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大学・研究所にある論文を検索できる 「膵管内乳頭粘液性腫瘍由来浸潤癌と通常型膵癌の差異の検討」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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膵管内乳頭粘液性腫瘍由来浸潤癌と通常型膵癌の差異の検討

加藤, 裕之 東京大学 DOI:10.15083/0002005037

2022.06.22

概要

<研究の背景および目的>
膵癌は最も予後不良な悪性疾患の一つであり、革新的な治療法の開発が急務である。分子生物学的な病態分類・層別化を提唱できれば、治療に寄与する可能性がある。

膵臓癌のなかでも通常型膵癌とIPMN由来浸潤癌の前癌病変としてそれぞれ膵上皮内腫瘍性病変(PanIN)と膵管内乳頭粘液性腫瘍(Intraductal papillary mucinous neoplasm: IPMN)が知られている。しかしこれら起源が異なると考えられる両者の分子学的・生物学的差異は明らかになっておらず、その一因としては両者を比較しうる実験系、特にIPMN関連癌のモデルが稀有であることが要因と考えられる。

近年オルガノイドというinvitroの3次元培養技術が構築された。由来元の病理学的組織像・遺伝子変異/発現プロファイル・抗癌剤の感受性などのphenotypeを忠実に模倣することが報告され、癌研究における革新的な技術として注目されている。

そこで本研究では臨床検体から通常型膵癌・IPMN由来浸潤癌・IPMN併存癌・IPMNのオルガノイドを樹立し、分子生物学的な解析を網羅的に行うことでIPMN由来浸潤癌と通常型膵癌の差異を明らかにすることを目的とした。

<方法>
通常型膵癌13例、IPMN由来浸潤癌5例、IPMN併存癌3例、IPMN4例、IPMN症例の非腫瘍部膵管3例、計28病変からオルガノイドの樹立に成功し、組織型が良好に再現されていることを確認した。

生物学的表現型として、細胞増殖能、Ki-67陽性率、癌幹細胞マーカーCD133陽性率、ゼノグラフト生着能、Gemcitabine(GEM)への感受性、増殖因子などのニッチ因子への依存度を評価した。また、分子学的解析としてWhole exome sequence, RNA sequence, ATAC sequence, ChIP sequenceを行った。

<結果>
生物学的検討として、各々のオルガノイド培養開始翌日から三日間の細胞増殖速度を比較すると、IPMN由来浸潤癌(N=4,2.06倍)は通常型膵癌(N=10,3.79倍,P=0.068)並びにIPMN併存癌(N=3,3.62倍,P=0.16)よりも増殖が緩徐な傾向にあった。Ki-67の陽性率はIPMN由来浸潤癌(27.8%)では通常型膵癌(48.1%,P値:0.10)やIPMN併存癌(67.5%P値:0.060)よりも低い傾向にあった。CD133陽性率に関してはIPMN由来浸潤癌(N=4,22.9%)では、通常型膵癌(N=11,55.6%,P=0.038)よりも有意に低く、IPMN併存癌(N=3,25.3%P値:0.91)とは差が明らかではなかった。マウス皮下への腫瘍生着能は、浸潤癌由来のオルガノイドでは検討した全症例において高い生着能を有しておりIPMN由来浸潤癌と通常型膵癌間に差は見られなかったが、前癌病変のIPMNにおける腫瘍形成能(0%,30%)は浸潤癌と比べ有意に低かった。GEMへの感受性についてはIPMN由来浸潤癌、通常型膵癌、IPMN併存癌において一定の傾向はなかった。

分子学的検討として、Whole exome sequenceを用いて遺伝子変異を解析すると、前癌病変のIPMNとIPMN由来浸潤癌の間には遺伝子変異の蓄積やコピー数変化に顕著な差が見られた。IPMN由来浸潤癌と通常型膵癌の比較では通常型膵癌と同様にKRAS,TP53,CDKN2A,SMAD4の4遺伝子に高率に変異が見られるも特異的な変異は同定されず、いずれの癌においてもKRAS変異に加えて、TP53,CDKN2A,SMAD4のgenomicな機能喪失が発癌に重要であることが示唆された。これを裏付けるようにニッチ依存度を評価すると、IPMNとIPMN由来浸潤癌の比較では変異に応じたシグナル伝達系の増殖因子などへの依存度の違いが見られたものの、IPMN由来浸潤癌と通常型膵癌では明らかな差は指摘できなかった。

RNA sequenceによるトランスクリプトームからIPMN由来浸潤癌と通常型膵癌の両者を比較すると、unsupervised clusteringでは3例のIPMN由来浸潤癌は互いによく似た遺伝子発現型を呈していた。しかしながらIPMN関連病変と通常型膵癌のクラスターとしての明確な差を示すことができなかった。そこで、IPMN由来浸潤癌で有意に高発現が認められた218のDifferentially expressed genes(DEG218)を抽出すると、それらは膵臓に限らず内胚葉系細胞の様々な分化段階に関与する遺伝子群であることがわかった。この知見は、パブリックデータベースに登録されている多数の膵癌組織検体の発現データを用いても再現性が得られた。

さらにエピゲノムの観点からは通常型膵癌10例、IPMN由来浸潤癌3例、IPMN併存癌2例、IPMN2例、非腫瘍部膵管オルガノイド2例の19症例についてATAC sequenceを行い、ゲノムワイドでのクロマチンのオープン領域を比較した。抽出された全192702peakを用いてunsupervised hierarchical clustering、並びに主成分分析を行った。するとRNA sequenceよりも明瞭に非腫瘍部膵管、IPMNならびにIPMN由来浸潤癌を異なるクラスターとして通常型膵癌から区別することができた。すなわち非腫瘍部膵管やIPMNのみならずIPMN由来浸潤癌と通常型膵癌の間にはゲノムワイドにクロマチンのオープン領域の違いがあることを示していた。そこでオープンクロマチンに結合し得る転写因子についてモチーフ解析およびFoot printing解析を行ったところ、IPMN由来浸潤癌でHNF1B(P=0.000067)およびCTCF(P=0.0020)の結合部位が有意に多いことが推察された。

実際にCTCFのChIP sequenceを行ったところCTCFが結合するpeak数は通常型膵癌で24448、IPMN由来浸潤癌で52632であり、ATAC sequenceの結果を裏付けて、より多くのCTCF結合部位がIPMN由来浸潤癌において認められた。特にHNF1B遺伝子や、DEG218の近傍にIPMN由来浸潤癌で特異的なCTCF結合部位が同定された。同時に興味深いことに、パブリックデータベースからHNF1BのChIP sequenceデータを抽出すると、DEG218のうち89遺伝子の近傍にHNF1Bの結合部位が同定された。

以上のことはHNF1BとCTCFがIPMN由来浸潤癌の特異的な遺伝子発現に寄与する可能性を示唆することから、続いて両者の生物学的意義を検討するため、HNF1B,CTCFのノックダウン実験を行った。3例の通常型膵癌オルガノイドにおいてはHNF1Bがノックダウンされても継続培養が可能であったが、2例のIPMN由来浸潤癌オルガノイドおよび1例のIPMNオルガノイドではHNF1Bノックダウンによっていずれも生存が不能となった。CTCFのノックダウンについても、1例のIPMN由来浸潤癌オルガノイドおよび1例のIPMNオルガノイドの生存が阻害されたが、こちらは通常型膵癌においても同様であった。以上の知見はHNF1BがIPMN由来浸潤癌に特異的な遺伝子発現および生物学的特性に重要な役割を有することを示唆していた。

<考察>
未解明の点が多い膵腫瘍であるIPMNおよびその由来癌について、臨床検体を用いたオルガノイドモデルを構築することに成功した。IPMN由来浸潤癌と通常型膵癌の生物学的特性の違いは臨床における最大の疑問の一つであるが、今回の研究は両者を分子学的にも生物学的にも多面的に比較解析し得た点で高いpriorityを有している。特に変異や遺伝子発現以外にクロマチン構造の違いを解析し、その有意な差を見出すことができたのはオルガノイド培養による生きた細胞を活用できた成果に他ならない。

オルガノイド形態やCD133陽性率からはIPMN由来浸潤癌と通常型膵癌の両者が生物学的に異なることを可視化できたと考えるが、IPMN由来浸潤癌で増殖能が低い傾向であるものの有意とは言いきれず、実臨床における予後の違いにも一定の結論が出ていないのと同様にいまだ両者の悪性形質の違いまで明確にできたとは言えない。むしろ標準治療薬であるGEMの感受性に一定の傾向がなかったことに加えて、両者に特異的な遺伝子変異の違いが見出されなかったことは、膵癌における現行のゲノム医療や層別化治療の困難さを改めて浮き彫りにしたといえる。一方、本研究で見出されたクロマチン構造の違いをさらに突き詰め、それに根ざした特異的な治療標的分子を見出すことができれば、膵癌におけるエピゲノム層別化医療の可能性・有効性を拓くものと期待される。

また今回、時間軸での比較として正常膵管からIPMN、IPMNから浸潤癌化する過程で、ドライバー変異の獲得や癌抑制遺伝子のコピー数の変化とともにニッチに対する非依存能を獲得していく過程を初めて可視化することができ、IPMNの癌化におけるgenome異常の重要性も提示し得た。

これらIPMNの癌化過程におけるゲノム・クロマチン構造の時間軸を含めた理解と、それに対する治療標的などを今後の研究で解明していくことで、難治癌である膵癌克服への第一歩にできればと考える。

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