Search for lepton flavor violating muon decay mediated by a new light particle in the MEG experiment
概要
論文審査の結果の要旨
氏名
中尾
光孝
本論文は 8 章からなる。研究目的は、スイスにあるポールシェラー研究所 (PSI) で
行われた MEG 実験 (+→e+探索が主目的の実験) の全データ (2009-2013 年、7.5×
1014 事象) を用いて、素粒子物理学の標準模型では説明できない+→e+X, X→プロセ
ス (MEx2G) を発見することである。
第 1 章では標準模型が完成した一方、標準模型では説明できない観測結果がある現状
において、それらを説明できる洗練された理論模型 (新しい物理) の発見を目指し、
+→e+X, X→プロセスの探索を提案する。このプロセスは新しい要素を 2 つ持つ。1 つ
は標準模型では禁止されている荷電レプトンのフレーバー破れ (CLFV) の存在、もう
1 つは比較的軽いエネルギースケール (MeV 領域) の新しい物理の存在である。重いエ
ネルギースケール由来の CLFV の存在が発見されていないこと、いくつかの実験で
MeV 領域にアノーマリーが観測されていることから、CLFV を通して MeV 領域の新
粒子を探索する意義が説明されている。
第 2 章では Crystal Box 実験 (→e)、MEG 実験の 2009-2010 年データ (1.8×
1014 事象) を用いた MEx2G 探索の結果等をまとめ、本論文で探索する領域を X 粒子の
質量 (MX) が 20-45 MeV、寿命が 5-40 ps と決めた。MEx2G プロセスから生じる
X, e+, 2 つのの運動学をまとめ、想定する 4 種類の背景事象について述べられている。
第 3 章では、まず本解析で用いた実験データを取得した加速器・MEG 検出器、DAQ・
トリガーを説明する。PSI にある陽子シンクロトロン加速器を用いて世界最高強度のミ
ューオンビームを生成し、ミューオン崩壊事象を MEG 検出器で測定した。MEG 検出
器は e+を測定するドリフトチェンバとタイミングカウンタ、を測定する液体キセノン
検出器で構成されている。続いて、解析で用いたモンテカルロシミュレーション (MC)
データ、混合データとその生成方法、解析の全体像を説明している。
第 4 章では e+の再構成方法とその性能評価を述べている。各ワイヤーに落としたエ
ネルギーからクラスタを形成し、それとドリフト時間を使って荷電粒子の軌道を再構成
することで運動量を測定する。タイミングカウンタの情報と組み合わせることで e+が
生成された時間を精度良く決定する。また、実験データと MC データにおける測定値の
性能、具体的には、運動量や時間情報等の分解能の違いを評価する方法とその結果をま
とめた。これらを使って MC データを補正する。
第 5 章ではまず 2 つのの再構成方法とその性能評価を述べている。+→e+と異なり、
x2G プロセスではつの光子が存在する。つの光子のエネルギーが重なって光
電子増倍管(PMT) で測定されるため、これを分解する手法を開発した。算出したエネ
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ルギーに対して、光子の反応位置(光子と PMT の相対的な位置、液体キセノン中の反
応位置・深さ) による補正等をして最終的なエネルギーを算出した。実験データと MC
データの違いを評価して MC データを補正し、2 つの光子の検出効率を算出した。
第 6 章では第 4 章と第 5 章で独立に再構成した e+と 2 つのを合わせて+→e+X, X→
事象として評価する。X→の X の崩壊点を得るために従来の方法に加え新たに別の手
法を考案し、その 2 つの結果を組み合わせた初期値を用いて最尤度関数を評価し崩壊点
を決定する方法を開発した。この結果を用いて、信号領域を定義する 2 つの変数 tと
te を算出する。tは 2 つのの X の崩壊点での時間差、te はエネルギーの大きいと e+
の X の生成点での時間差で、どちらも信号事象ではゼロになる特徴を持つ。
第 7 章と第 8 章では信号領域の定義、事象選択、最終結果の算出を行い、その結果に
ついて議論する。信号領域とサイドバンド領域を tと te の 2 変数平面で定義する。サ
イドバンド領域には第 2 章で議論した背景事象が存在し、その組み合わせにより 3 種
類に分類し、そこで観測される事象数から信号領域にある背景事象数を見積もる。X 粒
子の仮定する質量ごと (20-45 MeV で 1 MeV 刻み、合計 26 個の MX 値) に事象選択
の条件を最適化し、信号領域とサイドバンド領域を同時にフィットすることで結果を得
る。MEG 実験の過去の同じ目的の解析と比較して X 粒子の重い領域 (45 MeV) で再
構成効率を約 3 倍改善した。観測数が 0 事象になる MX 値は 19 個、1 事象が 5 個、2 事
象が 2 個であり、背景事象はすべての MX 値で 1 個以下であった。有意な超過事象があ
る信号領域はなく、最大の有意度は MX = 35 MeV において 2.2 (グローバル 1.3)であ
った。これらの結果から+→e+X, X→の崩壊分岐比の上限値と下限値を求め、10-11
-10-9 (MX = 20-45 MeV)を得た。過去の MEG の結果より 1 桁改善し、Crystal Box
実験と比較して MX < 40 MeV 領域に厳しい制限を課した。第 7 章の最終節と第 8 章は
結果、改善点をまとめ、現在準備中の MEG II 実験に関する展望等が述べられている。
MEG 実験の全データを用いた標準模型では説明できない+→e+X, X→プロセスの
直接探索で、X 粒子質量 20-40 MeV 領域で崩壊分岐比に対して最も厳しい制限を課
した。さらに、MeV 領域にはアノーマリーが他の実験で観測されているため、軽い質
量を持つ未知粒子を含んだ CLFV の現象の探索は重要で、十分に学術的価値がある。
なお、本論文の研究は、MEG 実験で取得したデータを用い、MEG 実験の他のメン
バーとの共同研究であるが、本論文のデータ解析は論文提出者が 100%主体となって行
い、結果を出したものである。よって、この共同研究の成果には論文提出者の寄与が十
分あると判断する。
以上のことから、論文提出者は博士(理学)の学位を受けるにふさわしい学識をもつ
ものと認め、審査委員全員で合格と判定した。
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