Contrasting intra- and extracellular distribution of catalytic ferrous iron in ovalbumin-induced peritonitis
概要
【緒言】
鉄を使用しないで生存できる生物は地球上に存在しないといわれている一方で、生物の鉄利用は諸刃の剣であるとされている。例えば、鉄欠乏は貧血となり、鉄過剰はがん発症のリスクとなりうる。この二律背反な現象ゆえに、疾患と鉄代謝に着目した研究が盛んにおこなわれてきた。
鉄を積極的に排出する経路は多くの動物で存在しないことが知られており、局所ないし全身性の鉄過剰が感染症、外来因子の曝露、自己免疫性の炎症、持続性の出血など多くの病態に伴い発生することが報告されている。特に二価の鉄は、生体におけるもっとも反応性の高いヒドロキシルラジカルを発生するフェントン反応に直接関与するという点で重要であるが、これまでに検出する方法がなかった。
2013年に、RhoNox-1というFe(II)特異的蛍光プローブが開発されたことで、上記に挙げた疾患におけるFe(II)の動態解明が期待される。そこで、本研究では異物反応性の高い卵白アルブミン(OVA)を用いた腹膜炎のラットモデルを用いて、炎症細胞のFe(II)動態を解明することを目的とする。
【材料と方法】
卵白アルブミン誘導性腹膜炎モデルFischer344ラット(雄、6週齢、140-150g)の腹腔内に1mgの卵白アルブミン(OVA)および25mgの水酸化アルミニウム(アジュバンド)を3日間連続投与した。3週間後に1mgのOVAを腹腔内投与した。48時間後に麻酔下にて安楽死させ、末梢血液、腹腔洗浄液を回収した。末梢血液はVetScan5にて白血球数、白血球分画を得た。腹腔洗浄液は遠心(720×g, 5分)した後に、上清の液体成分は細胞外Fe(II)量の解析、細胞成分は細胞内Fe(II)量をFACSにて解析した。
触媒性Fe(II)の検出
触媒性Fe(II)はRhoNox-1(Fe(II)特異的蛍光プローブ)を用いて検出した。RhoNox-1は、DMSOにて10mMの濃度で溶解し、FACS、イメージング、プレートリーダーにて解析した。
炎症細胞の細胞内鉄量の検出
腹腔洗浄液の遠心より得た細胞成分はFACSのソーティングによりマクロファージ、好酸球、好中球、リンパ球の分画をそれぞれ分取した。分取方法は、Hoechst33342にて生細胞を選別し、Forward ScatterおよびSide Scatterにて各分画をおよそ90%の純度にて分取した。分取したサンプルは1.5-5.0×105/mlにて解析まで-20℃にて保存した。金属の検出に特化した導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)にて計測した。
【結果】
卵白アルブミン(OVA)は炎症細胞を動員する。
異物による慢性炎症を誘発する動物モデルとしてラット腹腔内に卵白アルブミン(OVA)と水酸化アルミニウム(Alum)の懸濁液を投与した。OVA投与後の腹腔内は発赤、腫脹、異物反応による肉芽腫の形成が観察された(Fig. 1A-B)。さらに、腹腔洗浄液中の細胞成分はマクロファージ、好酸球、好中球、リンパ球に分画されることが判明し(Fig. 1C, 1E)、またOVA投与腹腔内の炎症細胞数は増大し、末梢血液中の単球、顆粒球(好中球、好酸球)なども増大していることが判明した(Fig. 1D)。本モデルは、腹腔内に炎症を惹起し、炎症細胞を動員することが判明した。
マクロファージはOVA誘導性炎症における金属代謝の中心的な役割を果たす。
マクロファージは生体における鉄の運び手として重要な役割を果たすことが知られている。本モデルの非炎症群においても腹腔マクロファージが鉄のみならず銅、亜鉛、カルシウムを最も多く含有していることが判明した(Fig. 2)。一方で、OVA投与後の1細胞あたりの金属イオンは、好酸球、好中球、リンパ球は目立った変化が見られないものの、マクロファージにおける著しい金属イオンの低下が観察された(Fig. 2)。また、炎症細胞の総数から換算すると、腹腔内の金属イオンの総量は増大していた(Table 1)。このことから、マクロファージが炎症環境における金属代謝の中心的な役割を果たしていることが示唆された。
Fe(II)イオンの主な細胞内局在はライソゾームである。
炎症時の炎症細胞、とくにマクロファージの鉄動態を明らかにするために、Fe(II)の細胞内局在を明らかにすべくFe(II)特異的蛍光プローブ(RhoNox-1)を用いたイメージング実験を実施した。Fe(II)は細胞内において、顆粒状(ライソゾーム、ミトコンドリア)、楕円状(ミトコンドリア、ER)、びまん性(サイトゾル)に観察され、共局在解析にてライソゾームへの局在が60-70%と最も高く、次いでミトコンドリア、ER、サイトゾルという局在性を示した。とくに白血病細胞株であるHL-60はPhorbol-12-Myristate-13-Acetate(PMA)処理によるマクロファージへの分化の有無にかかわらずライソゾームへのFe(II)局在性が80%以上という高値を示した(Fig. 3A)。
触媒性Fe(II)が炎症細胞内で増大する一方で、細胞外の触媒性Fe(II)は減少する。
マクロファージを主とした炎症細胞において、鉄取り込み蛋白質であるdivalent metal transporter 1(DMT-1)が炎症に際し、増大していること(Fig. 3B)、他の炎症細胞と比較してマクロファージの細胞内Fe(II)量が最も増大していることが判明した(Fig. 3C)。興味深いことに、細胞外である腹腔洗浄液中のFe(II)量は非炎症群391.3nM(±36.3nM; mean±SEM, N=5)が炎症群85.6nM(±36.7nM; mean±SEM, N=5)と比較して低く、炎症時に腹腔局所Fe(II)の減少が明らかとなった。以上より、炎症時においてFe(II)は細胞内外で対照的に増減し、マクロファージがその調節の中心的な役割を果たしていることが判明した。
【考察】
本研究において、OVA誘導性の腹膜炎における鉄代謝の変化を捉えることができた。細胞内総金属量の解析において、微量金属(鉄、銅、亜鉛)の炎症による変化は鉄が最も大きく、とくにマクロファージにおいて顕著に減少しており、1細胞においては30-50%の鉄の減少、腹腔全体では40%以上の鉄の増大を確認した。この結果は、炎症局所の総鉄量は増大しているが、その鉄は主にマクロファージ内に局在しており、細胞外にはほとんど存在しておらず、炎症時に細胞外に鉄が存在することで生体防御の観点から不利な状況(鉄は微生物の栄養となる)をマクロファージが防いでいるという理解がなされる。
また、炎症細胞内における明らかな鉄の増大を確認したが、鉄の局在はライソゾームに蓄積することは予想通りであった一方、ライソゾーム以外の部位での鉄局在が腹膜炎の炎症細胞にて観察された。鉄関連蛋白質の発現解析とFe(II)イメージングにてDMT-1の高発現とFerroportinの低発現は鉄のライソゾームからサイトゾルへの輸送が亢進していることを示唆している。
本研究における発見は、最近の報告であるNLRP3 inflammasomeと鉄について、あるいは水酸化アルミニウム(Alum)誘導性のNLRP3 inflammasomeとの関与が疑われるが、触媒性Fe(II)の機能と炎症との関連性はライソゾームを含めた細胞小器官と鉄のさらなる詳細な解析により明らかとなると予想される。
【結語】
卵白アルブミンという外来因子の腹膜への曝露により惹起される炎症は、細胞内外の鉄動態を変化させ、とくにマクロファージの触媒性Fe(II)は顕著に増大することが判明した。さらにFe(II)を検出できるRhoNox-1が他のさまざまな病理条件において応用できる有用なツールであることが示された。