Modulation of physical properties of 4d-5d transition metal oxide thin films by anion doping
概要
論文審査の結果の要旨
氏名
丸山
敬裕
4d-5d 遷移金属酸化物は、金属の電子軌道間の重なりが大きく、かつスピン軌道相互作用
が大きいため、特徴的な電子物性を示す。 近年、遷移金属酸化物に水素や窒素、フッ素な
どの異種アニオンをドープし、その物性を変調させることが盛んに行われている。しかし
ながら、これまでその適用対象は 3d 遷移金属酸化物が中心であり、4d-5d 遷移金属酸化物
への展開はあまり進んでない。本論文では、4d-5d 遷移金属酸化物へのアニオンドープにつ
いての知見を広げるため、アニオンドープした 4d-5d 遷移金属酸化物のエピタキシャル薄
膜を作製し、アニオンドープによる物性の変調を観察している。具体的には、ニオブ酸化
物及びイリジウム酸化物に注目し、それぞれ窒素及びフッ素ドープを行い、構造及び物性
の変化を報告している。
本論文は以下の 6 章より構成されている。
第 1 章は序論であり、本論文の背景及び目的が述べられている。この章では、まず遷移
金属酸化物の多彩な物性について概略を述べている。次に、アニオンドープによる遷移金
属酸化物の物性変調について先行研究を概観している。また、薄膜試料の利点や特徴につ
いても記述している。本研究では、アニオンドープした 4d-5d 遷移金属酸化物のエピタキ
シャル薄膜を合成することで、アニオンドープによる物性変調の様子を明らかにすること
を目的として掲げている。本研究は、大きく分けて 2 つの内容から成り立っている。1 つ
目は、EuNbO3 への窒素ドープによるランダムネス導入であり、ランダムネスにより EuNbO3
の電子-スピン相互作用を変調させることを試みている。2 つ目は、典型的な 5d 遷移金属
酸化物である Sr2IrO4 へのフッ素ドープであり、ランダムネス導入と次元性制御による物性
変調を試みている。
第 2 章は実験手法とその原理の説明である。まず、エピタキシャル薄膜の作製手法であ
るパルスレーザー堆積法、及び化学的なフッ素ドープの手法であるトポタクテックフッ化
法について詳説している。続いて、薄膜試料の構造解析手法として X 線回折について、ま
た薄膜の組成や電子状態を分析する手法である X 線光電子分光、エネルギー分散型 X 線分
光、弾性反跳粒子検出法について、それぞれ原理を解説している。さらに薄膜の光学特性、
磁気特性、及び電子輸送特性の評価手法についても解説している。
第 3 章では窒素ドープ EuNbO3 を研究する前段階として、EuNbO3 単結晶薄膜の磁気特性
と電子輸送特性について述べている。EuNbO3 薄膜では、強磁性的振る舞いと金属的挙動に
加え、低温で正と負の 2 種類の磁気抵抗効果を観測している。先行研究の知見から、2 つ
の磁気抵抗効果は、それぞれ量子干渉効果の一種である弱反局在効果、Eu2+の局在スピン
と Nb4+由来の遍歴電子との相互作用に起因するものであると議論している。
第 4 章では、窒素含有量の異なる EuNbO3-xNx 単結晶薄膜(N/Eu=0.6, 0.7, 1.0)を作製し、そ
の磁気輸送特性について述べている。粉末試料を用いた過去の報告例では巨大な負の磁気
抵抗効果が観測されているが、窒素の役割については不明瞭のままであった。窒素含有量
が異なるにも関わらず、合成した全ての薄膜で飽和磁化は約 3.0μB/f.u.であったことから、
Eu イオンのほぼ半分が 3 価の酸化状態として存在していると論じている。一方、電子輸送
特性は、薄膜中の窒素量の増加に伴い、金属的な挙動から半導体的な挙動へと徐々に変化
した。抵抗率の温度依存性の詳細な解析に基づき、半導体的な挙動は 3 次元可変長ホッピ
ング伝導によるものあり、アニオンサイト内の窒素のランダムな分布により、キャリアの
局在化が起こると考察している。また、窒素量が増えるにつれ負の磁気抵抗効果が徐々に
増大すること、並びに N/Eu=1.0 試料の磁気抵抗はバルクの報告にほぼ等しいことから、巨
大磁気抵抗効果は EuNbO3-xNx に真性の性質であると結論している。また、Eu2+の局在スピ
ンと Nb4+由来の 4d1 スピンとの相互作用が、窒素ドープに伴うランダムネスにより大きく
変調された可能性を指摘している。
第 5 章では、Sr2IrO4-xF2x 薄膜を作製し、その結晶構造、電子状態、及び電子輸送特性を
報告している。結晶構造については、Ir4+を保持したまま SrO 層へのフッ素の挿入と IrO6
八面体での酸素フッ素の置換が同時に起こることを示している。光学測定及び光電子分光
測定の結果からは、フッ素の大きい電子陰性度のため、それと結合しているイリジウムの
Jeff=3/2 軌道が安定化していることを示唆している。一方、電子輸送特性を評価した結果、
Sr2IrO4 及び Sr2IrO4-xF2x 薄膜の抵抗率が T-1/4 及び T-1/2(T は温度)に比例していたことから、
フッ素ドープによりキャリアの伝導機構が 3 次元可変長ホッピング伝導から、クーロン相
互作用が強い際に表れる Efros–Shklovskii 可変長ホッピング伝導に変化したと主張してい
る。さらに、この変化は、フッ素挿入により電子が Ir(O, F)6 層に閉じ込められたこと、及
びフッ素置換により結晶中のポテンシャルが乱雑になり、電子の遮蔽効果が抑制されたこ
とに起因すると指摘している。
第 6 章は結論と総括である。
以上のように、本論文は、アニオンドープした 4d-5d 遷移金属酸化物のエピタキシャル
薄膜を合成することで、4d-5d 遷移金属酸化物の物性変調、並びにそこでのアニオンの役割
を詳細に報告しており、無機固体化学における物質探索に大きく貢献する。これらの研究
は理学の展開に大きく寄与する成果であり、博士(理学)に値する。なお本論文は複数の
研究者との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行ったものであり、論文提出者
の寄与は十分であると判断する。
したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。