成人期PTSDおよび小児虐待歴における視床下部ー下垂体ー副腎系およびレニンーアンギオテンシンーアルドステロン系

概要

心的外傷後ストレス障害（PTSD）は、重度のトラウマ性ストレスに引き続いて発症する疾患であり、ストレス反応システムの変化を伴う可能性が指摘されている。視床下部―下垂体―副腎系（HPA 系）は、ストレス応答と恒常性維持に関与していることが知られているが、これまで一貫した結果が得られていない。また、最近の研究結果では、レニン―アンギオテンシン―アルドステロン系（RAA 系）と遺伝的要因が、トラウマまたは PTSD および HPA 系調節に関与している可能性があることを示唆している。これらの背景から、成人期 PTSD および小児虐待歴に関連して、PTSD患者のコルチゾール、副腎皮質刺激ホルモン（ACTH）、レニン、アルドステロンは健常対照と比較して高く、デヒドロエピアンドステロン硫酸塩（DHEA-S）は低くなること、さらに HPA系ホルモン濃度の差には遺伝的変異が関与することが仮説として考えられ、本論文ではこれらの仮説を検証することを目的とした。HPA系に加え、RAA系と候補遺伝子の遺伝子多型を同時に調べることによって、PTSDおよび小児虐待に関連する HPA系機能の変化について、より詳細な理解を目指した。

研究対象者は、PTSD の診断を受けている女性 69 名および、健常対照の女性 107 名であり、自記式質問紙による心理社会的評価と、採血によるホルモン測定および遺伝子解析を行った。すべての対象者に心的外傷後診断尺度（PDS）パート 1 およびパート 2 を実施し、DSM-Ⅳの出来事基準 A に該当するトラウマの有無を調べ、対照群のうち「トラウマあり」と評価された者は研究から除外した。小児虐待歴は子供のトラウマアンケート（CTQ）、機能障害はシーハン機能障害尺度（SDISS）を用いて評価した。ホルモン濃度は、 ACTH、コルチゾール、DHEAS、レニン、アルドステロンを測定した。また、患者群 51 名（73.9%）、対照群 94 名（87.9%）に対して FKBP5 rs1360780 および CACNA1C rs1006737 の遺伝子型を同定した。5つのホルモン濃度について、患者群と対照群との間に有意な差は見られなかったが、患者群の DHEAS 濃度は、PTSD 重症度（PDS 合計得点）（p= 0.008）および機能障害（SDISS）（p= 0.008）と有意な負の相関 を認めた。また、患者群の DHEAS 濃度は、CACNA1C rs1006737 遺伝子型間で異なり、GA 遺伝子型はGG 遺伝子型よりも有意に低かった（p= 0.017）。対照群では、小児虐待歴（CTQ 合計スコア）とアルドステロンとの間に有意な正の相関が見られた（p= 0.022）。PTSD 患者における DHEAS 濃度と重症度との関連については、そのメカニズムのひとつとして DHEAS が海馬において神経保護効果をもたらしていることが考えられた。また、PTSD 患者の A 対立遺伝子キャリアにおいて DHEAS 濃度が低いという本論文の結果は、先行研究の知見を裏付けた。これらの発見は、DHEA-S 値が低いほど、PTSD のより重篤なサブタイプを示している可能性があり、その関連は CACNA1C 遺伝子多型によって部分的に変更されている可能性あることを示唆している。本研究の結果はまた、一般集団における小児虐待歴が RAA 系に長期的な影響を残し、より高いアルドステロン値につながる可能性を示唆している。これらは、P`TSD の病態生理学における DHEA-S の関与および、トラウマ体験と PTSD のストレス反応の変化を調査する際には、遺伝子要因とより広い内分泌系を考慮することの重要性を示唆している。