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大学・研究所にある論文を検索できる 「アルツハイマー型認知症が口腔領域の痛覚へ及ぼす影響の検討」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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アルツハイマー型認知症が口腔領域の痛覚へ及ぼす影響の検討

林, 正祐 大阪大学

2021.03.24

概要

【背景】
認知症は高齢者にみられる主要な疾患で,症状としては,神経細胞の脱落に伴う記憶障害などの中核症状と,それに付随して認められる,うつ症状・徘徊・暴力性などのBPSD(周辺症状)が知られている.認知症には,様々な原因疾患や病態が含まれ,アルツハイマー型認知症(AD)が病型として最多を占めている.臨床においては,認知症患者は自らの不調を訴えることは少ない一方,介護ケアなどの介入を強く拒否することも多い.これらの行動が認知症に伴う中核症状やBPSDの現れとも解釈できるが,認知症患者の痛覚認知に変化が生じている可能性も否定できない.認知症患者における痛覚変化については様々な報告があり,見解は一致していない.これらの報告では,評価方法が一様でないこと,認知症患者の自己評価の信憑性が低いこと,病態,背景疾患が様々であることなどを考慮すると,十分な検討がなされているとは考えにくい.

【目的】
本研究の目的は,アルツハイマー病(AD)モデルラットを作製し,痛覚への影響を検討することである.

【方法】
<研究IⅠ> ADモデルラットの作製および評価
(1) モデルの作製
ADモデルラットは,Αβ1-40およびイボテン酸を両側海馬へ注入することで作製した.7週齢の雄性 SD系ラットをペントバルビタール麻酔下に脳定位固定装置に固定し,頭蓋骨を露出させ,両側海馬内にA 01-40およびイボテン酸を注入し作製した.同様に両側海馬に生理食塩水を投与した群を対照群とした.

(2) モデルの行動実験による記憶力の評価
モデル作製から2週間後に,行動実験による評価を行った.行動実験では認知機能の評価として,空間認知・学習能力を評価するモリス水迷路試験を行った.まず,獲得試行としてゴールとなるプラットフォームを水面下10醒に設定し,手術ロから15 ロ後より1ロ 2試行,7 ロ間連続して行い平均逃避時間を測定した.次に保持試行として最終獲得試行の24時間後にゴールを取り除いた状態でラットを90秒間泳がせ,ゴールのあった位置の周囲に設定したゾーン滞在時間(%)から記憶の保持能力を評価した.また,保持試行では,運動能力について,90秒間で泳いだ総運動距離および平均水泳速度から評価した.最後にプラットフォームをラットから見えるように水面上に引き上げ,試験を行い,視認能力の検討を行った.

(3) モデルの組織学的評価
すべての行動実験が終了後,ラットの脳を灌流固定し,クレシルバイオレットを用いたNissl染色にて,海馬の神経細胞損傷の程度を評価した.

<研究Ⅱ>ADモデルラットにおける各種刺激に対する反応性の評価
(1) 化学刺激に対する反応性の評価(Formalinテスト)
化学刺激に対する反応性の評価を行うために,モデル作製から21日後にFormalinテストを行った.左側上口唇部および足底部に化学刺激として,生理食塩水あるいは4%Formalinを0. 05ml皮下注射し,その際認められる疼痛関連行動(PRB)として,口唇部では顔面をこするRubbing回数を,足底部では足をなめるLicking時間の観察を60分間行った.また,口唇では,l%Formalinでの刺激も検討した.

(2) 機械的刺激に対する反応性の評価(Von Freyテスト)
左側上口唇部と足底部に対して,Von Freyフイラメントを使用してVon Freyテストを行い,機械刺激に対する反応性を対照群とAD群とで比較した.口唇に対する刺激では,顔面を引っ込めるHead-withdrawalを,足底に対する刺激では,足を上げるPaw-withdrawalを逃避行動に設定し,5回の刺激のうち3回以上の逃避行動が生じた最小の値を逃避閾値とした.テストは海馬への薬剤投与前日,投与から14日後,21日後の計3回行った.

(3)温熱刺激に対する反応性の評価(Hot plateテスト)
51℃に設定したプレートの上にラットを放ち,後肢をなめるPaw-lickingが生じるまでの時間を測定し,対照群とAD群間の温熱刺激に対する反応性を比較した.テストは海馬への薬剤投与前日,投与から14日後,21日後の計3回行った.

<研究Ⅲ>海馬損傷に伴う口腔領域の痛覚伝導路への影響についての検討
(1)三叉神経脊髄路核尾側亜核(Vc)における神経活動性の評価
Formalinテストを行ったラットをFormalin注射から2時間後に灌流固定し,ラットの脳から60μπιごとの凍結連続横断脳切片を作製した後に,免疫組織学的手法を用い,三叉神経脊髄路核尾側亜核(Vc)で のc-Fos発現陽性細胞数を計測し,ADラットと対照群で比較した.

⑵中脳水道周囲灰白質腹外側部(vlPAG)における神経活動性の評価
研究Ⅲ⑴と同様にFormalinテストの2時間後に灌流固定し,ラットの脳から60ymごとの凍結連続横断脳切片を作製した後に,免疫組織学的手法を用い,疼痛抑制系に関与すると考えられている中脳水道周囲灰白質腹外側部(vlPAG)でのc-Fos発現陽性細胞数を計測し,AD群と対照群で比較した.

なお,結果はすべて平均値±標準偏差で表し,危険率はp < 0.05で有意差ありとした.統計解析として,Repeated measure two-factor AN0VA検定またはStudent,s t-testを使用した.

【結果】
<研究Ⅰ>
Αβ1-40およびイボテン酸注入を両側海馬に行ったAD群では,生理食塩水を投与した対照群と比較して,7日間連続して行った獲得試行でのゴール到達時間に有意な差が認められ,ADモデルラットの空間認知・学習能力の低下が示された.また,保持試行においては,ゴール周囲に設定したゾーン滞在時間に有意な低下が認められ,ADモデルラットの記憶保持能力の低下が示された.保持試行時,90秒間で泳いだ総運動距離および水泳速度に差は認められず,運動能力に差はないとの結果となった.視認能力にも差は認められなかった.海馬に対するクレシルバイオレットを用いたNissl染色では,対照群では,刺入点を中心に軽度の損傷が生じたのみであったが,対して,AD群では広範囲の損傷が認められた.

<研究Ⅱ>
Formalinテストで,PRBの回数を両群間で比較したところ,AD群でFormalin刺激に対する反応性の有意な低下が認められ,痛覚鈍麻が示唆された.また,10-60分の第2相で,AD群ではPRB回数が減少していたため,AD群のFormalin刺激に対する反応性の低下は,主に第2相(10-60分)における減少が原因であることが示された.上口唇部,足底部で同様の変化が認められ,部位による差はなかった.Von Freyテストにおいて,海馬への薬剤投与前日,投与から14日後,21日後のいずれの時点においても,AD群と対照群ともに有意な変化は認められなかった.Hot plateテストにおいて,海馬への薬剤投与前日,投与から14日後,21日後のいずれの時点においても,両群ともに有意な変化は認められなかった.

<研究Ⅲ>
1%Formalin, 4%Formalin刺激ともに,AD群で有意に三叉神経脊髄路核尾側亜核(Vc)におけるc-Fos発現陽性細胞数が減少していた.vlPAGにおいても,1%Formalin注射後,c-Fosタンパクの発現が認められたが,陽性細胞数の比較では,両群間に差は認められなかった.

【考察・結語】
本研究を通じて,海馬損傷に伴うADモデルラットでは,Formalinのような持続する疼痛刺激への反応性が低下し,痛覚鈍麻が生じることが明らかとなった.Formalinテストは,他の疼痛比較試験と比べると,強い刺激強度を持つうえに,その痛みは長期間持続する.ADモデルラットで,第2相でのみ反応性の低下が生じたことは,海馬が痛みの認知や持続痛の形成に重要な役割を果たす可能性を示唆している.さらに,研究Ⅲで,二次ニューロンであるVcにおいて,ADラットで神経活動性の低下が示されたことは,Formalinテストでの行動観察の結果を支持するもので,口腔領域の痛覚伝導への海馬の関与を示す結果となった.また,疼痛抑制系に関与するとされるvlPAGで両群間に有意な差は認められなかったことから,ADモデルラットにおいてFormalin刺激に対する反応性が低下したのは,疼痛の抑制系の亢進からではなく,対照群では海馬の働きによってFormalin刺激に対する痛み反応が強化・増幅されている可能性が推測された.今後は,ADモデルラットに対して,Formalin以外の持続する疼痛刺激に対する評価や,疼痛を増強する役割があるとされる,海馬周囲組織の活動性についての検討など,さらなる研究が必要と考えられる.