KEAP1の抑制によるNRF2経路の活性化がもたらす加齢性難聴の予防効果の検討
概要
加齢性難聴は、多くの高齢者が有する進行性の感音難聴である。加齢性難聴に対する予防薬や治療薬は現時点で確立されていないが、最近の研究で、その病態に酸化ストレスが深く関わることが明らかにされてきており、加齢に伴う酸化ストレスの曝露や蓄積を減少させることが、加齢性難聴の進行の予防につながる可能性が示唆される。NRF2 は、生体の酸化ストレスに対する主要な防御因子であり、抗酸化酵素や解毒酵素を誘導する転写因子である。NRF2 は、定常状態では細胞質タンパク質である KEAP1 と結合し、ポリユビキチン化を介してプロテアソーム系で分解される。つまり、KEAP1 は NRF2 の抑制因子として働く。これより本研究では、「KEAP1 の抑制によるNRF2 経路の活性化が加齢性難聴の進行を予防する」と仮説を立て、検討を行った。
本研究では、まず、2 ヶ月齢と 12 ヶ月齢の C57BL/6 系統の野生型マウスの解析を行い、その蝸牛の加齢性変化を明らかにした。その結果、12 ヶ月齢の野生型マウスでは、2 ヶ月齢の野生型マウスに比べ、加齢性の聴力障害が進行しており、組織学的にも蝸牛のラセン神経節、ラセン靭帯、外有毛細胞の加齢性変性が認められた。
次に、NRF2 経路が全身性に活性化した Keap1 ノックダウンマウス(Keap1FA/FA マウス)を用いて、Keap1FA/FAマウスと野生型マウスを比較検討した。マウスは系統により、加齢性難聴の進行経過が異なることが知られている。C57BL/6 系統は内耳有毛細胞に存在するカドヘリン 23(CDH23)遺伝子に SNP を有するため、比較的早期に加齢性難聴が進行する。本研究で用いた Keap1FA/FA マウスは、比較対象である C57BL/6 系統へ戻し交配を行っているが、両群を比較検討するにあたり、両群のマウスのゲノム DNA を用いて、Cdh23 の DNA シークエンスを行った。その結果、全ての Keap1FA/FA マウスは、野生型マウスが有する Cdh23 のSNP(Cdh23753A/753A)と同一のSNP を有しており、SNP による加齢性難聴の経過への影響がないことを確認した。
まず 2 ヶ月齢において、Keap1FA/FA マウスと野生型マウスを比較検討した。定量 RT-PCR では、NRF2 標的遺伝子の発現量は、野生型マウスと比較し Keap1FA/FA マウスで上昇していたが、組織学的には両群で差は認めなかった。
そこで、12 ヶ月齢において、Keap1FA/FA マウスと野生型マウスを比較し、蝸牛の加齢性変性に差が見られるかを検討した。定量 RT-PCR では、2 ヶ月齢と同様に、NRF2 標的遺伝子の発現量が、野生型マウスと比較し、 Keap1FA/FA マウスにおいて有意に上昇していた。組織学的解析では、Keap1FA/FA マウスにおいて、蝸牛頂回転と中回転のラセン神経節、ラセン靭帯、外有毛細胞の加齢性変性が有意に抑制されていた。また、ABR を用いた聴力解析でも、Keap1FA/FA マウスにおいて、組織学的な差を認めた蝸牛頂回転、中回転の周波数帯域に一致する低音域から中音域で、加齢性の閾値上昇が有意に抑制されていた。また、免疫組織染色によって、酸化ストレスマーカーである 4-HNE、8-OHdG の検出も行ったところ、12 ヶ月齢の野生型マウスと比較し、12 ヶ月齢の Keap1FA/FA マウスの蝸牛頂回転、中回転で酸化ストレスの蓄積が低下している傾向であった。
以上の結果から、KEAP1 抑制による NRF2 経路の活性化が、蝸牛の特に頂回転、中回転において、加齢に伴う酸化ストレス障害を軽減し、加齢性難聴の進行を抑制することが示された。これより、NRF2 誘導剤の継続的な投与が、加齢性難聴の進行予防に効果的である可能性が示唆された。