比較検討を行うこととした.
2.実験
材料と方法研究プロトコルは,ヘルシンキ宣言および厚生労働省が発行した臨床研究の倫理ガイドラインに準拠し施行された.まず,横浜市立大学病院の倫理委員会で承認され(倫理委員会承認番号:B150201009),その後,平塚市民病院の倫理委員会でも承認された(倫理委員会承認番号:26-011).2015年3月から2019年8月に横浜市立大学附属病院およびその関連病院1施設で大腸ESDを受け,腹部症状に関する問診票に回答した171名の患者を対象とした.ただ,全ての項目を回答しなかった30名を除外し141名を対象とし前向きに評価した.腹部症状に関する問診は,ESD前とESD施行2〜4週間後(退院後の初回外来診察時)に,日本語版GSRS(Gastrointestinalsymptomratingscale)(Hongoetal.,1999)を問診票として用い施行した.GSRSは,15の質問項目を患者自身に1~7の点数をつけてもらい,5つに分類された下位尺度(酸逆流,腹痛,消化不良,下痢,便秘)と全体スコアも含め評価する.ESD前後のそれぞれ項目を比較検討した.なお,過去の研究(Ueharaetal.,2013;Chahal-Kummenetal.,2019)に基づき,3以上を臨床的に有意な症状として扱った.
3.結果
解析対象のうちに2つの病変を1度にESDした患者が6名おり,最終的に解析したのは141名の患者で計147病変であった.ESD前後のGSRSスコアを比較すると,15のそれぞれの質問項目,5つの下位尺度はいずれもわずかに改善,全体スコアも1.58±0.58から1.48±0.48とわずかに改善しており,悪化した項目は認めなかった.また,15の質問項目のうちの放屁,残便感,下位尺度のうちの消化不良,便秘,全体スコアは統計的に有意な改善を示した.また,Yamashitaetal.,2016およびArimotoetal.,2018が報告したPECSの独立したリスク因子を踏まえ,検体径(<4cm,≥4cm),性別(男性,女性),手術時間(<90分,≥90分),および病変部位(盲腸,その他)にグループ分けしESD前後の全体スコアを比較すると,どの群でもわずかな改善が認められ悪化した項目は認めなかった.いくつかの項目では統計的に有意な改善が示された.さらに,病変部位を右側結腸(盲腸,上行結腸,横行結腸),左側結腸(下行結腸,S状結腸),直腸にグループ分けし,ESD前後の全体スコアの比較も施行したが,いずれの群でも悪化は認めなかった.
4.考察
ESD前後のGSRSのスコアを比較し,大腸ESDが腹部症状に与える影響を検討した.大腸ESDが上部消化管症状を引き起こすかどうかは不明であったため,上部消化管症状と下部消化管症状を含めた腹部症状全般を評価できるGSRSを問診票として用いた.大腸ESD後の腹部症状の悪化は認めなかった.ほぼすべてのESD後のスコアはESD前より改善しており,いくつかの項目では統計的に有意な改善が認められたが,どのスコアも臨床的に有意な症状ではない3未満であり,変化量は小さかった.したがって,今回認めたスコアの改善がわずかで,臨床的に有意な差がないと考えられた.PECSと呼ばれる腹部の症状がESD後数日以内に発生することが報告されていたが,ESDの2〜4週間後に評価した本研究ではPECSの危険因子においても腹部症状の悪化は認めなかった.また,左側結腸は右側結腸よりも腸管径が細く固形成分が多いこと,直腸は肛門の近くにあり排便に敏感なことから,病変の各位置をグループ分けし比較したが,どの群でも悪化はみられなかった.一方で,胃ESDが胃内容排出の遅延により腹痛や消化不良などの胃腸症状に影響を与えることが報告されている.大腸ESDによる腹部症状の悪化を認めなかった原因として,大腸が胃よりも大きな臓器であり,その内容物がよりも液体成分であることが原因である可能性が考えられた.本研究によって,大腸ESDが術後の腹部症状と排便習慣に影響を与えないことが示唆された.大腸ESDは,低侵襲で効果的な治療法と考えられた.