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大学・研究所にある論文を検索できる 「酸化ストレス下の心筋細胞におけるグルタミン代謝の役割」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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酸化ストレス下の心筋細胞におけるグルタミン代謝の役割

Watanabe, Koichi 神戸大学

2021.03.25

概要

背景)
 心臓は全身の中で最もエネルギー(アデノシン三リン酸; ATP)を消費する臓器であるが、心筋ミトコンドリア内におけるTCA(tricarboxylic acid)回路が主要なエネルギー産生系として機能しており、健常心筋では第一に脂肪酸、それに次いで糖を基賛としたATP合成が行われている。一方で“心臓は雑食性である”と言われるように一部に乳酸、ケトン体、アミノ酸などもエネルギー基質として利用可能である。心不全をはじめとした病的状況下では心筋におけるエネルギー基質の利用バランスが崩れることがわかっており、この“代謝リモデリング”が心不全の病態と深く関わっている。
 グルタミンは血中に最も豊富に存在するアミノ酸で、“グルタミン分解(Glutaminolysis)”として知られる代覇ί経路を通して、ミトコンドリア内でグルタミン酸、α-ケトグルタル酸(alpha-ketoglutarate:αKG)と順に変換され、TCA回路を経て最終的に乳酸まで代謝される。本経路はTCA回路へ、その中間体であるαKGを補充する重要な役割を担っており、細胞増殖能の高いがん細胞はグルタミンをエネルギー源及び、細胞増殖に必要な核酸や脂肪酸合成のための炭素・窒素の供給源として利用するため、グルタミンに強く依存している。しかしながら、エネルギー代謝異常をきたした不全心筋におけるグルタミン代謝の制御機構や病態生理学的意義については十分に解明されていない。

目的)
 酸化ストレス下の心筋細胞におけるグルタミン代謝の制御機構と生理作用を明らかにする。

方法)
 In vitroでの不全心筋モデルとして、生後1-3日の新生仔ラット初代培養心筋細胞(RNCMs; rat neonatal cardiomyocytes)に過酸化水素(H2O2)を添加し、酸化ストレスを与えた。液体クロマトグラフィー質量分析計(LC-MS; liquid chromatography-mass spectrometry)により細胞中のαKG、グルタミン酸、グルタミンを測定した。
 安定同位体標識グルタミン([U-13C]-グルタミン)、もしくはグルコース([U-13C]-グルコース)を含む培地でRNCMsを培養し、酸化ストレス下での標識された代謝物をガスクロマトグラフィー質量分析計(GC-MS; gas chromatography-mass spectrometry)により測定した。
 グルタミン分解、TCA回路の律速酵素であるグルタミナーゼ(Gls; glutaminase)、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ(Idh2; isocitrate dehydrogenase)、2-オキソデヒドロゲナーゼ(Ogdh; oxoglutarate dehydrogenase)のタンパク発現をウェスタンブロット法で評価した。また、Gls酵素活を市販のキットによって測定した。
 Gls阻害剤であるCompound968、細胞膜透過性を有するエステル体αKGであるジメチル-α-ケトグルタル酸(DMKG; dimethyl-α-ketoglutarate)でRNCMsを前処置した後、H202を添加し、クリスタルバイオレット染色で細胞生存率を評価した。細胞内ATPおよび抗酸化物質であるグルタチオン(GSH; glutathione)を市販キットを用いて定量し、活性酸素種(ROS; reactive oxygen species)の定性評価をジヒドロエチジウム(DHE; dihidroethidium)染色にて行った。

結果)
 RNCMsをH202で刺激すると、細胞内のαKG、グルタミン酸およびグルタミンは有意に低下した。[U-13C]-グルタミンを用いて標識代謝物の追跡を行った結果、H202刺激によってαKG、グルタミン酸、グルタミンのM+5分画およびフマル酸、リンゴ酸のM+4分画の割合が有意に増加しており、酸化ストレス下における心筋細胞中のグルタミン利用が亢進していることが明らかとなった。一方、[U-13C]-グルコースを培地に加えて、同様の実験を行うと、グルコース利用の亢進は認められなかった。このことより、心筋細胞では酸化ストレスによって不足した代謝物を補填するため、代償的にグルタミン分解が亢進していることが示唆された。
 グルタミン分解とαKG代謝に関わる律速酵素の発現を評価すると、H202刺激によりGls、Idh2、Ogdhの発現は不変であったが、Glsの酵素活性は有意な上昇を示し、酸化ストレス下におけるグルタミン分解を促進させる機序の一つであると考えられた。
 続いて、グルタミン分解が細胞生存とATP産生に及ぼす影響を評価するため、心筋細胞をGls阻害剤であるcompound 968で前処置し、H202によって刺激したところ、Glsの阻害は細胞生存率および細胞内ATP産生を有意に低下させた。また、αKGのエステル体であるDMKGの添加は、酸化ストレス下の心筋細胞生存率を用量依存性に増加させ、ATP産生の低下を抑制した。
 さらに、生体における重要な抗酸化分子であるGSHの産生へグルタミン分解が及ぼす影響を検証した。RNCMsをH202で刺激したところ、compound 968によるグルタミン分解の阻害はGSHを相加的に減少させた。一方、TCA回路の中間体であるαKGをDMKGの添加により補充すると、酸化ストレスによるGSHの減少は抑制された。最後にDHE染色でROSの産生を評価したところ、H202刺激により認められたROSの増加がDMKG添加によって減少傾向を示した。これらの実験結果より、酸化ストレス下の心筋細胞におけるグルタミン分解の亢進はGSH合成を増加させることと、TCA回路の中間体であるαKGの補充はGSHの構成アミノ酸であるグルタミン酸の合成に利用されることで、GSH産生増加に寄与していることが示唆された。

考察)
 本研究は不全心筋におけるグルタミン代謝に焦点を当てたもので、酸化ストレス下の心筋細胞ではグルタミン分解が亢進し、グルタミンが心筋でのATPやGSHの生合成に用いられることで、酸化ストレスに対して細胞保護的に作用していることを証明した。がん研究の分野ではグルタミンはアミノ酸、脂質、核酸の生合成を介して、がん細胞の増殖・分裂を促進するため、グルタミン分解の亢進は生体に負の影響をもたらすとされている。実際にGls阻害剤やグルタミントランスポーターの阻害薬は新たながん治療薬の候補として治験段階にあるものも存在する。
 現段階では心不全におけるグルタミン代謝制御機構とその生理的な役割は十分に解明されていない。安定同位体を用いた実験では、酸化ストレスに曝された心筋細胞においてグルタミン利用が亢進し、グルコース利用には変化が見られなかった。これは従来の報告とは矛盾する結果であった。心臓は主に脂肪酸を基質としてATPを産生しているが、不全心筋ではエネルギー的な飢餓状態に陥り、脂肪酸からグルコース利用へ移行することが知られている。他方でグルコースがミトコンドリアでのATP産生よりも優先的に核酸・脂質などのbiomass合成に割り振られ、結果的に心肥大を引き起こすという報告もあることから、今回観察された不全心筋におけるグルタミン分解の亢進は低下したエネルギー産生を補うための代償機構であると考えた。
 また、グルタミン分解においてグルタミンより生成されるαKGは多面的な生理作用を有することが知られている。具体的にはmechanistic target of rapamycin(mTOR)を介したシグナル伝達や慢性炎症の抑制、T細胞からのInterleukinlO(lL-lO)の分泌抑制、さらにはヒストンの脱メチル化を通した遺伝子発現等に関与し、線虫やマウスにおいてはlifespanの延長効果が報告されている。心臓については糖尿病患者の心臓の間葉系細胞および糖尿病モデルマウスの心臓でインスリン感受性とグルコース取り込みを改善させたとの報告もあり、αKGがシグナル伝達分子や遺伝子修飾の調整因子の役割を担うことが明らかにされている。本研究ではグルタミン分解の阻害がGSHの産生を低下させることと、心筋細胞に対するαKGの投与がGSH産生を増加させることを証明し、グルタミン分解とその中間代謝物であるαKGが酸化ストレスを制御し、細胞保護効果を発揮していることを明らかにした。
 本研究における制約として、まず、In vivo心不全モデルにおけるグルタミン分解の役割が検証できていないことが挙げられる。細胞実験では長期間酸化ストレスにさらされた際のグルタミン分解の動態や慢性的な影響を検討することが困難である。次に虚血や心肥大といった、心不全の原因となる他の病態におけるグルタミン代謝の制御機構を明らかにできていない。また、本研究で認めた酸化ストレスによるGls活性化のメカニズムについても不明である。さらに、添加したαKGがグルタミン酸へ変換され、GSH合成を誘導しているという仮説も、実際にトレーサーを用いた追跡実験による検証はできていない。以上のような制約に対するさらなる研究を通じて、心不全の新たな治療標的となり得るグルタミン代謝制御機構を明らかにすることが課題である。

結論)
 酸化ストレス下の心筋細胞ではグルタミン分解が亢進しており、これはATP産生の低下を代償するとともに、抗酸化分子であるGSHの合成を介して、心筋保護に寄与している。

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