闘病仲間の死を経験した小児がん患児の母親の経験
概要
1.緒言
小児がんの死亡率は飛躍的に改善し約8割の子どもが助かるようになった中、依然として約2割は死に至る(Claudia、2014)。日本での19歳未満の悪性新生物の死亡者は平成23年の統計では449名(厚労省、2011)で、概ね日本では1日当たり1~2名の子どもが亡くなっている。
日本ではより質の高い医療と支援を提供する目的で2014年に国内に15の小児がん拠点病院が指定された。小児がん拠点病院には、再発やより治癒の難しい患児が集約されており、亡くなる患児も多い。そのため、小児がん拠点病院に入院する患児は、院内学級やプレイルームで交流を深めた闘病仲間の死を体験することも珍しくない。
病院内で子どもが亡くなるとどのようのことが起きるのか。今までの研究では亡くなりゆく子どもとその家族のQOL向上に焦点が向けられてきた(戈木,1999、Kreicbergs UC,2007)。「闘病仲間の死に直面した患児がどのような体験をするのか」への関心はほとんど向けられてこなかった。むしろ、日本では病院内での子どもの死はタブーとされ、亡くなった事実すら存在しないものとして扱われてきた。
一方、子どもの死の理解の発達に目を向けると、幼児期より徐々に発達し9~10歳ごろ大人と同様の理解を獲得すると言われている(渡邊、2012)ことから、医療者はグリーフケアの必要性を認識してはいるものの、友達の死の事実を伝えることや、支援、対応に迷いや困難、不安を抱えている(荒川、2011)。学童前期の子どもから友達の死を尋ねられた経験のある看護師へ調査では、看護師は子どもに死を尋ねられた時、「親の意向に沿った関わり」を実践する(吉田、2012)とされている。このことから、看護師が子どもへのグリーフケアを検討する時に、親の意向の影響は大きく、実践には親を理解することや親の協力が不可欠だと言える。
実際には、親たちは病棟内で起こった子どもの友達の死に動揺しながら、子どもの前では涙を拭いて気丈にふるまったり、嘘を突き通したり、隠れて葬儀に参列したりする様子が見られる。さらに、自分の動揺が強い中、子どもへの友達の死の告知という深刻な判断を迫られることもあり、親自身がサポートを必要としていることは言うまでもない。しかし、闘病仲間の死を経験した子どもの親自身が、子どもが亡くなることをどのような体験として捉えているのか、親自身の喪失体験に対しどのようなサポートを必要としているのかは、海外を含め検討されておらず、必要な支援を考えることに限界がある。そこで本研究では、闘病中に友達の死を経験した小児がん患児の親の体験を明らかにし、親に必要な支援を考えることを研究の目的とした。
2.方法及び対象
1)研究デザイン
Grounded Theory Approachを用いた質的帰納的研究
2)研究期間と内容
2016年3月から2017年4月の間に、がんの子どもを持つ親へ、子どもの友人が亡くなったときの感情の変化、思考プロセス、行動について半構造化インタビューを行い、逐語録化したデータはGrounded Theory Approachを用いて分析した。
3)研究の対象
①研究対象者の選択基準
同じ時期に同じ病院で入院治療を受けた闘病仲間を亡くした経験があり、現在外来治療中もしくは治療を終了しており、闘病仲間を亡くした経験から15年未満の患児の親とした。自分の子どもの年齢や病名告知、闘病仲間の死の告知の有無は問わないものとした。
②除外基準:子どもが現在ターミナル期にある親
3.結果
1)調査対象の背景
小児血液腫瘍患児の母親17名に半構成的面接を実施した。対象者の子どもが入院した施設は関西地区、北陸地区、東海地区にある4施設で、うち2施設が現在小児がん拠点病院、2施設は小児がん患児が比較的多く入院する大学病院であった。母親の年齢は40代が最も多く、面接時間は30分~120分(中央値52分)であった。患児の退院時の年齢は6歳~19歳(中央値10歳)で入院期間は5か月~60か月(中央値12か月)、退院からの経過年数は6か月~168か月(中央値28か月)であった。患児の診断名は血液腫瘍系(白血病、再生不良性貧血など)12名、固形腫瘍系(悪性リンパ腫、神経芽細胞腫など)5名であった。
2)カテゴリーの抽出とストーリーライン
語りの分析より,【わが子にも起こりうる死への恐怖と悲嘆】、【わが子の最善を見極める】、【悲嘆の共有】【死を拒絶しわが子の世話に没頭する】の13サブカテゴリーで構成された4カテゴリ―が抽出された.
母親は、身近に起こった自分の子どもの闘病仲間の死により【わが子にも起こりうる死への恐怖と悲嘆】を経験していた。病棟内では否応なしに死に直面することがあり、子どもの死と向き合わざるを得ない状況にあうと、身近に起こった死をわが子にも起こりうる死、と捉え(死の恐怖)を感じていた。また、子どもの死に(深い悲しみ)を感じても母親自身が自分の悲嘆と向き合う暇はない状況であった。
【わが子の最善を見極める】では、母親は、闘病仲間の死を受けて、わが子にとってさらによい環境や治療への取り組みを考え、子どもの最善の治療環境を整えることについて考えていた。母親は、子どもの心理的な側面にも目を向け、闘病仲間の死を伝えるかどうかについても熟考しており、(死を伝える必要性の見極め)や、(死を受け入れられるかの見極め)では、亡くなった闘病仲間との関係の深さ、子どもが闘病仲間の死を受け止められるか、伝えた後に子どもが支援を受けられるかを検討していた。また、子どもの状況をよく知る医療者、闘病仲間の母親、夫、祖母に(相談する)ことで、伝えることを自分以外の人が肯定してくれるかを確認していた。
【悲嘆の共有】では、母親は(悲嘆を共有する覚悟)を自分の中で確認していた。闘病仲間の死を子どもに伝えることで、子どもと(悲嘆の共有)ができ、子どもの(気持ちに気づく)ことができる場合もあったが、子どもの態度や言葉では子どもの(気持ちのわからなさ)が残る場合もあった。また、母親は夫や同じ経験をしている母親とも(悲嘆の共有)をしていた。一方、【死を拒絶しわが子の世話に没頭する】をする判断をした母親は、(嘘をつき通す)、他の闘病仲間の母親や亡くなった子どもの母親と(距離を置く)、亡くなった闘病仲間と自分の子どもの(違いを探す)ことをしながら、(子どもの世話に没頭する)行動をとっていた。
4.考察
母親が自分自身の悲しみと恐怖を経験しているにもかかわらず、子どもたちのために可能な限り最善の支援を見極めていたが、その判断は周囲からのサポートによって変化することがあった。しかし、母親が死を拒絶する場合には、自分から誰にも相談できず、子どもに嘘をつき通すなど、その経験は多様であった。現在の日本の医療文化の中では、病名告知を含め親の意向を無視した子どもへの情報提供は難しく、両親の悲嘆への支援がなされなければ、子どもが必要とする支援を行うことは難しい。医療者は、母親の恐怖や悲嘆を積極的に支援し、母親と強いパートナーシップを結ぶことで、闘病仲間の死を経験した子どもへの支援をスタートさせられると思われた。
5.研究の限界
本研究は、現在比較的病状の安定している母親を対象に調査を行った。今後は、子どもを亡くした母親にも対象を広げ、闘病仲間の死の経験が母親にとってどのように意味づけられるかについて、さらに検討を行う必要があると考える。
6.結語
・闘病仲間の死を経験した小児がん患児の母親は、【わが子にも起こりうる死への恐怖と悲嘆】、【わが子への最善を見極める】、【悲嘆の共有】、【死を拒絶しわが子の世話に没頭する】を経験していた。
・闘病仲間が亡くなったと知ると、母親は自らの悲しみよりその死を受けてわが子にどう向き合うかについて考えることを優先させていた。
・母親が子どもに闘病仲間の死を伝え、悲嘆を共有すると判断するには、子どもが死を受け止められるかの見極めが影響しており、さらに、周囲からの支援や死を伝えることへの承認を必要としていた。
・医療者は、わが子にも起こりうる死の恐怖と悲嘆を感じる母親を支援し、母親とパートナーシップ関係を結ぶことで、闘病仲間の死を経験した子どものケアをスタートすることができる。