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成人期小児がん経験者の職務パフォーマンスにおける疲労感・心的外傷後ストレス症状・家族機能・職場の疾患理解の影響 : 横断的観察研究

副島, 尭史 東京大学 DOI:10.15083/0002003300

2022.03.09

概要

目的
成人期小児がん経験者は疾患や治療と関連した身体的・心理的問題を有し、これらの身体的・心理的問題は学校生活や就労等の社会生活に少なからず影響を及ぼすとされる。このため、成人期小児がん経験者の長期フォローアップにおいて、身体的・心理的問題の介入・管理、職場・家族への介入を通した就労支援が医療者に求められている。成人期小児がん経験者の多くは就労しており、職務パフォーマンスの内、「出勤している就労者の職務遂行が健康問題により阻害されること」を示すプレゼンティズムが問題となりやすい。しかし、成人期小児がん経験者の職務パフォーマンス、特にプレゼンティズムに関連する要因は明らかでなく、成人期小児がん経験者の職務パフォーマンスを向上する上で、有効な就労支援の方策について検討されていない。本研究の目的は、1）成人期小児がん経験者における職務パフォーマンスの実態を明らかにする、2）成人期小児がん経験者の職務パフォーマンスにおける関連要因として、特に疲労感、心的外傷後ストレス症状（PTSS）、家族機能、職場の疾患理解に着目し、その関連を明らかにすることである。

方法
I.研究デザイン・対象者本研究の研究デザインは多施設共同横断的観察研究である。2014年9月～2015年12月に、東京大学医学部附属病院小児科外来、東京都立小児総合医療センター血液・腫瘍科外来、埼玉県立小児医療センター血液・腫瘍科外来、久留米大学病院小児科外来に通院している成人期小児がん経験者を対象とした。

II.調査手順成人期小児がん経験者は担当医より選定され、外来受診時、研究者または担当医が口頭および文書で研究説明を行った。質問紙に回答すること、および担当医を通じて研究者が診療情報を得ることに同意が得られた者に同意書への署名を依頼し、研究者は質問紙を配布した。成人期小児がん経験者は質問紙に回答し、質問紙と共に配布した封筒を用いて、研究者に直接質問紙を返送した。質問紙の返送があった成人期小児がん経験者の診療情報を得るため、担当医に診療録調査票への記入を依頼した。記入済みの診療録調査票は、研究者に郵送で返送された。

III.調査内容
職務パフォーマンスとしてWorkLimitationsQuestionnaire（WLQ）、疲労感としてPedsQLMultidimensionalFatigueScale（PedsQL-MFS）、心的外傷性ストレス症状としてImpactofEventScale-Revised（IES-R）を成人期小児がん経験者に質問紙で尋ねた。

成人期小児がん経験者の社会背景として、調査時年齢、性別、教育歴、婚姻状況、同居家族、家族機能（FamilyAPGAR）、経済的状況、障害の有無、雇用形態、障害者雇用の有無、職種、勤続年数、週あたりの勤務時間、職場でのストレス、職場の疾患理解、欠勤の有無について、成人期小児がん経験者に質問紙で尋ねた。

成人期小児がん経験者の医学背景として、疾患の種別、化学療法・放射線療法・造血幹細胞移植・外科的手術の有無、初診時年齢、抗腫瘍治療終了後期間、再発の有無、晩期合併症の有無について、担当医に診療録調査票で尋ねた。

IV.統計解析
本研究の対象者の特徴を確認するため、社会背景、医学背景、PedsQL-MFS、IES-R、WLQにおける記述統計量を算出した。WLQについては、本研究の結果とTakegamiらの一般就労者の結果を比較した。また、長期フォローアップを受けている成人期小児がん経験者の特徴を把握するため、長期フォローアップ外来がある施設とそうでない施設からリクルートされた成人期小児がん経験者で、社会背景、医学背景、PedsQL-MFS、IES-R、FamilyAPGAR、職場の疾患理解、WLQにおける記述統計量を比較した。

成人期小児がん経験者の職務パフォーマンスと疲労感、PTSS、家族機能、職場の疾患理解の関連を検討するため、階層的重回帰分析を行った。階層的重回帰分析では、Model1で、調査時年齢、性別、教育歴、家族機能、障害の有無、職種、職場でのストレス、職場の疾患理解、放射線療法の有無、造血幹細胞移植の有無、晩期合併症の有無、疲労感を投入した。Model2で、Model1で投入した変数に加え、疲労感と家族機能、疲労感と職場の疾患理解の交互作用項をそれぞれ投入した。Model3では、疲労感の代わりにPTSSを投入したモデルを作成した。Model4では、Model3で投入した変数に加え、PTSSと家族機能、PTSSと職場の疾患理解の交互作用項を投入した。交互作用効果が有意であった場合、単純傾斜分析により家族機能または職場の疾患理解の得点が平均±標準偏差である場合における疲労感またはPTSSの回帰係数を推定した。また、Johnson-Neyman法により、疲労感またはPTSSの回帰係数が有意となる家族機能または職場の疾患理解の得点を推定した。

V.倫理的配慮
本研究は、東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会（承認番号10594）と各研究協力施設の倫理委員会の承認を得た。本研究に参加する可能性のある成人期小児がん経験者が受けた告知状況を考慮し、説明文書等の配布文書において、「小児がん」等の文言を使用しなかった。また、本研究の質問紙は、PTSSに関する項目を含み、回答時の心理的負担が大きくなることが懸念されたため、質問紙の回答により身体的・心理的な問題が生じた場合は研究者または担当医に連絡するように口頭および文書にて説明した。

結果
質問紙を配布した成人期小児がん経験者125名のうち、114名から質問紙が返送され（回収率91%）、65名が調査時点で就労しており、WLQのProductivityLossScoreが欠損していない62名を有効回答とした。

調査時年齢が平均26.0歳、女性が40名であった。診断時年齢が平均8.8歳であり、治療終了から平均14.5年が経過していた。診断は、ALLが30名と最も多く、非ホジキンリンパ腫が10名、骨肉腫が6名と続いた。治療内容は、全員が化学療法を受けており、放射線療法が34名、造血幹細胞移植が18名、手術療法が14名であった。また、晩期合併症を有する者は31名であった。WLQにおける一般就労者との比較では、時間管理、集中力・対人関係、仕事の結果に関する下位尺度得点、およびProductivityLossScoreで、本研究の成人期小児がん経験者は高い得点を示したが、統計学的有意差はなかった。一方、身体活動で成人期小児がん経験者の得点は統計学的有意に低かった（p=0.01）。また、長期フォローアップ外来がある施設からリクルートされた成人期小児がん経験者は、そうでない施設からリクルートされた者と比較して、勤続年数が短く、放射線療法を受けている割合が高く、職場の疾患理解が高く、WLQにおける身体活動の下位尺度得点が高かった。

WLQのProductivityLossScoreを従属変数とした階層的重回帰分析で、Model1の家族機能、疲労感は有意な関連を示した。Model2では、疲労感と家族機能、疲労感と職場の疾患理解による交互作用は示されなかった。Model3の家族機能、PTSSは有意な関連を示した。Model4では、PTSSと家族機能による交互作用は示されなかったが、PTSSと職場の疾患理解による交互作用は統計学的有意であった。PTSSと職場の疾患理解による交互作用に対する単純傾斜分析で、職場の疾患理解が平均−標準偏差である場合、PTSSは統計学的有意に関連したが、職場の疾患理解が平均+標準偏差である場合、PTSSは統計学的有意に関連しなかった。また、Johnson-Neyman法により、職場の疾患理解が1.61点より低い場合、PTSSは統計学的有意に関連した。

考察
成人期小児がん経験者の職務パフォーマンスは一般就労者と同等もしくは一般就労者より良好であった。その理由として、本研究の成人期小児がん経験者は、女性が多く、調査時年齢が若年であり、血液腫瘍が多く、PTSS等の心理的問題が少ないためであると考えられる。一方、本研究の結果は、先行研究で報告される成人がん経験者の職務パフォーマンスと類似した。

成人期小児がん経験者の疲労感は職務パフォーマンスを低下させており、先行研究と同様の結果であった。成人期小児がん経験者において、全般的疲労感だけでなく、睡眠・休息の疲労感、認知的疲労感があり、医療者は、運動療法やリハビリテーションに加え、疲労感のパターンの把握や個別に適した疲労感の自己管理、疲労感や睡眠に関する教育等を行う必要がある。

成人期小児がん経験者の心理的問題の１つであるPTSSは職務パフォーマンスを低下させることが示唆された。成人期小児がん経験者に対して、心理教育、リラクゼーション、集団精神療法、認知療法、家族療法、さらに、小児がんの診断・治療中から継続的に介入することが必要である。

成人期小児がん経験者における家族機能の向上は職務パフォーマンスに関連した。成人期小児がん経験者に対して、治療・ケアの意思決定や復学・就労等の様々な問題を通して、家族内での問題共有、小児がん経験者に対する家族からの励まし等の家族機能を維持・向上できるよう、長期的にフォローアップしていく必要がある。

PTSSを有する成人期小児がん経験者において、職場の疾患理解はPTSSが職務パフォーマンスに与える影響を緩衝していた。成人期小児がん経験者に対して、若年成人期にPTSSやPTSDが生じる可能性があることを含め、自身の疾患や治療体験、それに伴うPTSSを理解し、職場とコミュニケーションを取ることができるよう医療者から支援することが特に必要となる。

結論
成人期小児がん経験者の職務パフォーマンスは一般就労者と同等もしくは一般就労者より良好であった。また本研究は、疲労感・PTSSは職務パフォーマンスを低下させること、家族機能は職務パフォーマンスを向上させること、職場の疾患理解が高いほど、PTSSによる職務パフォーマンスの低下を緩衝することを明らかにした。成人期小児がん経験者の職務パフォーマンスを向上するために、疲労感・PTSSへの介入・管理、成人期小児がん経験者と家族における就労に関する問題共有、就労に関する家族から成人期小児がん経験者への励まし、小児がんに関する職場でのコミュニケーションが必要である。

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