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大学・研究所にある論文を検索できる 「ヒト膵管上皮細胞におけるKras遺伝子変異がもたらす生物学的意義の解明」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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ヒト膵管上皮細胞におけるKras遺伝子変異がもたらす生物学的意義の解明

鈴木, 辰典 東京大学 DOI:10.15083/0002005028

2022.06.22

概要

日本では年間約34,000人が膵癌で亡くなっており、これは部位別癌死亡者数の第4位に位置している。膵癌は早期発見が困難であり、5年生存率は8%と低く、化学療法への抵抗性も高い。今後部位別癌死亡者数の第2位になるとも予測されている。膵癌では前癌病変であるPanIN(pancreatic intraepithelial neoplasia)を経て発癌へと至る多段階発癌モデルが提唱されている。最も早期からみられる遺伝子異常はKRAS遺伝子コドン12の恒常活性型変異であり、これはPanINの早期から認められ、浸潤癌ではほぼ必発である。さらに癌抑制遺伝子であるINK4A、TP53、SMAD4の変異が蓄積していくと考えられている。KRAS変異はほぼ発癌の必要条件と考えられるが、その後の多様な変異がどのように蓄積されて発癌へと向かうのか、明確な機序は分かっていない。恒常活性化型のKRASは下流のMAPKおよびPI3K-AKT経路を活性化し、癌細胞の無秩序な増殖を促進する。癌細胞は活発な細胞分裂に必要なタンパク質や核酸産生の基質を大量に供給する必要があり、自らに有利になるよう代謝系をリプログラミングすることが知られている。主要な栄養素であるグルコースは、正常の細胞ではミトコンドリアで完全に酸化され、ATPを産生する。一方、癌細胞ではグルコースからATPを産生するのみならず、核酸、アミノ酸、脂質合成に必要な炭素骨格としても用いられる。膵癌ではKRASがグルコースの利用を亢進させており、またヘキソサミン経路を活性化させ糖鎖修飾を変化させたり、ペントースリン酸経路を活性化させ核酸合成の材料を合成することで、細胞増殖に有利な環境を整えている。一方、様々な癌種でグルタミンの利用が亢進していることが示されており、膵癌においてもグルタミンへの依存が知られている。膵癌はグルタミン代謝により高分子の生合成を行ったり、酸化還元バランスの維持に必要なNADPHを産生することで、細胞増殖を維持している。盛んな細胞増殖を維持するためにはグルコースやグルタミンをはじめとする栄養素を十分に得る必要があるが、膵癌は乏血流性の腫瘍であり、栄養欠乏の状態にある。そのため増殖を続けるために代償機構が必要であるが、膵癌では栄養素のリサイクル機構としてオートファジーを活性化している。リソソームにより分解された分子は再利用され、腫瘍細胞の高い代謝要求性を満たしている。上記のような代謝変化はKRASおよび他の遺伝子変異の蓄積に伴っておこり、癌化の過程を有利に進めているものと推察されるが、KRAS遺伝子変異の導入によって始まる癌発生の初期段階で起こっている詳細な変化については検討されていない。本研究において、我々は膵癌発生の初期の変化に及ぼすKRAS遺伝子変異の影響を明らかにするためにCRISPR/Cas9によるゲノム編集を用いてヒト膵管上皮細胞にKRAS遺伝子変異を導入し、代謝変化をはじめとする表現型の変化について観察を行った。対照として変異型KRASの強制発現系も構築し、同様の検討を行った。

まず不死化した正常のヒト膵管上皮細胞であるHPNE細胞にCRISPR/Cas9によるKRAS(G12V)変異の導入を行った。KRAS変異が導入された細胞を限界希釈し、96wellプレートに播種し、Droplet Digital PCR(ddPCR)を用いてKRAS(G12V)変異の有無を判定した。これにより変異細胞の割合を判定し、同様の過程を繰り返すことで変異を有する細胞の割合を濃縮した。4回の選択過程を経て、2クローンが抽出され、いずれも変異率が50%ということが確認され、KRAS変異がヘテロに導入されたことが分かった。その1クローンをHPNE-cKRASとし、以下の実験に使用した。続いてレンチウイルスベクターを用いてHPNE細胞に変異型KRAS(G12V)を強制発現させた。こちらはhygromycinでセレクションを行った。これをHPNE-vKRASとし以下の実験に使用した。

HPNE-cKRAS、HPNE-vKRASにKRAS変異が導入されたことをWestern Blottingでも確認し、またKRAS下流のERKのリン酸化が亢進し、MAPK経路が亢進することも確認された。細胞増殖を定量するとKRAS変異細胞で増殖が亢進することが確認された。さらに代謝上の変化を評価するためにグルコースおよびグルタミンを欠乏させた培地での細胞増殖を定量した。グルコースおよびグルタミン欠乏培地ではKRAS変異細胞で有意に増殖が抑制された。このことからKRAS変異細胞は細胞増殖能が高まる一方でグルコースおよびグルタミンなどの栄養素への依存度も高めていると考えられた。

解糖系酵素の発現をRT-qPCRで確認するとKRAS変異の有無で有意差を認めなかった。乳酸産生に関してもHPNE-cKRASでは差は認めずHPNE-vKRASでのみ軽度増加を認めた。一方GOT、GPTなどのアミノ基転移酵素はKRAS変異細胞で発現上昇を認めた。グルタミンはグルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GLUD)またはアミノ基転移酵素によってα-ケトグルタル酸(α-KG)へ変換されることによってTCAサイクルの基質となり、TCAサイクルに取り込まれたα-KGはエネルギー産生や核酸の合成,他のアミノ酸の合成に利用される。またアミノ基転移酵素による反応ではアミノ基転移によりアスパラギン酸、アラニン、セリンなど他のアミノ酸を合成することで細胞増殖に必要なアミノ酸プールを調整している。変異型KRASは特にアミノ基転移酵素の発現を上昇することでグルタミンの利用を亢進させていることが示された。

上記のように変異型KRASはグルタミンの利用を亢進させ、α-KGに変換されることでTCAサイクルの流量を増加させつつ、アミノ酸プールの調整を行っていることと推定された。そのため変異型KRASはエネルギー産生の手段としてミトコンドリアによる酸化的リン酸化への依存度が高いものと考え、ミトコンドリアDNAのコピー数を測定するとミトコンドリアDNAコピー数はKRAS変異細胞で有意に増加していた。その結果活性酸素種(ROS)の産生の過剰産生が懸念されたが、ROS産生はほとんど差はなく、KRAS変異細胞でむしろ低下している傾向であった。KRAS変異細胞では酸化的リン酸化を亢進させつつもROSを蓄積させず、除去する機序も十分働かせているものと予想された。実際GSH/GSSG比は保たれ、酸化ストレスへの防御機構は保たれているものと考えられた。

以上の結果から変異型KRASはグルタミン代謝を変化させ、エネルギー産生の増加、アミノ酸プールの調整、酸化ストレスの軽減など細胞増殖にとって有利となるような代謝リプログラミングを行っているものと考えられた。そこで変異型KRASが起こす代謝変化を包括的に評価するためにメタボローム解析を行った。KRAS変異細胞ではアミノ酸が全体的に減少しており、特にアスパラギン、プロリンなどの非必須アミノ酸の減少が目立った。KRAS変異細胞では各種アミノ酸トランスポーターの発現が上昇しており、アミノ酸を細胞外から取り込み、積極的に消費していることが予想された。アスパラギン合成酵素の発現はKRAS変異の有無に関わらず大きな変化は認めず、アミノ酸合成自体は変化しないものと考えられた。チロシルtRNA模倣薬であるピューロマイシンの取り込みによって蛋白翻訳の程度を評価するとKRAS変異細胞で蛋白合成が亢進していることが確認された。蛋白、核酸、脂質など同化経路に関与していることが知られているmTOR活性をp-p70S6Kで評価するとKRAS変異細胞でmTOR経路が亢進していることが示され、必要な栄養素を積極的に取り込み、蛋白、核酸、脂質など細胞増殖に必要であるBiomassの合成を行っているものと考えられた。

ここまでの結果からKRAS変異細胞はmTOR経路を活性化させ、Biomassの合成を進める結果、原料となるアミノ酸が著減することが推定された。アスパラギン、グルタミンなどのアミノ酸は細胞増殖に必須であり、消費の速さを考慮するとすぐに栄養欠乏状態に至ってしまうと考えられ、代償機構として、アミノ酸のリサイクル機構としてオートファジーの関与の可能性が考えられた。実際にWestern Blottingで評価するとKRAS変異細胞でLC3B-Ⅱ/LC3B-Ⅰ比が増加しており、オートファジー経路が亢進していたことから、おそらくアミノ酸などの栄養素の消費の速さの代償機構としてオートファジー亢進が示唆された。そこでオートファジー阻害薬であるクロロキンを投与するとKRAS変異細胞での増殖が抑制される傾向であることが示唆された。すなわちKRAS変異細胞ではmTOR経路の亢進を介して同化経路が亢進し、アミノ酸が消費された結果、代償機構としてオートファジーが亢進しており、オートファジーに依存している可能性が示唆された。

本検討の結果よりヒト膵管上皮細胞におけるKRAS変異が代謝リプログラミングおよびそれに伴う代償的なオートファジーを引き起こし、細胞増殖にとって有利な環境を整え、発癌への経過を促進する可能性が示唆された。

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