多数住戸の電力時系列データに関する統計解析
概要
九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
多数住戸の電力時系列データに関する統計解析
小野, 哲嗣
https://hdl.handle.net/2324/6787654
出版情報:Kyushu University, 2022, 博士(工学), 課程博士
バージョン:
権利関係:
(様式3)Form 3
氏
名 : 小野 哲嗣
Name
論 文 名 :多数住戸の電力時系列データに関する統計解析
Title
区
分 : 甲
Category
論 文 内 容 の 要 旨
Thesis Summary
温暖化を始めとする地球規模の気候変動が顕在化する現在、温室効果ガスの排出削減は喫緊の課題である.
2021 年に行われた国連気候変動枠組条約第 26 回締約国会議(COP26)では、産業革命以前に比べ世界の平均
気温の上昇を 1.5℃に抑えるという目標が盛り込まれた.また、2021 年 8 月に公表された IPCC 第 6 次評価報告
書では、1.5℃目標達成のためには温室効果ガス(以下,GHG)の排出量を 2030 年までに 2010 年比で約 45%
削減、2050 年までには正味ゼロにするカーボンニュートラル(以下,CN)を実現する必要があることが明言
されている.日本においても政府は 2050 年までに CN を達成する事を目指し、2030 年度には温室効果ガス排
出量の 2013 年度比 46%削減目標を表明し、産業、運輸、民生の各部門におけるロードマップを作成している.
日本の最終エネルギー消費の約 30%を占める建築部門の脱炭素化は重要課題で、建物本体の断熱性能改善、居
住者の行動変容、高効率機器の導入、再生可能エネルギー電源の導入促進が求められている。一方で、天候に
より大きく出力が変動する再エネの急速な導入により系統電源の安定供給が危惧されていることから、居住者
行動の影響を強く受ける住宅におけるエネルギー需要の柔軟性を高めるデマンドレスポンスの必要性が高まっ
ている.
住宅など建築物のエネルギー需要の評価は,従来、建物熱負荷計算により建物各部の熱収支式を屋外気象条
件に応じ、逐次求解し暖冷房負荷や室内温度を予測する手法が広く用いられてきた.特に、居住者の日々変化
する在室スケジュールや機器運転スケジュール、室内熱環境に応じた空調機器の確率的な on/off 行動等を考慮
した予測体系は bottom-up approach 若しくは、white-box modelと呼ばれ、世界各地で様々なモデルが提案されて
いる.
これらは様々な将来シナリオに対する確率的な負荷変動の予測が可能な反面,
サブモデルに含まれる様々
な仮定が解に及ぼす影響については十分な吟味を要する.一方、スマートメーターの普及により得られる大量
の電力データを活用し,機械学習等により電力需要を予測する所謂、top-down approach も近年注目を集めてい
る.特に住宅に関しては、居住者行動の多様性、家電機器の種類に応じた需要パターン、それらに応じたデマ
ンドレスポンスのポテンシャル等に関して、ヨーロッパを中心として近年、統計分析の結果が複数報告されて
いるが,日本国内においてはまだ十分な研究の蓄積が無い.
なお、住宅部門向けのデマンドレスポンスに関しては、様々な実施形式が提案されている.例えば,系統運
用者またはアグリゲータが,大量の需要家機器の ON/OFF 状態や電力消費量を遠隔制御することで需要曲線を
調節する直接負荷制御は,居住者の自発的な行動変容に依存せず,節電効果を確実に得られることから,近年
注目を集めている.一方で,直接負荷制御方式を社会実装するには,各種家電機器の使用実態を適切に把握し、
遠隔制御の対象とする家電機器を選定した上で、居住者の利便性を損なわず運用する必要がある.しかし、こ
れまで住宅で使用される多様な家電機器に対し、その電力需要の時変動特性やデマンドレスポンスにおいて期
待される効果などについて大規模な観測データに基づき分析した事例は日本国内では極めて少ない.
以上を踏まえ,本博士論文は、集合住宅の約 500 戸の住宅の電力需要データに関して、その時系列変動や機
器の種別毎の違いなどに関する多面的な統計分析を行う事で、居住者の電力消費行動の特徴を把握するととも
に、住宅におけるデマンドレスポンス実装に資する知見を蓄積する事を目的としている.
第 1 章では本論文の社会的背景及び既往研究の状況を概観し、
本論文の目的及び構成について整理している.
続く第 2 章では、本論文で分析対象とする住宅の電力データの概要、データの基本的な特徴やエラーデータの
除去方法について説明した上で、
代表的な家電機器のエネルギー使用実態についての分析結果を報告している.
第 3 章では,ルームエアコンの電力需要データを用いてインバータ制御による機械的な運転休止や自動清掃
の影響を考慮した上で居住者の空調の ON/OFF 行動を特定するアルゴリズムを提案している.また,福岡及び
鹿児島における計 17 台のエアコン使用状況に関する計測結果に基づき、
提案したアルゴリズムの妥当性の検証
を行い,メーカーや機種に関わらず,空調の ON/OFF 行動を約 99%の精度で推定できることを示している.
第 4 章では,世帯の合計電力の時系列データに基づき,インバータ制御のルームエアコンの ON/OFF を推定
する手法を提案している.提案手法の特徴は,中間期における世帯電力データのみを用いた事前学習,及び、
ON/OFF 判定基準として高電力消費の継続時間及び機械的挙動の出現回数を採用した点である.また,423 戸
の時系列計測データを用いて提案手法の精度検証を行い,従来手法に比べ約 17%精度が向上した事を報告して
いる.
第 5 章では,エアコンの時系列電力データついての統計解析を行い、住戸間のばらつき,冬季と夏季の運転
割合の日変動,外気温度条件に対するエアコン運転頻度の特性を明らかにしている.さらに,空調負荷の確率
密度分布が住戸により大きく異なり,平均値による無次元化を施した場合にも普遍的な分布を見いだす事が困
難な事を明らかにしている.また,当日のみならず過去の日平均外気温度の指数関数による重み付け平均値に
よりエアコン使用頻度を高精度に説明できることを明らかにしている.
第 6 章では,複数住戸の合算による電力需要の年間ピークの特性に対する住戸数の影響に関する系統的な分
析を行っている.その結果,単独住戸における電力ピークについては,オーブン・レンジといった瞬間的に高
電力を消費する機器の寄与が大きく,これにエアコンの使用が重なる冬季の朝において、最もピークが出現し
やすいことを明らかにしている.これに対し,複数住戸の合算電力需要においては,住戸数の増加に従い 1 住
戸当たりのピーク電力が減少すること,ピークを構成する機器としては冷蔵庫やエアコン,居間・食堂コンセ
ント等の一定電力を長時間消費する傾向の機器の寄与率が増加すること,ピークの出現しやすい時期・時間帯
が,夏場の夜間に移行することを明らかにしている.
第 7 章では、第 2~6 章の内容及び知見を概観するとともに、今後の課題について整理している.