月経前症候群による腹部の不快症状に対する甘酒または生塩麹の有効性
概要
【背景】女性は思春期から更年期に至るまでほぼ毎月月経が繰り返され,日本人の平均初経 年齢は 12.3 歳,閉経年齢は 50.5 歳である。その周期は月経周期と言い,月経から排卵まで の卵胞期,排卵期,排卵後から月経開始直前までの黄体期に分けられる。月経周期は,10 代では不安定であるが,10 代の終わりから 20 代にかけて月経周期は規則的になり安定する。この月経周期は女性ホルモンの増減によりもたらされるため,各周期による女性ホルモンの 分泌の変動によりイライラや不安などの精神症状や腹部膨満感,乳房痛などの身体症状を呈 する。これらの精神症状・身体症状は,月経前症候群(PMS)とされ,American College of Obstetrics and Gynecology では診断基準を設けている。この診断基準では,「月経前 5 日 間のうち精神症状および身体症状を 1 つ以上認め,症状が月経開始 4 日以内に軽快し,少 なくとも月経周期の 13 日目まで症状の再発を認めない」としており,PMS は黄体期から 月経中にかけて表れる症状を示している。特に,20 代では,ホルモンの分泌が盛んである ため,PMS の精神症状や身体症状が強い傾向にあると報告されている。この PMS は,欧 米の女性では肥満が,アジア諸国の女性ではやせや冷えが増悪要因となっている。これまで 日本人を対象とした研究は,PMS の精神症状を検討した報告が主となっていたが,宮澤ら によって,身体症状に関する検討が行われ,日本人女性の PMS は,下痢,便秘,腹部の不 快感などの消化器症状が 81.6%と最も高いと報告された。しかし,身体症状は,下痢気味, 便秘気味,排便のしにくさなどの自覚症状(主観的指標)や,便の性状,排便回数などの他 覚所見(客観的指標)など,どのような消化器症状を呈するのか詳細な報告はない。そこで, 実験 1 では月経周期に伴う腹部の消化器症状にどのような変動があるのか検討した。さらに,8 割の女性が呈しているとされる月経周期に伴う腹部の消化器症状の改善は重要である。この腹部の消化器症状に対して,薬での対処ではなく,食品を用いて日常的に改善できないかを検討した。近年,甘酒に含まれるグルコシルセラミドが,マウスの腸内の有用菌を増加させることで便通を改善する可能性や,甘酒の摂取がヒトの便秘を改善する効果が報告されており,日本古来の麹菌を利用した食品の摂取は,整腸に効果があることが明らかとなってきている。しかしながら,月経周期に伴う腹部の消化器症状に対して,麹食品の摂取による改善効果を検討した報告はないため,実験 2 では,麹食品に着目し,甘酒または生塩麹の摂取が PMS の腹部の消化器症状を改善するのか検討した。
【実験 1】月経周期に伴う腹部の消化器症状の変動
[目的]本実験では,腹部の消化器症状として,下痢気味,便秘気味,排便のしにくさなどの自覚症状と,便の硬さを示す便の性状,排便回数などの他覚所見に着目し,月経周期を月経期,卵胞期,黄体期に分けてそれらの変動を解析した。
[方法]20 代女性 73 名を対象に,2016 年 8 月から 2018 年 3 月まで観察研究を行った。研究期間は 4 週間とし,初日は月経周期と排便に関するアンケートと体組成計測を行い,研究期間中は,毎日,便の性状,排便回数,排便難易度を得点化した排便記録と食事記録,月経時にカラーマークを記す月経記録を自己記入方式で行った。月経周期は,月経開始日を 1 日目とし,終了までを月経期,月経終了から 14 日目を卵胞期,15 日目から 21 日目を黄体期前半,22 日から 28 日目を黄体期後半に分けて解析を行った。本研究は,東京農業大学の「人を対象とする実験・調査等に関する倫理委員会」の承認を得て行った(No.1612)。
[結果]被験者 73 名のうち,月経不順 6 名,途中棄権 15 名,記入漏れ 20 名の理由により 41名を除く,32 名を対象に解析を行った。
月経周期と排便に関するアンケート結果では,卵胞期,黄体期前半ともに 90.6%の被験者が,排便に関する不快な症状はないと便通異常を認めなかったのに対し,黄体期後半では 50.1%,月経期では 62.6%の被験者が下痢気味,便秘気味などの便通異常があると回答した。便の性状,排便回数,排便難易度の解析結果では,全ての月経周期において有意な変動は得られなかった。
次に,腹部の消化器症状に対する変動をより詳細に検討をするため,排便回数に着目し, 32 名を排便が毎日ある群(19 名)とない群(13 名)にわけ,解析を行った。その結果,排便が毎日ある群は,黄体期後半に便秘気味であるとの認識が有意に低かった(p<0.05)。便の性状で黄体期後半において,排便が毎日ない群は,ある群と比較して有意に硬便を示した(p<0.05)。排便難易度は,全ての月経周期において,排便が毎日ない群は,ある群と比較して有意に高値を示した(p<0.05)。
[考察]本研究により,月経周期に伴う腹部の消化器症状の詳細を明らかにした。
今回の被験者特性として,BMI がやせや肥満の被験者,欠食や不規則な食事時間などの食生活が乱れている被験者はいなかった。月経周期に伴う腹部の消化器症状として,自覚症状は,黄体期後半では便秘気味に,月経期では下痢気味になる傾向があった。他覚所見は,有意な変動は認められなかった。その理由として,個人差が大きいためであると考えられた。また,他覚所見は,自覚症状とは相関しなかった。
先行研究では,やせや肥満であることや,朝食欠食が PMS の増悪につながると報告されていたが,本研究では,やせや肥満はなく,朝食欠食がなかったにも関わらず,月経周期に伴う腹部の消化器症状は,被験者の半数以上で生じることが明らかとなった。
また,便秘気味であるという認識は,排便が毎日ない群の被験者に強く出ているため,排便回数の増加を促していくことが月経周期に伴う腹部の消化器症状の軽減につながる可能性が考えられた。
【実験 2】月経前症候群による腹部の不快症状に対する麹食品の有効性
[目的]本実験では,麹菌を利用した甘酒または生塩麴の摂取が,月経周期に伴う腹部の消化器症状を改善するのか検討した。
[方法]実験 1 で解析を行った 20 代女性 32 名に新規で 20 代女性 19 名を追加し,合計 51 名を対象として 2018 年 4 月から 2020 年 4 月にかけ介入試験を行った。研究期間は,1 クール 28 日間として全部で 3 クール行い,麹摂取前クール(ベースライン),麹摂取中クール, 麹摂取後クールとし,研究期間中は日常の食生活を維持することを前提に麹食品の日常的な 摂取を禁止した。麹摂取中クールは,甘酒(125mL/日)または,生塩麴(7.5g/日)を毎日 摂取させた。記録は,初日に排便と月経周期に関するアンケートを行い,3 クール通して実 験 1 同様に排便記録,食事記録と月経記録を行い,3 クール目終了日に,麹食品摂取による アンケート(終了日アンケート)を自己記入方式で行った。また,各クール 4 回の採便と体 組成計測を行った。採取した糞便からは,糞便中の Bifidobacterium longum subsp. longum, Enterobacteriaceae および Clostridium perfringens の定量,pH,水分含有量の測定を行 った。さらに,月経開始日から次の月経終了日まで流涎法にて唾液を採取し,エストラジオ ール,プロゲステロンの測定と基礎体温測定を行った。甘酒と生塩麹は,オリゴ糖量の測定, 培養法による生菌の定量と染色を行い菌糸,胞子の有無を解析した。本研究は,東京農業大 学の「人を対象とする実験・調査等に関する倫理委員会」の承認を得て行った(No.1814)。
[結果]本研究では,被験者 51 名を対象に介入試験を行った。麹食品を確実に摂取し続けられなかった 20 名,介入試験中の月経不順 2 名,記入漏れ 8 名,糞便サンプルの不足 10 名の理由により 40 名を除く,11 名を対象に解析を行った。被験者は 11 名のうち 6 名に対して甘酒を摂取させ,5 名に対して生塩麴を摂取させた。被験者は,基礎体温測定では排卵時の体温の低下,黄体期での体温の上昇が認められ,排卵前に高値を示すエストラジオール濃度は 8.6±3.3pg/mL(基準値:3.8±0.3-20.3±1.4pg/mL),黄体期に高値を示すプロゲステロン濃度は 500.6±88.9pg/mL(基準値:28.0±2.7-884.5±48.7pg/mL)であった。
初日アンケートでは,腹部の消化器症状は黄体期と月経期で認められ,黄体期では 8 人(72.7%),月経期ではすべての被験者に現れた。黄体期は,下痢気味,便秘気味ともに 4人ずつ(36.4%)認められ,月経期は 7 人(63.6%)が下痢気味,4 人(36.4%)が便
秘気味であった。
終了日アンケートでは,甘酒または生塩麴を摂取することにより 8 人(72.7%)で腹部の消化器症状が改善され,月経周期ごとの解析では,甘酒摂取群は,月経期に有意な腹部の消化器症状の改善が認められ,生塩麴摂取群は,黄体期後半に有意な腹部の消化器症状の改善が認められた。排便難易度の結果は,甘酒摂取群および生塩麹摂取群ともに,月経周期および食品摂取による有意差はなかった。
質問項目ごとの解析では,甘酒摂取群は,卵胞期において下痢または水様便の症状が摂取前と比較して摂取後に有意に改善した(p<0.05)。生塩麹摂取群は,黄体期前半において摂取中と比較して摂取後に,排便時の肛門の痛みが有意に軽減し(p<0.05),便の排泄状態では排泄のしにくさが有意に改善した(p<0.05)。また,黄体期後半では摂取前と比較して摂取後に便の量が有意に増加した(p<0.05)。月経期では摂取前と比較して摂取中に排便時の肛門の痛みが有意に減少した(p<0.05)。
甘酒摂取群,生塩麹摂取群ともに,便の性状,排便回数,水分含有量は月経周期における摂取前,摂取中,摂取後に有意な差は認められなかった。糞便中の pH は,甘酒摂取群の黄体期前半において,摂取前と比較して摂取後にアルカリ性側に変動し,中性となった
(p<0.05)が,他では有意な差は認められなかった。
糞便中の細菌量の結果は,甘酒摂取群において,Enterobacteriaceae が摂取前に比べて摂取中の月経期にのみ有意に減少した(p<0.05)。生塩麹摂取群では,Enterobacteriaceaeはすべての期間において有意な差は認められなかった。
本研究で使用した甘酒および生塩麹には,排便に影響するオリゴ糖が含まれている。そのため,含有されているオリゴ糖の種類と量を検討した。その結果,イソマルトオリゴ糖が甘酒には 1.11g/125mL,生塩麹には 0.11g/7.5g 含まれていた。
また,甘酒,生塩麹に生菌が含まれているか確認するために培養した。その結果,甘酒および生塩麹には生菌は認められなかった。甘酒は,胞子,菌糸は認められなかったが,生塩麹は菌糸が認められた。
[考察] 本研究では,整腸の効果があるといわれている麹食品を用いて,月経周期に伴う腹部の消化器症状の改善を検討した。その結果,月経周期に伴う腹部の消化器症状に対して,自覚症状は,甘酒または生塩麹の摂取により,8 人(72.7%)で改善が認められた。麹食品を摂取したのちに,月経周期に伴う腹部の消化器症状が顕在化した。他覚所見は,個人差が大きいため,有意な変動は認められなかった。
月経周期における女性ホルモンの作用として,黄体期に多く分泌されるプロゲステロンは,腸管の蠕動運動を抑えることから,便秘気味に,卵胞期に分泌されるエストロゲンは,腸管の蠕動運動を亢進することから,下痢気味になることが明らかとなっている。
本研究の被験者の女性ホルモンは,基準値範囲内にあり,排卵後の基礎体温の上昇も認められた。そのため,月経周期に伴う腹部の消化器症状は,女性ホルモンの過剰分泌や不足によるものではなく,麹食品摂取による改善効果も女性ホルモンに作用したものではないと考えられた。
また,整腸の効果があるとされる麹食品を摂取したため,糞便中の細菌の定量を行った結果,有用菌である B. longum subsp. longum の量に有意な変動は認められなかった。しかし,有害菌とされる C.perfringens の検出率は甘酒摂取群の卵胞期を除いて,摂取前と比べて摂取中に減少傾向が認められ,甘酒または生塩麹を摂取することによって C.perfringensの出現を抑えられていた。先行研究では,イソマルトオリゴ糖の摂取により有用菌の増加が認められていたが,本研究では同様の効果は得られなかった。理由の 1 つとして,イソマルトオリゴ糖量が先行研究と比較して 1/10 以下であることが考えられる。また,有意ではないが,C.perfringens の検出率は低下傾向が認められており,本研究では被験者数が少なく有意な変動は認められなかったが,被験者数を増やすことによって傾向が出る可能性が示された。
【総括】
PMS は,個人差が大きいが日本人女性の 95%が苦しんでいると報告されている。今回我々の研究では,最も多い自覚症状である腹部の消化器症状と他覚所見から詳細な解析を行った。その結果,月経周期に伴う自覚症状には変動があり,その症状は黄体期後半と月経期に強く表れることが明らかとなり,さらに,麹食品の摂取により 72.7%軽減することを明らかにした。今後,日常的に麹食品を食生活に取り入れていくことが重要である。しかし,麹食品は,摂取しにくい問題があり,摂取しやすい麹食品を開発することにより,薬ではなく食品による PMS の制御が可能になると考えられる。