斜方晶系YMnO3単結晶の誘電特性と磁性の温度遍歴
概要
RMnO3(R は希土類イオンまたは Y) はペロブスカイト構造をとる。RMnO3 においては R のイオン半径が相対的に小さいため、R イオンの周りの隙間を埋めるべく MnO6 八面体が傾く GdFeO3 型歪みが生じる。さらに Mn3+ 特有のヤーン–テラー効果によりRMnO3 は歪んだペロブスカイト構造をとる。最近接の Mn-Mn 間にはたらく交換相互作用は強磁性的であり [1]、次近接の反強磁性相互作用と競合する。
この競合により RMnO3 では図 1 に示すような sinusoidal 相、E 型反強磁性相、サイクロイドらせん相という磁気相が現れる [2]。磁気的な周期が結晶構造と不整合な場合と整合する場合を、それぞれインコメンシュレート磁気構造とコメンシュレート磁気構造とよぶ。E 型反強磁性とサイクロイドらせん磁性の磁気構造は誘電分極を引き起こすことが知られている。これはマルチフェロイクス現象とよばれる。
RMnO3 はマルチフェロイクス特性への興味から、多くの研究が行われてきた。その中でも斜方晶 YMnO3では様々な磁気相の競合が期待できるにもかかわらず研究例が少ない。A. Mu˜noz らは、斜方晶 YMnO3 粉末を合成し、中性子散乱実験を行った [3]。その結果、磁気伝搬ベクトルは 28 K 以上で温度依存性を示すが、28 K 以下では一定値となることを報告している。石渡らは高圧合成法により作成した斜方晶 YMnO3 単結晶について磁化率、誘電率、誘電分極を報告している[4]。誘電分極が 30 K および 10 K に 2 段階の異常を示すことから、磁気秩序状態が高温から順に sinusoidal相、E 型反強磁性相とサイクロイドらせん相であると解釈されている。しかし、A. Mu˜noz らによる中性子散乱実験では E 型反強磁性からサイクロイドらせん磁性への転移は観測されていない。