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大学・研究所にある論文を検索できる 「炎症における糖鎖修飾の関与」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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炎症における糖鎖修飾の関与

吉原, 晋太郎 東京大学 DOI:10.15083/0002002491

2021.10.15

概要

消化管における難病である炎症性腸疾患にはクローン病と潰瘍性大腸炎がある。両疾患とも若年者を中心に発症し、緩解増悪を繰り返しながら経過する難治性疾患であるが、その病因・病態については不明な点が多い。これまでに、ゲノムワイド関連解析(Genome-wide association study:以下, GWAS)によって200以上の炎症性腸疾患に関する感受性遺伝子が同定されているが、それらは腸内細菌に対する腸管上皮細胞の防御機能や免疫細胞の機能に関連するものが多い。宿主は免疫系を介して、自身にとって有益な腸内共生細菌と相互依存的に作用することで消化管の恒常性を維持しており、その破綻は炎症性腸疾患の発症につながる。

 宿主免疫と腸内細菌のクロストークを担う因子の一つに、糖鎖修飾がある。生体のタンパク質・脂質表面の多くは糖鎖による修飾を受け、糖タンパク質や糖脂質として存在することで多様な生理活性を発揮している。フコース転移酵素は血液型糖鎖抗原の形成に必要であるが、Ⅰ型フコース転移酵素(以下, FUT1)は赤血球や腸管M細胞に発現し、Ⅱ型フコース転移酵素(以下, FUT2)は腸管円柱上皮細胞や杯細胞に発現し、糖鎖末端にあるガラクトースのα1-2位でフコースを付加する。フコースは腸内共生細菌であるBacteroides属に利用されることで、腸内共生細菌叢維持、腸内環境維持に寄与している。FUT2の遺伝子多型は約25%のヒトに認められ、GWASによってクローン病の疾患感受性遺伝子と同定されていることから、FUT2及びα1, 2-フコースの制御機構解明は医学的観点から重要な命題といえる。

 近年、自然免疫細胞である3型自然リンパ球が腸内細菌依存的に産生するIL-22によって、小腸上皮細胞のFUT2及びα1, 2-フコース発現が誘導されていることが報告されたが、大腸上皮細胞のFUT2及びα1, 2-フコース発現誘導・制御機構は分かっていない。また、炎症性腸疾患の診断は臨床症状、下部消化管内視鏡による粘膜所見の評価や生検組織診断、CTやMRIによる画像所見、採血や採便による炎症の数値等を組み合わせて行われるが、非侵襲的で安価に、かつ特にクローン病に特異性をもって病態を反映するマーカーは現時点では汎用されていない。炎症状態における腸管上皮細胞のα1, 2-フコース発現解析、及び腸管活動の最終産物である糞便に含まれるα1, 2-フコースの発現量変化を検出することで、非侵襲的かつ疾患特異的なマーカーを確立することが出来ると考え、「糖鎖修飾と炎症」についての本研究を開始した。

 最初に、糞便中α1, 2-フコースの発現を検出する目的で、α1, 2-フコース特異的に結合するレクチンであるUlex Europaeus Agglutinin 1(UEA-1)を用いたEnzyme Linked Lectin Assay(以下, ELLA)という手法を確立した。野生型マウス糞便より抽出した上清中からはELLAによってα1, 2-フコースが定量された一方で、FUT2欠損マウス糞便からは有意に低下したα1, 2-フコースが検出された。野生型とFUT2欠損マウスの小腸、大腸上皮細胞のα1, 2-フコース発現についてフローサイトメトリー解析と免疫組織化学染色により検討したところ、ELLAによる結果を裏付けるように、大部分の小腸上皮細胞と、全ての大腸上皮細胞でFUT2依存的な発現を示した。また、腸管内にα1, 2-フコース発現をもたらすもう一つの酵素であるFUT1を欠損したマウス糞便からは野生型マウスと同等のα1, 2-フコースが検出された。これは、腸管におけるα1, 2-フコース産生にはFUT2が重要な役割を果たしている事を示唆している。よって、ELLAによる結果は腸管上皮細胞のFUT2に依存したα1, 2-フコース発現を反映した糞便中α1, 2-フコース検出可能な手法であると考えられた。

 続いて、クローン病に類似した慢性腸炎モデルマウスとして広く扱われているIL-10欠損マウスを解析した。野生型マウスと比較してIL-10欠損マウスの小腸では近位側、遠位側ともにFUT2及びα1, 2-フコース発現が亢進していたが、大腸では小腸のような亢進は認めなかった。IL-10欠損マウスの糞便からは野生型マウス糞便と比較して有意に増加したα1, 2-フコースが含まれていたことから、特に小腸でのα1, 2-フコース発現変化が糞便内容物に影響したことが示唆された。

 更に、急性腸炎モデルとしてDSS誘導性腸炎マウスを解析した。DSS誘導性腸炎マウスでは、小腸と大腸の両方においてFUT2発現及びα1, 2-フコース発現には正常マウスと比較して有意な増加は認めなかった。その一方で、DSS誘導性腸炎マウス糞便からは正常マウス糞便と比較して有意に増加した、高濃度のα1, 2-フコースが含まれていた。DSS誘導性腸炎の詳細な機序は不明であるが、化学毒性による上皮細胞の直接的・物理的障害が発生し、2次的な腸内細菌の侵入などによる腸管バリア機構の破綻により腸炎が発症すると考えられている。DSSの直接的・物理的障害によりα1, 2-フコースを含んだ粘液層が多量に便中に排出された事が推察され、本急性発症型の腸炎の病態を反映している可能性が考えられた。

 小腸上皮細胞のFUT2及びα1, 2-フコース発現はIL-22に依存しており、炎症性腸疾患患者では大腸組織中・血清中のIL-22発現が亢進している。そこで、IL-22が腸管上皮細胞及び糞便中のα1, 2-フコース発現に与える影響について、IL-22欠損マウスを用いて解析した。IL-22欠損マウスは定常状態、DSSにより腸炎が誘導された状態のいずれにおいても、小腸ではFUT2及びα1, 2-フコース発現が有意に低下した。一方で、大腸では有意な発現変化を来さなかった。これらの結果は、IL-22が小腸におけるFUT2によるα1, 2-フコース発現に関与する一方で、大腸では影響を与えないことを示唆している。また、IL-22欠損マウス糞便中α1, 2-フコース量は、定常状態、DSSにより腸炎が誘導された状態のいずれにおいても、野生型マウス糞便との間で有意な量的変化はなかった。このことからも、DSS投与による糞便中α1, 2-フコース量は、IL-22に関係した免疫学的機序ではないと考えられた。

 生体マウスを用いたin vivoの解析では、糞便は食餌性抗原、腸内細菌による消費と代謝産物、炎症に伴い動員される多種多様な免疫細胞やサイトカイン等の免疫関連因子等の様々な影響を受ける。そこで、腸管上皮細胞オルガノイドを用いたin vitroの解析により、腸管上皮細胞単独、ないしは単一のサイトカイン(本解析ではIL-22)の直接的影響下でのFUT2遺伝子及びα1, 2-フコース発現について解析した。小腸及び大腸上皮細胞から作成したオルガノイドの培養液中にリコンビナントIL-22をくわえることにより、上清中に産生されたα1, 2-フコース量と、オルガノイドのFUT2遺伝子発現量は相関して増加することが示された。またリコンビナントIL-22非添加群同士の比較では、大腸オルガノイドにおいて小腸オルガノイドよりもα1, 2-フコース量とFUT2遺伝子発現量が高値であり、小腸オルガノイドではほぼ発現が消失していた。これらの結果を総合的に解釈すると、小腸ではIL-22依存的なFUT2及びα1, 2-フコース誘導制御機構が存在しているが、大腸ではIL-22の影響を受けるものの、IL-22非依存的なFUT2及びα1, 2-フコースを発現経路が存在する可能性が示唆された。

 最後に、腸内細菌叢がFUT2発現制御機構に及ぼす影響を確認する目的で、無菌マウスと通常飼育マウスを比較検討した。無菌マウス小腸では、野生型マウス小腸と比較してFUT2発現が著しく抑制されていた。一方、無菌マウス大腸では、野生型マウス大腸と比較してFUT2発現の低下は認めるものの、一定のFUT2発現量が検出された。つまり、小腸におけるFUT2及びα1, 2-フコース発現は腸内細菌依存的であるが、大腸では腸内細菌に非依存的なFUT2発現経路が存在することが示唆された。次に無菌マウス糞便と通常飼育マウス糞便をELLAで比較したところ、無菌マウスでは非常に高濃度のα1, 2-フコースが含まれていた。α1, 2-フコースを利用するBacteroides属等の腸内共生細菌による消費がなくなったことなどが、糞便中α1, 2-フコース量が増加する一因になっている可能性が考えられた。

 以上のように本研究では、まずFUT2依存的な糞便中α1, 2-フコースを定量するELLAという手法を確立した。慢性腸炎モデルマウスであるIL-10欠損マウス糞便中からは、正常マウス糞便と比較して有意に増加したα1, 2-フコースが検出され、小腸上皮細胞におけるα1, 2-フコース発現亢進と相関することを示した。急性腸炎モデルとして解析したDSS誘導性腸炎マウス糞便中からは、正常マウス糞便と比較して有意に増加したα1, 2-フコースが検出され、これはDSSによる上皮細胞や粘液層への直接的・物理的障害による影響である事が示唆された。更に、FUT2発現機序が不明であった大腸上皮細胞について、in vivo及びオルガノイド解析を行うことで、IL-22や腸内細菌叢非依存的なFUT2及びα1, 2-フコースを発現経路の存在を明らかにした。

 ヒト検体で同様にELLAを施行することにより、①クローン病危険因子である、FUT2遺伝子の不活化多型を有する群を非侵襲的にスクリーニング可能となる、②正常なFUT2遺伝子を有する群については、糞便中α1, 2-フコースが健常人と比較して高値であることをもって、非侵襲的かつ簡便にクローン病の病勢の推移を判定するマーカーとして機能する可能性がある。更なる腸管上皮細胞におけるFUT2遺伝子及びα1, 2-フコース発現機構、ならびに糞便中α1, 2-フコース発現機構の解明を通じて、原因に根ざした治療法・新薬の開発、遺伝診断法による発症予測へと繋がる可能性があると考え、今後、ヒト検体での解析を検討している。

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