化学重合型ボンディング材の象牙質接着性に影響を及ぼす因子の検討
概要
【目的】
歯科治療におけるメタルフリー化が進んでおり,ポストにファイバーを使用するレジン築造が多く適用されるようになった.しかしながら,レジン築造法で用いられる光重合型ボンディング材は,根尖部に光が十分に到達しないことによる重合不良が問題となっている.そこで近年,新規に開発された光照射不要の化学重合型ボンディング材は,その接着性についての研究報告はきわめて少なく,不明な点が多いが,この問題を解決するのではないかと着想した.
本研究では,新規化学重合型ボンディング材を用いて,「歯および材料の温度」や「根管内の部位」の違いが象牙質接着性に与える影響を検討し,その接着特性を評価することを目的とした.
【材料および方法】
実験1.象牙質およびボンディング材の温度の影響実験1-1.冷蔵保存による温度低下
1. 試料作製,温度測定試験
ヒト大臼歯(16歯)の象牙質を耐水研磨紙にて研磨した.試料の温度の影響を調べるため,ヒト口腔内(37°C),室温保存(23 °C)および冷蔵保存(4 °C)を想定した温度を設定した.試料はランダムに4群に分けた.すなわち,異なる保存温度(37 °C : Thigh, 23 °C : Tmiddle, 4 °C : Tlow)に浸漬した被着体試料を準備し,ThighおよびTmiddleの試料に対して新規化学重合型ボンディング材(ボンドマーライトレス,トクヤマデンタル;以下BL)を室温(Bmiddle)にして使用した群(Thigh/Bmiddle群,Tmiddle/Bmiddle群)およびThighとTlowに対してBL を冷蔵庫から出してすぐに用いた群(Thigh/Blow群,Tlow/Blow群)を追加設定した.それぞれの実験群で使用した歯およびボンディング材の温度変化を明らかにするためにコンパクトサーモグラフィカメラ(FLIRC2, CHINO)を用いて経時的な温度変化を記録した.
2. 微小引張接着(μΤΒ8)試験
象牙質被着面にコンポジットレジン(エステセムΠ,トクヤマデンタル)を築盛した試料(各群η=4)を37 °C水中に24時間浸漬した後,各試料をまず歯軸方向にスライスして板状にし,それに直行するように板状試料を切断し,断面がlmmxlmmのビームを作製した.ビームはそれぞれ24時間,1か月および6か月間37 °C水中に浸漬した後,小型卓上試験機(EZTest,島津製作所)にてクロスヘッドスピード1.0 mm/minでpTBS試験を行った.
3. 接着界面の破断面観察
μΤΒ8試験後の破断面を走査電子顕微鏡(SEM, JSM-6510LV, JEOL社)にて観察を行った.
実験1-2.象牙質被着面処理後の温度上昇
実験1-1と同様に試料を作製した.歯の温度は37 °Cに,ボンディング材の温度は23 °Cに規定し,Thigh/Bmiddle群をネガティブコントロールとした.実験群は,被着面処理後に10秒間送風処理する群(P-Cont群),10秒間温風処理する群(HA群),10秒間光照射する群(L+群)とした(各群n=4).実験1-1と同様に温度測定試験,pTBS試験,破断面観察を行った.
実験2.根管象牙質の部位における影響
1. 試料作製
ヒト小臼歯(45歯)を,セメントエナメル境で歯軸に対して垂直に切断し,歯冠を除去した.Kファイルにて#80まで根管を拡大した.ガッタパーチャポイントを用いて根管充填した後,根管形成用バーでポストの長さをセメントエナメル境より10mmに統--して根管形成した.用いるボンディング材によりランダムに5群に分けた.すなわち,BLを用いる群(BL/L-)に加えて,光重合型ボンディング材であるユニバーサルボンドQUICK (クラレノリ タケデンタル,UBQ/L+群)とメガボンドFA (クラレノリタケデンタル,FA/L+群)を用いる群を設定した.さらにFAに重合促進剤(DCアクチベーター,クラレノリタケデンタル)を加える群については,メーカー指示通り光照射を行う群(FA+AC/L+)と行わない群(FA+AC/L-)を作製した.ボンディング処理後,支台築造用レジン(ク リフイルDCコアオートミックスONE,クラレノリタケデンタル)を根管内に填入し,40秒間光照射した.なお, 各群の歯の温度は37 °Cに,ボンディング材の温度は23 °Cに規定した.
2. プッシュアウト試験
作製した試料(各群n=9)を37 °C水中に24時間浸漬した後,歯冠側から1mmの厚みで歯軸に直交するように試料を6枚切り出し,プッシュアウト試験を行った.
3. X線マイクロコンピューター断層(gCT)撮影
新たに全群の試料を作製し( 各群n= 6 ) , g CT (SKYSCAN 1272, BRUKER) を用いて根管象牙質ーレジン界面の非破壊観察を行った.μ(3Τデータの解析は,CTVOX (BRUKER)を用いて解析した.
【結果および考察】
実験1.象牙質およびボンディング材の温度の影響実験
1-1.冷蔵保存による温度低下
温度測定試験の結果,歯は30秒後にThigh群で30でまで低下,Tlow群で15でまで上昇と緩やかな温度変化を示す一方,ボンディング材(Blow)は早期の温度変化を示した.この結果から,歯は30秒以内に使用し,ボンディン グ材は直ちに使用するように規定して実験を行った.gTBS試験の結果,Thigh/Bmiddle群とThigh/Blow群との間に有意な差は認めなかった(P = 0.87). Thigh/Bmiddle群はTmiddle/Bmiddle群に対し(P = 0.001),Thigh/Blow群は Tlow/Blow群に対し(P< 0.001),それぞれ有意に高い接着強さを示した.破断面観察ではThigh群に混合破壊,凝集破壊が認められたが,Tmiddle/Tlow群は界面破壊が多くセメント側界面のボンディング材に多数の気泡が観察された.その理由として,ボンディング材の温度低下による不十分な揮発,重合遅延による象牙質側からの吸水が考えられた.
これらの結果から,歯の温度が低い場合は,ボンディング材の重合が良好に進まないことが明らかとなった.したがって,新規化学重合型ボンディング材のin vivoにおける接着性を正しく評価するためには,接着操作前の歯を 37QC水中に保存することが重要であることが示された.
実験1-2.象牙質被着面処理後の温度上昇
温度測定試験の結果,HT群,LT群は温度が上昇し,P-Cont群,N-Cont群では温度の低下を認めた.長時間の加熱処理は温度が上昇し過ぎ歯髄組織,歯周組織に悪影響を及ぼすこと,また臨床応用も考慮に入れ,送風時間と光照射時間を10秒間として接着性の検討を行った.gTBS試験の結果,HA群とL+群はThigh/Bmiddle群と比較し,有意に高い接着強さを示し(P<0.001),象牙質被着面温度を上昇させると接着強さが向上することが確認された.破断面観察においても,HA群とL+群では実験1-1で認められた気泡は見られず,良好に重合していることが明らかとなった.
これらの結果から,化学重合型ボンディング材は象牙質被着面処理後の温度上昇により象牙質接着強さの向上が明らかとなった.
実験2.根管象牙質の部位における影響
光重合型ボンディング材であるUBQ/L+群,FA/L+群,FA+AC/L-群は,根尖側に向かうにつれて接着強さが低下し,根尖側(部位6)は歯冠側(部位1)に対して有意に低い接着強さを示した(UBQ/L+群:P = 0.003, FA/L+群:P< 0.001, FA + AC/L-群:P = 0.02).化学重合型ボンディング材を使用したBL/L-群,FA + AC/L-群は,歯冠側 (部位1)と根尖側(部位6)との間に有意な差が認められず(いずれもP = 0.99),根尖側における接着性は良好であった.
μCΤによる観察により接着様相は部位により差があることが明らかとなり,UBQ/L+群,FA/L+群では根尖側において根管象牙質ーレジン界面にギャップを多く認めた.BL/L-群では根管象牙質ーレジン界面にギャップを認め ず,接着様相の部位による違いは確認されなかった.すなわち,新規化学重合型ボンディング材では,根管内の部位にかかわらず良好に接着していることが,接着強度試験に加えて非破壊三次元観察においても可視的に明示された.
【結論】
本研究は,新規化学重合型ボンディング材の接着特性を明らかにしたものであり,歯冠修復・補綴歯科治療の臨床成績の向上に寄与し得る重要な知見を提供するものである.特にレジン築造法の長期予後を担保するための理解が深まったと考えられる.