The Negative Survival Impact of Infectious Complications After Surgery is Canceled Out by the Response of Neoadjuvant Chemotherapy in Patients with Esophageal Cancer
概要
【背景】本邦においては,「臨床病期(TNM 分類第 6 版)II/III 食道癌を対象とした CF 療法による術前補助化学療法と術後補助化学療法の第Ⅲ相試験(JCOG9907)」が行われ,術前化学療法群は 術後化学療法群に比して有意に全生存期間の延長を認めた.これにより, CF 療法による術前化学療法+外科的切除がわが国での標準治療となった.ここでの術前化学療法の目的は,down staging,局所制御により治癒切除率を上げる,全身微小転移の制御などが挙げられる.一方で食道癌手術は,頸部・胸部・腹部操作を必要とし,侵襲が大きく, 30%~65%と高率に術後合併症を引き起こす.また,術後感染性合併症は,食道癌手術症例において予後不良因子と報告されている.合併症による炎症反応が引き起こす腫瘍増殖と免疫抑制によって,術後の遺残微小転移が顕在化するためと考えられている.以上のことから,術前化学療法で全身微小転移がコントロールされていれば,術後感染性合併症が起こっても予後に影響を与えない可能性がある.しかしながら術前化学療法を施行した症例においては,術後感染性合併症が予後因子になるか否か,一定の見解はない.また,術後感染性合併症と予後の関係について,術前化学療法の奏功程度で比較した報告はない.
【目的】術前化学療法を受けた食道癌患者において,術後感染性合併症は予後不良因子であるか検討した.また,術前化学療法の治療効果を層別化し,奏功例と非奏功例のそれぞれの群で,術後感染性合併症が予後不良因子となるか検討することで術後感染性合併症が予後に影響を与えないことを明らかにする目的で本研究を行った.
【方法】2011 年 1 月~2015 年 9 月までに術前化学療法後に食道切除術を受けた症例を後ろ向きに検討した.術前化学療法に対する奏効は,病理組織学的効果判定 grade1b 以上と定義した.術後感染性合併症は Clavien-Dindo 分類の Grade2 以上と定義した.全生存に対するリスク因子について Cox 比例ハザード分析を用いて検討した.本研究は当院の倫理委員会で承認され(IRB number: 2015.epidemiologic study-31),すべての対象患者にインフォームドコンセントが行われた.臨床病理学的用語は食道癌取扱い規約 11 版に準じた.
【結果】2011 年 1 月から 2015 年 9 月に、神奈川県立がんセンターにおいて、食道癌に対する食道切除術を受けた 208 例のうち,cStage IB, IIA, IIB, IIIA, IIIB, IIIC は 153 例であった.そのうち適格基準を満たしたのは 111 例であった.Clavien-Dindo 分類における grade2 以上の術後感染性合併症は,45 例(40.5%)に認められた.肺炎が 22 例(19.8%)で最多で,次いで縫合不全が 18 例(16.2%)であった.重症度では grade2 の割合は 56.0%, grade3 は 40.0%,grade4 は 2.0%だった.周術期死亡例は認めなかった.術前化学療法に対する病理学的奏功は,grade3 が 5.4%,grade2 が 23.4%,grade1b が 19.8%,grade1aが 44.1%,grade0 が 7.2%だった.このことから術前化学療法に対する奏功群は 54 例,非奏功群は 57 例であった.対象症例の観察期間の中央値は 40.3 か月(18.3-75.9 か月)であった.合併症あり群と合併症なし群での生存曲線を比較すると,合併症あり群において有意に下回っていた(p=0.005).多変量解析の結果,術後感染性合併症は全生存に対する独立したリスク因子であった(HR 2.359,95% CI 1.057-5.263,P=0.036).次に,術前化学療法に対する奏功群と非奏功群に分け,それぞれにおける全生存について検討を行った.術前化学療法に対する奏功群における,合併症あり群(18 例)と合併症なし群(36 例)での生存曲線を比較すると,両群間で有意差は認めなかった(p=0.930).多変量解析においては,術後感染性合併症はリスク因子にはならなかった( HR 0.865; 95% CI 0.122-6.153, p=0.886).術前化学療法に対する非奏功群における,合併症あり群(27 例)と合併症なし群(30 例)での生存曲線を比較すると,合併症あり群において有意に悪かった(p=0.003).多変量解析においては,術後感染性合併症は独立したリスク因子となる傾向だった(HR 2.862; 95% CI 0.942-8.696, p=0.063).
【考察】本研究の結果,食道癌術前化学療法施行例においても,術後感染性合併症は,全生存に対する独立したリスク因子であった.また,術前化学療法の非奏効例においては全生存に対する独立した有意傾向のあるリスク因子であったが,奏効例ではリスク因子ではなかった.過去の研究においては,Yamashita らは術前化学療法を施行した胸部食道扁平上皮癌症例を対象とし,合併症は Clavien-Dindo 分類 Grade3 以上の重症合併症と定義して検討している.重症合併症発症群において有意に予後が悪く(p=0.003),多変量解析において,重症合併症(HR:1.642, p=0.016),が予後不良因子である,と報告している(Yamashita K et al., 2016).本研究でも同様の結果が得られた.また本研究では,術前化学療法の奏功例において,術後合併症発症の有無によって全生存期間の生存曲線を比較すると,両群間で生存に差は認めなかった.しかし,非奏功例における同様の比較では,合併症あり群で有意に予後が不良であった.Tanaka らは,術前化学療法後の食道癌手術症例 244 例において,胸部操作後の循環腫瘍細胞量が,術前化学療法の奏功例と非奏功例によって異なるのか検討し,術前化学療法の非奏功例において,胸部操作後の残存腫瘍細胞量が有意に多く(p=0.046),無再発生存期間も有意に下回っていた(p=0.0384),と報告している(Tanaka K et al., 2010).また,Prenzel らは,術前放射線化学療法後の食道癌手術症例 52 例において,リンパ節微小転移などの遠隔転移が,術前療法の奏功例と非奏功例によって異なるのか検討し,術前放射線化学療法の奏功例においては,リンパ節の微小転移が有意傾向をもって減少したことを報告している(p=0.068).(Prenzel KL et al., 2007).以上の報告から,術前療法の奏功例においては,循環腫瘍細胞量やリンパ節微小転移量が減少していることから,術前化学療法の奏功程度によって残存微小転移が変化することが考えられる.術前化学療法の非奏功例においては残存腫瘍細胞量が多く,それが術後感染性合併症の発症により顕在化し,再発や予後の増悪につながることが推測される.術前化学療法の奏功例においては,全身微小腫瘍細胞がコントロールされることで,術後感染性合併症が発症しても予後に影響しない可能性が示唆される.
追加研究として,局所進行食道癌術後感染性合併症の早期予測因子を検討した(Kano et al., 2017).その結果,術後 4 日目の CRP 値 4.0mg/dl 以上が早期予測因子として有用であった.さらに,この値が長期予後のリスク因子となることを検討した(Kano et al., 2019).その結果,術後 4 日目の CRP 値 4.0mg/dl 以上が長期予後のリスク因子であった.このことから,術後合併症を減少させる取り組みに加え,炎症反応を抑える周術期管理が必要であると考えられた.
【結語】術後感染性合併症による予後悪化の影響は,術前化学療法の奏功により抑止できる可能性が示唆される.