論文の公開元へIncrease in the peripheral blood methylglyoxal levels in 10% of hospitalized chronic schizophrenia patients
概要
【緒言】
目的
本研究は、カルボニルストレス(CS ※)におけるタンパク質代謝の反応性中間体であるメチルグリオキサール(MGO)、3-デオキシグルコソン(3-DG)、およびグリオキサール(GO)という 3 種のジ・カルボニル化合物の血漿中濃度が統合失調症患者の中で多様化し、「カルボニルストレスが増強した統合失調症」という一群を示すバイオマーカーとして機能しうる可能性を調べることを目的とした。
※ CS：生体内の糖・脂質・蛋白質などが、反応性カルボニル化合物(Reactive Carbonyl Compounds; RCOs)によって非酵素的タンパク質修飾反応が亢進し、終末糖化産物 (Advanced Glycation End Products; AGEs)の蓄積が促進している状態。この状態は、糖尿病合併症などの多くの疾患の病態形成に関与していることが指摘されている。
背景
バイオマーカーによる鑑別は、統合失調症患者の診断基準にまだ含まれていない。しかし、この疾患のバイオマーカーとなる可能性があるものを特定して、統合失調症の病態と関連する物質の分子基盤を理解することは非常に重要である。
最近の報告では合失調症の病態生理学的メカニズムに影響を与える酸化ストレス、および末梢組織に影響を与えるカルボニルストレスの両方が、統合失調症の病態生理に関与していることを示唆するいくつかの興味深い証拠が明らかにされている。
糸川らは重篤な統合失調症の患者に、遺伝子突然変異により生体内解毒酵素であるグリオキセラーゼ 1(GLO-1)の活性が低下している症例を発見した。
糸川らは、GLO-1 の活性低下を、AGEs の 1 つであるペントシジンが増加し CS の状態にあること、その AGEs を代謝するためにピリドキサミン(VitB6)が消費され、ピリドキサミンの血中濃度が低下していることによって確認した。
さらに糸川らは多数例を調査し、GLO-1 の活性低下が関連すると考えられる統合失調症(CS 性統合失調症)が、統合失調症と診断された患者の中で約 17%存在すると報告した。
今回我々は、統合失調症患者の血液を用い、CS 性統合失調症の存在を、GLO-1 の代謝基質であり、ジ・カルボニル化合物であるメチルグリオキサール(MGO)の血中濃度の上昇によって評価できるという仮説を立てた。
また同時にグリオキサール(GO)、3-デオキシグルコソン(3-DG)の濃度も測定した。この 3 つは正常な代謝産物であり、AGE 形成における β−ジ・カルボニル中間体である。
先行研究との比較
MGO は反応性が高いジ・カルボニル化合物で、体内で毒性を持つことが知られているが、一方で癌細胞や異常細胞のアポトーシスを誘導し、個体及び種族の生命維持に貢献する役割もあると言われている。統合失調症との関連については十分な報告はない。
一方糸川らが注目した AGEs の一つであるペントシジンは、GLO-1 が直接関与する代謝よりもさらに代謝を重ねた下方に存在するもので、その過程で他の修飾が関与する。
その点で MGO は GLO-1 の直接の代謝基質であることから、MGO の値は GLO-1 の活性を直接に反映することが期待される。
統合失調症患者に関して MGO の値を測定した報告はない。
統合失調症患者の血液中の MGO の値を測定することによって、GLO-1 の活性低下に関与する CS 性の統合失調症が、どの程度に存在するのかが示されることが期待される。
【対象と方法】
対象
(i) 患者群：統合失調症患者(糖尿病、腎機能障害は含まれない)40 名平均年齢 49.2 ±8.8 歳
(ii) 対照群：健常者(糖尿病、腎機能障害は含まれない)40 名平均年齢 41.2 ±8.7 歳
血清 1ml を用いて、Ion trap 型質量分析計を用いた定量。
測定方法は小谷らの方法を用いた(Odani H. et al. , BBRC,256(1):89-93,1999)統合失調症の患者の臨床的特徴に関しては PANSS(※）を用いて評価した。
本研究は名古屋大学総合保健体育科学センター、独立行政法人国立病院機構東尾張病院の倫理審査委員会での承認を得た。(※ Positive And Negative Syndrome Scale)
※ PANSS：陽性・陰性症状評価尺度について
主に統合失調症の精神状態を全般的に把握することを目的として、Kay らによって作成された評価尺度(1991)。30 項目で構成されており、その内訳は陽性尺度 7 項目、陰性尺度 7 項目、それに総合精神病理尺度 16 項目の計 30 項目からなっている。
①陽性尺度：妄想、概念の統合障害、幻覚による行動など
②陰性尺度：情動の平板化、情動的引き籠りなど
③総合尺度：心気症、不安、緊張、運動減退、非協調性など
各項目は 1(症状なし)～7(最重度)で評価され、その和算得点を算出する。
測定の方法
MGO は空気中では不安定のために 2、3 ジアミノナフタレンで誘導化する必要がある。それを陽イオン化し質量分析計で測定する。
統計分析
(i) 平均と標準偏差を算出し、データを非対応 t-test またはマン-ホイットニーU 検定(双方ともに両側検定)を用いて比較した。
(ii) 3 つの化合物の血漿濃度は、マン・ホイットニーU 検定を用いて 40 人の患者群と 40 人の対照群の間で比較された。
【結果】
結果(1) (Table 1)
患者群と対照群の間で、年齢の平均値と性別の配分に有意差はなかった。
患者群と対照群の 3 種のジ・カルボニルの血漿中濃度の平均値にも有意差はなかった。また患者群の 3 種のジ・カルボニルの濃度間にも相関関係は認めなかった。
患者 4 人の MGO 濃度の顕著な増加(平均+2SD より高い)が認められた(10%)。しかし、対照群には認めなかった。
ジ・カルボニル濃度の顕著な増加は、患者群の MGO でのみ見られたが、これは患者群および対照群の両方の 3-DG および GO には認めなかった。
結果(2) (Table 2)
精神医学的側面から、顕著に高い MGO 濃度を有する 4 人の患者と、彼らとは別に無作為に選ばれた 8 人の患者における PANSS の合計得点(平均値)に有意差はなかった。
上記 2 つのグループは、陽性症状の得点(平均値)に有意差は認めなかった。しかし顕著に MGO 濃度が高い 4 人の患者においては陰性症状(平均値)の情動的引き籠り (p<0.05)と総合尺度(平均値)の緊張(p<0.01)は優位に高得点であった。
【考察】
臨床的には、顕著に MGO 濃度が高い群の患者は、病棟内でも硬い表情をして近寄りがたい雰囲気を呈している者や、呼び掛けへの応答が少ない、(実際には暴力傾向が高いわけではないものの)批判的言動が多い、看護職員との会話や病棟活動への参加が少ないなどの対人交流や社会的活動が乏しく、不機嫌で孤立勝ちに見えるという特徴がみられた。
【結論】
この研究は、慢性統合失調症患者におけるジ・カルボニル化合物の正確な血漿中濃度を報告する最初のものである。
患者群と対照群の間の 3 種のジ・カルボニル化合物(MGO, GO, 3-DG)の平均血漿中濃度に有意差はなかったが、慢性統合失調症患者 4 人(10%)の MGO 濃度に対してのみ顕著な増加を見いだした(Fig. 1A)。
慢性統合失調症患者における血漿 MGO 濃度の顕著な上昇は、増強されたカルボニルストレスに関連する疾患サブタイプの存在を示唆すると考えられる。
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