リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

リケラボ 全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索するならリケラボ論文検索大学・研究所にある論文を検索できる

大学・研究所にある論文を検索できる 「網膜ペリサイト生理機能を支えるアミノ酸輸送機構の解明」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

コピーが完了しました

URLをコピーしました

論文の公開元へ論文の公開元へ
書き出し

網膜ペリサイト生理機能を支えるアミノ酸輸送機構の解明

座光寺 伸幸 富山大学

2021.09.01

概要

網膜は視覚を担う神経組織であり、その機能は加齢とともに障害される。そのため、網膜障害による視力低下 (網膜症) は、超高齢化社会を迎える日本において今後重大な社会問題になると考えられる。糖尿病性網膜症 (diabetic retinopathy; DR) を始めとする網膜症は、発症初期には網膜血管病変を主体とし、その後神経障害が進行する病態である。そのため、網膜症の治療は、網膜微小血管の病変進行抑制を目的とした糖尿病などの無症候段階での予防治療や、網膜レーザー光凝固術などの外科的治療、抗 vascular endothelial growth factor 抗体の硝子体内注射が行われている。一方、これらの治療において、予防治療は網膜微小血管を直接標的としていない点や、他の治療は侵襲性や長期予後が不明といった課題が残されている。以上のことから、網膜症は未だ治療上の課題は残されているものの、治療のニーズが存在している疾患領域と言える。現行の治療成績を考慮すると網膜症の治療アプローチとして網膜微小血管は有効な標的と考えられる。そのため、網膜症の新規治療法の確立にあたり、網膜微小血管関連分子のさらなる研究が求められている。

網膜微小血管は、網膜神経が正常に機能するために必要な網膜内環境の恒常性維持に必要な、血液網膜間の物質移行の制御を行っている。網膜微小血管のバリア機能とも呼べる厳密な物質移行の制御には、網膜 neurovascular unit という、血管内皮細胞や網膜ペリサイトなどから構成される 3 次元的構造が重要な役割を果たす。ペリサイトは全身組織の微小血管に存在し、血管内皮細胞を被覆する細胞であるが、網膜ペリサイトは微小血管内皮細胞に対する存在比が体組織の中で最も大きく、網膜微小血管の形態維持やバリア機能維持に貢献する重要な細胞である。網膜ペリサイトは収縮・弛緩による網膜血管径の調節や、細胞外マトリクスタンパク質 (Ⅳ型コラーゲンなど) の合成及び基底膜への供給といった生理機能を有している。網膜ペリサイトは、これらの生理機能により網膜内血流動態の制御や基底膜による血管の構造的安定化に貢献し、網膜 NVU における役割を果たしている。ペリサイトの収縮・弛緩には、nitric oxide (NO) や、NO 合成を誘導する L-glutamate (L- Glu) などの様々な神経伝達物質や血管作動性分子が関与する。これらの分子は神経細胞や内皮細胞から供給されるか (パラクリン様式)、オートクリンの様式で網膜ペリサイトにて作用を発揮すると考えられる。ペリサイトにおいて、NO 合成能と細胞質小胞への L-Glu 濃縮・放出機構が報告されており、ペリサイト収縮・弛緩に関与する NO と L-Glu は、少なくとも一部オートクリンの様式に て、網膜ペリサイトにおける機能を発現すると推察される。この詳細な分子機構、即ち網膜ペリサイトにおける NO と L-Glu オートクリンに対し大きく関与する分子の特定は、ペリサイトの網膜血流動態の制御に関する有用な知見につながると考えられる。網膜ペリサイトが合成するⅣ型コラーゲンは、網膜微小血管のバリア機能維持に重要な細胞外マトリクスタンパク質である。また、網膜ペリサイトによるⅣ型コラーゲン合成異常は DR 進行への関与が示唆されている。以上から、網膜ペリサイトにおけるⅣ型コラーゲン合成は、網膜血管バリア機能の維持に必要なだけでなく、DR 病態の形成・進行に影響を与えると推察され、この合成機序に関与する分子機構の解明は、網膜 NVUバリア機能維持の理解を深め、さらには DR 進行を予防する治療標的の提示に繋がると考えられる。 NO やⅣ型コラーゲンは、L-arginine (L-Arg) や L-proline (L-Pro) を前駆物質として合成される。

また、NO 合成促進因子として L-Glu が知られている。これらのアミノ酸の動態、特に細胞外からのアミノ酸取り込み過程は、NO 及びコラーゲン合成細胞における、それらの合成量に影響を与える。NO 合成及びⅣ型コラーゲン合成に影響を与える網膜ペリサイトのアミノ酸動態は、網膜内血流動態の制御や基底膜による血管安定化に影響を与えると推察されるが、その動態に関与する分子機構は明らかとなっていない。本研究では、網膜ペリサイト生理機能に関与する NO の前駆物質であるL-Arg、NO 合成促進因子であるL-Glu、細胞内L-Glu 量に影響を与えると考えられるL-glutamine (L-Gln)、及びⅣ型コラーゲン主要構成アミノ酸である L-Pro の細胞外からの取り込み過程に関与する分子機構を解析した。また、分子機構の特定には、網膜ペリサイトとしての特性を良好に保持していることが示されている、条件的不死化ラット網膜ペリサイトである TR-rPCT1 細胞を用いた。

1. 網膜ペリサイトにおける網膜血管拡張因子関連アミノ酸輸送機構解明 1, 2)
初めに、網膜ペリサイトにおいて L-Arg を前駆物質として NO を産生する nitric oxide synthase (NOS) 分子種及びL-Gln を前駆物質としてL-Glu を産生するglutaminase (GA) 分子種を特定するため、TR-rPCT1 細胞を用い、reverse transcription polymerase chain reaction (RT-PCR) による mRNA 発現解析を行った。その結果、NO 合成酵素としてendothelial NOS と inducible NOS の発現が示され、網膜ペリサイトにおけるこれら酵素を介した L-Arg からの NO 産生が示唆された。また、この NO産生に影響を与える L-Glu を、L-Gln からの合成する酵素kidney-type GA 及び liver-type GA の発現や、小胞型 L-Glu トランスポーターである vesicular glutamate transporter 1 の発現もまた、網膜ペリサイトにおいて示唆された。TR-rPCT1 細胞を用いて、NO 合成に関与する L-Arg と L-Glu、そして網膜ペリサイトにおける GA の発現が示唆されたことから L-Glu 前駆体である L-Gln の、網膜ペリサイト外からの取り込み輸送に関与する分子を機能・発現の両面から解析した。TR-rPCT1 細胞における、L-Arg、L-Glu、及び L-Gln の取り込み輸送過程は、飽和性 (Km = 28.9 µM (L-Arg)、Km = 22.4 µM (L-Glu)、Km = 163 µM (L-Gln)) を示した。また、L-Arg 取り込みは Na+非依存性、L-Glu 及び L- Gln 取り込みは Na+依存性を示した。
L-Arg 取り込みは、system y+の基質である L-ornithine と L-lysine によって 50%以上阻害された。一方、system y+L、system B0,+、及び system b0,+の基質である、L-valine、L-leucine、及び L-glutamineは、L-Arg 取り込みに対して大きく影響しなかった。System y+の実体である CAT の発現解析から、ラット網膜ペリサイトにおける CAT1、CAT2B、及び CAT3 のmRNA 発現が示唆され、CAT1 についてはそのタンパク質発現がラット網膜ペリサイトにおいて示唆された。L-Arg 輸送解析及び発現解析の結果に加え、過去に報告された CAT1 を介した L-Arg 輸送の Km 値が本 L-Arg 取り込みの Km値と近似していることから、網膜ペリサイトにおける L-Arg 輸送に CAT1 が関与することが示唆された。L-Glu は、EAAT family 及び ASCT2 基質である L-aspartate や L-cysteine の共存下において強力に阻害された。また、EAAT family の基質である D-aspartate の共存において、L-aspartate や L- cysteine 共存時と同程度の阻害を示した。一方、ASCT2 が基質として認識する L-alanine、L-serine もしくは L-histidine の共存では、わずかに阻害したか、全く阻害しなかった。阻害実験の結果から、 ASCT2 よりもむしろ EAAT family が網膜ペリサイトにおける L-Glu 取り込みに関与することが示唆された。mRNA 発現解析では、EAAT1-5 の中で EAAT1 のみ TR-rPCT1 細胞における発現が示された。以上の結果から、網膜ペリサイトにおいて L-Glu 輸送を主に担うのは EAAT1 であることが示唆された。L-Gln 取り込みは、ASCT2 の基質として知られる L-alanine、L-cysteine、L-serine もしくは L-threonine の共存にて強力に阻害された。一方、system N 基質である L-histidine や system A 基質である L-Pro の共存による本取り込みに対する阻害効果は、ASCT2 基質の共存と比して弱かっ
た。これらの輸送解析の結果と mRNA 発現解析において ASCT2 mRNA 発現が示唆されたことから、ASCT2 は L-Glu 輸送には関与しないものの、L-Gln 取り込みに関与することが示唆された。

2. 網膜ペリサイトにおける細胞外 L-Pro 取り込み輸送機構解明 3)
本研究では、TR-rPCT1 細胞を活用し、L-Pro 輸送機能だけではなく候補分子のmRNA・タンパク質発現を解析した。さらに、対象分子が生体内において機能するかを検証するため、ラット網膜から毛細血管を単離し、本血管に接着している網膜ペリサイトにおける候補分子発現を免疫染色法にて評価した。TR-rPCT1 細胞における[3H]L-Pro 取り込みは、Na+依存性及び Cl-非依存性を示し、その飽和過程の Km 値は 810 µM であった。阻害実験では、system A、ASCT1、及び system B0 の共通基質である L-alanine、及び L-serine によって強力に阻害された。同様に、system A の特異的阻害剤として知られる 2-(methylamino) isobutyric acid (MeAIB) の共存にてその L-Pro 取り込みは強く阻害された。一方、system B0 基質である分枝鎖アミノ酸の L-leucine 及び L-valine の共存によっても、 L-Pro 取り込みは低下したものの、その効果は MeAIB と比して小さかった。以上の阻害プロファイルから、網膜ペリサイトにおける L-Pro 輸送に大きく寄与するのは system A であることが示唆された。System A の発現解析では、RT-PCR によってサブタイプである ATA1 及び ATA2 mRNA 発現が示唆され、β-actin を用いて mRNA 量を標準化した定量 real-time PCR の結果、ATA1 に比して ATA2 mRNA 発現量が多いことが示唆された。さらに、Western blot 及びラット網膜毛細血管を用いた免疫組織化学的染色法を用いた解析において、網膜ペリサイトにおける ATA2 タンパク質発現が示唆された。また、L-Pro 取り込みにおける Km 値は、過去に報告された ATA2 を介した L-Pro 輸送の Km値と近似した。以上の結果から、ATA2 が網膜ペリサイトにおける L-Pro 取り込み輸送に関与することが強く示唆された。

結論
本研究から、網膜ペリサイトにおいて、血管拡張因子である NO の前駆体である L-Arg 取り込みに CAT1 が、そして NO の合成に影響を与える L-Glu 及び L-Gln の輸送に、EAAT1 および ASCT2がそれぞれ関与することが見出された。また、コラーゲンの主要構成アミノ酸 L-Pro の網膜ペリサイトにおける取り込みに ATA2 が関与することが示唆された。本研究にて得られた網膜ペリサイトにおける形質膜アミノ酸トランスポーター群に関する知見は、網膜ペリサイトの生理機能や網膜疾患の病態形成についての更なる理解、そしてこれらアミノ酸トランスポーターを起点とした網膜疾患の治療戦略構築に繋がるものと期待される。

この論文で使われている画像

参考文献

1. Zakoji N, Akanuma S, Tachikawa M, Hosoya K: Involvement of cationic amino acid transporter 1 in L- arginine transport in rat retinal pericytes. Biol Pharm Bull. 38, 257-262 (2015).

2. Akanuma S, Zakoji N, Kubo Y, Hosoya K: In vitro study of L-glutamate and L-glutamine transport in retinal pericytes: Involvement of excitatory amino acid transporter 1and alanine-serine-cysteine transporter 2. Biol Pharm Bull. 38, 901-908 (2015).

3. Zakoji N, Tajima K, Yoneyama D, Akanuma S, Kubo Y, Hosoya K: Involvement of sodium-coupled neutral amino acid transporters (system A) in L-proline transport in the rat retinal pericytes. Drug Metab Pharmacokinet. 35, 410-416 (2020).

参考文献をもっと見る