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大学・研究所にある論文を検索できる 「PTSDの情動過剰表出と過剰抑制の交替を説明する相反抑制モデル」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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PTSDの情動過剰表出と過剰抑制の交替を説明する相反抑制モデル

千葉, 俊周 神戸大学

2022.03.25

概要

[概要]
心的外傷後ストレス障害(P T S D ) の患者は、注意の偏りや症状において、2つの相反してみえる傾向を示す。しかし、相反する注意の偏りや症状が共通の神経メカニズムにより生じるかは不明であった。
本研究では、扁桃体と腹内側前頭前野(vmPFC)の間の相反抑制により、同一患者の神経、行動、症状レベルで、情動の過小調節状態と過大調節状態が同期して振動するというモデルを提案する。
この相反抑制モデルの予測では、扁桃体が優位になると、患者は脅威に注意が偏り、再体験症状が現れる、情動の過小調節状態を示す。一方 、 vmPFCが優位となると、患者は情動の過大調節状態に陥り、脅威から遠ざかる方向に注意が偏り、回避症状を示す。
このモデルを検証するために、行動指標のメタ解析(合計491例)、新規に取得した行動学的研究の解析(20例)、 および神経画像学的メタ解析(合計316 例)を行った。
その結果、注意の行動指得の分布は二峰性であり、患者内で状態が交互に変化していることが示唆された。さらに、脅威へ注意が偏る傾向 は再体験症状と関連し、脅威から注意を回避する傾向は回避症状と関連していた。
また、左扁桃体の活動の増加と減少が、それぞれ再体験症状と回避症状に関係していた。今回のモデルは、一般に 情動調節のレベルの違いにより説明されるPTSDの非解離型と解離型という二つのサブタイプを 区別する神経メカニズムの解明に役立つと考えられる。
このモデルは、非解離性と解離性のPTSDを区別する神経機構の解明に役立ち、それぞれのサブタイプを標的とした治療法開発への発展が期待される。

[対象および方法]
(対象)
第ーサンプルとして、P T S D 患者の注意バイアスをdot probe taskで評価し、詳細な症状情報とともに報告している論文9報から、16集団(合計491例)のデータを取得した。第ニサンプルとして 、日本人のPTSD患者20例(男性2例,女性18例;平均年齢41.2歳(22-53歳) ) か ら 症状情報と注意バイアスを取得した。第三サンプルとして、PTSD患者の脅威刺激に対する扁桃体反応性をfMRIで評価し、詳細な症状情報とともに報告している論文9報から、12集団(合計316例)のデータを取得した。

(変数の定義)
情動制御状態を症状から指標するため、構造化面接や質問紙で評価した再体験症状と回避症状の差分を「症状インバランス」として定義した。平均注意バイアスは、怒り顔と中性な表情が被験者の反応速度に及ぼす影饗の差分により定義した。
扁桃体反応性はfMRIでPTSD患者の脅威剌激反応性を報告している論文を抽出し入手した。

(統計)
第一サンプルと第ニサンプルでは症状インバランスと平均注意バイアスの相関を集団単位と個人単位で、第三サンプルでは症状インバランスと扁桃体反応性の相関を集団単位で解析した。
相関はピアソン相関解析により解析した。また、第ニサンプルから得たデータについては、反応時間の分布について混合ガウスモデルをあてはめ、単峰性と二峰性どちらにあてはまりがいいかを検証した。当てはまりの良さは赤池情報量基準(AIC)に基づいて判断した。


[結果]
症状インバランスと平均注意バイアスは被験者間レベル(r=0.55, p=0.014,片側検定)、グループ間レベル(r=0.60,p=0.0025,片側検定)
いずれでも有意な正の相関を示した。症状インバランスはまた、左の扁桃体の反応性とグループ間レベルで
有意な正の相関(r=0.69,p=0.028,片側検定)を示した。第ニサンプルからえた注意バイアスと関連する反応時間の分布は、個人内分布、全被験者データの分布いずれでも二峰性のAICが小さく、データが二峰性といえることが分かった。


[考察]
これまでの研究で、同じPTSD患者でも情動を過剰表出する群と情動表出を抑制する群の間には、さまざまな臨床的差異があることが報告されている。
臨床定義上及び実験室からの多くの報告では、同一患者が情動過剰表出と情動抑制表出という相反する二つの状態の両方を経験することが示唆されてきた。
しかし、個々の患者内で情動過剰表出と情動抑制表出の二つの状態がどの ように切り替わるのかについてはほとんど分かっていない。
本研究では、状態の切り替わりを扁 桃体と腹内側前頭前野の間の相反抑制により説明する「相反抑制モデル」を提案し、検証した。
その結果、相反抑制モデルの予測と一致して、一人の患者内に二つの情動調節状態が存在し、これらの状態が交互に現れることが示された。さらに、扁桃体と腹内側前頭前野の間の相反抑制がこの交代の神経基盤であるというモデルの仮定を支持する結果が示された。
具体的には、情動過剰表出と関係する再体験症状が強いほど情動過剰表出と関係する注意バイアス傾向や扁桃体活動が強まる一方で、
情動過剰抑制と関係する回避症状が強いほど情動過剰抑制と関係する注意バイアス傾向や扁桃体活動の抑制が強まる方向に、それぞれの相関が確認された。また、注意状態の指標の二螓性分布が個人内で観測されたことは、個人の注意状態の変動がランダムノイズではなく、二つの異なる状態の切り替えを反映していることを直接的に示唆する。
本研究は、個々の患者の情動調節状態がダイナミックに変動していることを示唆し、その神経 基盤を提案するものである。
これを臨床に応用すると、情動調節状態を踏まえ最適な治療タイミ ングを同定し、治療反応を高めることに役立っ可能性がある。例えば、過剰な扁桃体反応性の抑制を特徴とする解離型のPTSD患者は一般に治療反応性が低い。
一方、過剰な扁桃体反応性もまた治療反応性の低さを予測することが示されている。これらの結果は、扁桃体制御(すなわち情動調節状態)が過少な場合も過大な場合もどちらも、治療効果を妨げる可能性を示唆している。
このような知見と我々のモデルに基づいて、ある時点での治療効果は、扁桃体と腹内側前頭前野の活動の不均衡状態の変動に伴って変化するという仮説が導き出される。今後、相反抑制モデルに基づいた研究が進めば、情動調節状態に基づき既存の治療法の最適化や新規治療法の開発につながる可能性がある。

本研究で提案した相反抑制モデルにより、PTSDの神経状態、注意バイアス、症状の間の動的な変化と関連性を首尾一貫して説明できる可能性が示唆された。相反抑制モデルは、PTSDの多様 な特性の複雑な変化を理解するための統一的な枠組みとして有用であると考えられる。