cyclinA-CDKの活性亢進が誘導する細胞周期制御機構の解析
概要
【背景・目的】
細胞増殖は生命において根源的な事象であり,細胞内で起きる多くの事象は最終的に細胞増殖に関与している。真核生物の細胞周期を進行させると同時に,周期性をもたらしているのが cyclin- cyclin 依存性キナーゼ(CDK) 複合体である。哺乳動物の主要な cyclin-CDK複合体は,cyclin D-CDK4/6 が G1 期,cyclin E-CDK2 がG1/S 期,cyclin A-CDK1/2 がS〜M 期,cyclin B-CDK1 が G2/M 期と機能する時期が分かれている。その中で cyclin A (CycA)-CDK は,他の cyclin-CDK に比べS〜M 期に幅広く機能しているが,M 期中期以降にプロテアソームによる CycA の急速な分解が誘導される。私は,細胞周期の長い時期で発現しているにもかかわらず,M 期中期から G1 期中期まで非常に強固な分解制御を受ける CycA のユニークな発現制御の生理的意義に注目し研究を進めた。
既に CycA の M-G1 期における分解シグナルを欠損した変異体の解析より,3種の CDK阻害因子(p21, p27, p107)による CDK 活性の抑制制御が見出され,分解抵抗性 CycA 変異体を上記 CDK 阻害因子欠損(3-KO)マウス細胞で発現させることにより,M-G1 期における CycA-CDK の恒常的活性化と染色体倍数化が示されていた。さらに詳細な細胞生物学的解析より,M-G1 期の CycA-CDK 活性制御破綻による染色体倍数化は,S 期での中心体過剰複製とそれに伴う細胞分裂のスキップにより誘導されることが示唆された。以上より CycA-CDK 活性制御は細胞周期の恒常性維持にとって非常に重要であることが考えられる。しかし,これまでの研究で用いられた 3-KO 細胞はマウス由来であり,CycA-CDK 活性制御の普遍的な生理的意義を解明するためにはヒト細胞での解析が不可欠である。そこで,本研究ではヒト細胞における CycA-CDK 活性制御破綻が及ぼす細胞周期への影響を解析することで,CycA-CDK 活性制御の生理的意義の理解を深めることを目的とした。
【方法・結果】
第1章 ヒト細胞株において CycA-CDK の活性亢進が細胞周期へ及ぼす影響の解析
ヒト細胞での CycA-CDK 活性制御破綻による細胞周期への影響を解析するにあたり,種々のヒト細胞株において分解抵抗性 CycA 変異体(CycAΔ80)を発現させた際の細胞周期への影響,CDK 活性,CKI の発現量について細胞株間比較を行った。さらに,CycA-CDK活性亢進による影響のCDK 活性依存性をCycA 及びCDK2 変異体を用いて検証した。まず,アデノウイルスゲノムが導入されたトランスフォーム細胞株である HEK293,がん細胞株である MDAH041, U-2 OS, HT1080, Saos-2,および正常細胞株である WI-38 について CycAΔ80 の細胞周期への影響をFACS 解析により検証した。CycAΔ80 発現により,HEK293とMDAH041 においてCycA 野生型(WT)発現では見られないG2/M 期停滞が誘導された。また, 両細胞株では他の細胞株に比べ p21 と p27 の両発現レベルが低いことと, CycAΔ80-CDK の活性が CycA WT-CDK よりも亢進していることが示された。さらに, CycA-CDK 活性亢進が G2/M 期停滞誘導の原因であるかについて,CDK2 非結合 CycA 変異体および CDK2 非活性型変異体を用いて検証したところ,どちらの変異体においても G2/M 期停滞の誘導が抑制されたことから,CycA-CDK 活性亢進が G2/M 期停滞誘導の原因であることが示唆された。以上の結果から,ヒト細胞では CycA-CDK 活性制御の破綻(CycA-CDK 活性亢進)によりG2/M 期停滞が誘導されることが明らかとなった。
p21 と p27 の低発現ヒト細胞株において,CycAΔ80 の発現により CycA-CDK 活性が亢進しG2/M 期停滞を誘導することが示されたが,マウス細胞株 3-KO 細胞におけるCycA-CDK活性制御の解析では,p21 と p27 に加えて p107 も CycA-CDK と結合することで,M-G1期におけるCycA-CDK 活性化を抑えることが示されている。ヒト細胞においてもp21 とp27の発現低下に加えて p107 を欠損することで,マウス由来 3-KO 細胞同様に CycAΔ80 による染色体倍数化の誘導が予測される。そこで,p21 と p27 の低発現ヒト細胞株 (HEK293, MDAH041) において,CRISPR-Cas9 システムを用いた p107 のノックアウトによる擬似的な 3-KO ヒト細胞を作製し,CycAΔ80 による細胞周期への影響を解析した。その結果,由来する細胞株によって CycAΔ80 による G2/M 期停滞への影響に違いはあるものの,マウス由来の 3-KO 細胞で観察された染色体倍数化は誘導されなかったことから,p21 と p27の低発現及び p107 の欠損による擬似的ヒト 3-KO 細胞においては,CycAΔ80 による CycA-CDK 活性亢進条件下であっても細胞分裂スキップによる染色体倍数化は誘導されないと示唆された。
E1A の CycAΔ80 による G2/M 期停滞誘導への関与について,HEK293 での E1A ノックダウン条件下とMDAH041 でのE1A 共発現条件下におけるFACS 解析及びHistone H1 キナーゼ活性測定による比較解析を行った。その結果,HEK293 において E1A siRNA 濃度依存的に CycAΔ80 によるG2/M 期停滞の抑制がみられ,CycA-CDK2 複合体量及び CDK2 活性も低下した。一方で,MDAH041 においてはE1A 共発現により G2/M 期停滞誘導の促進と CycA-CDK2 複合体量及び CDK2 活性の増大が示された。以上の結果から,E1A は CycA-CDK2 複合体形成の促進により CycA-CDK 活性亢進を強く誘導することで G2/M 期停滞誘導を促進することが示唆された。
過去の論文で「CDK2 は p53 非依存的な G2/M 期チェックポイント制御に必要である」という報告がされている。本研究においても,前述のように E1A によるCycA-CDK2 活性亢進が G2/M 期停滞を促進する結果を踏まえると,CDK2 活性亢進により G2/M 期チェックポイントを制御する ATR-Chk1 経路が活性化し,G2/M 期停滞が誘導されているのではないかと考えた。そこで,CycAΔ80 によるG2/M 期停滞誘導と ATR-Chk1 経路の関係性について解析を進めた。ATR-Chk1 経路特異的な種々の阻害剤添加条件下で FACS 解析を行った結果,CycAΔ80 による G2/M 期停滞誘導が抑制され,ATR-Chk1 経路が関与していることが示唆された。さらに,ノコダゾールによる M 期同調と Chk1 特異的阻害剤添加タイミングの組み合わせにより,CycAΔ80 による G2/M 期停滞が ATR-Chk1 経路を介して M期前中期以前に誘導されていることが示唆された。また,CycAΔ80 発現による CDK1 抑制的リン酸化レベルの上昇,CycAΔ80 と抑制的リン酸化を受けない CDK1 変異体または抑制的リン酸化を解除するホスファターゼcdc25A との共発現によるG2/M 期停滞の抑制も示された。これらの結果より,CycAΔ80 による CycA-CDK2 活性亢進が ATR-Chk1 経路を活性化することで,cdc25A のホスファターゼ活性を抑え,CDK1 の抑制的リン酸化が促進される結果,G2/M 期停滞が誘導されていることが強く示唆された。
第3章 E1A による CycA-CDK2 活性促進機構の解析
第2章より E1A が CycA-CDK2 活性化を促進することが示されたが,E1A による細胞周期制御に関しては,pRb の不活化を介した E2F の活性化や転写因子との結合・転写活性化能の促進が良く知られているものの,CDK 活性との関連性は報告されていなかった。そこで,E1A の機能ドメインである CR ドメインに注目し,CR ドメインを選択的に保持するスプライシングバリアントを用いた機能解析により,E1A の CDK2 活性化促進機構を解明する端緒とした。
まず,アデノウイルスゲノムが染色体に導入されている HEK293 よりE1A のスプライシングバリアントをクローン化した。取得した E1A スプライシングバリアントは 13S (保持する CR ドメイン:CR1, CR2, CR3, CR4),12S (CR1, CR2, CR4),10S (CR2, CR4) であった。各バリアントによる CycAΔ80 のG2/M 期停滞誘導促進能を検証したところ,13S が最も強い促進能を示した。さらに,各バリアントの CDK2 活性化促進能を比較した結果, 13S に結合する CDK2 の活性が最も高く,G2/M 期停滞誘導促進能の結果と一致した。また,E1A は Rb ファミリーである p107 を介してCycA-CDK2 と複合体を形成することが知られており,上記バリアントは全て p107 との結合に関与する領域である CR2 を保持している。そこで,E1A の CycA-CDK 活性化促進における p107 依存性の検証として,CR2 変異体dl1108 と各バリアントの比較解析を行った。dl1108 と 10S において p107 及び CDK2との結合,また E1A に結合している CDK2 の活性の低下が示され,CR2 に加えて CR1 が p107 及び CDK2 との結合や CDK2 活性化促進に関与すること,E1A と CDK2 との結合には p107 の結合が重要であることが示唆された。さらに,13S と 12S の CDK2 結合能と活性化促進能の比較の結果,両者とも同等に CDK2 と結合するにも関わらず 13S が 12S に比べて CDK2 活性を促進したことから,13S のみが保持する CR3 は CDK2 結合能とは独立した CDK2 活性化促進能を有することが示唆された。CR3 は zinc finger motif を持ち,転写因子との結合を介して転写活性化を促進することが知られているが,CDK を活性化する機能は新規の発見である。
【総括および考察】
本研究により,ヒト細胞において CycA-CDK 活性制御破綻(CycA-CDK 活性亢進)が細胞周期チェックポイント ATR-Chk1 経路の活性化を介して細胞周期の G2/M 期停滞を誘導することが明らかとなった。本研究に至る研究背景として,マウス由来 3-KO 細胞での CycA-CDK 活性亢進による染色体倍数化においても,細胞周期停滞として細胞分裂阻害が誘導されている。しかし,細胞分裂阻害時の表現型として,ヒト細胞では細胞周期進行が停滞するのに対しマウス細胞では分裂をスキップして次のG1 期に進行する違いがある。この違いの原因は未だ不明であるが,可能性としてマウス由来 3-KO 細胞で確認されている中心体数の異常が挙げられる。本研究で CycAΔ80 により G2/M 期停滞が誘導された HEK293は多極化しておらず,CycA-CDK 活性亢進による中心体数異常は誘導されないことが考えられる。CycA は中心体に局在することも知られており,Cdc6 や Mcm5, Orc1 の中心体局在を誘導して中心体複製を抑制する報告がある一方で,CycA が Mps1 の中心体局在を安定化させ,中心体過剰複製を促進することも報告されており,ヒト・マウス間でのこれらの制 御機構や各因子の関係性の違いは不明である。また,分裂期に中心体成熟や紡錘体形成などに関与する Plk1 高発現マウス細胞において,中心体数の異常と細胞周期チェックポイントの迂回により異数体化するという報告もあり,中心体数制御は細胞周期制御の破綻に大きく関わっていると考えられる。ヒト・マウス細胞間の中心体関連因子等の比較解析をすることで,生物種間の CycA-CDK 活性亢進に対する表現型の違いの原因が明らかになるであろう。
また,M 期進行阻害剤と細胞周期チェックポイント阻害剤の併用実験により,本来 CycAが分解されるM 期前中期よりも早い時期に,分解抵抗性 CycAΔ80 による CycA-CDK 活性制御破綻がチェックポイントを活性化し細胞周期進行を抑えることが示唆され,細胞周期制御破綻自体が異常な細胞増殖を抑える防御システムの存在が明らかとなった。即ち,ヒト細胞にとって前中期以降の CycA の発現は非常に不都合な現象であり,CycA-CDK 活性制御の重要性を示していると考えられる。さらに,本研究で初めて見出された E1A による CycA-CDK 活性化促進能が最終的に細胞周期チェックポイントの活性化に繋がることは,がんウイルスタンパク質であり細胞周期進行を促進する E1A の機能とは矛盾するように見える。しかし一方で,E1A は増殖シグナル経路を阻害することでがん抑制因子となることも報告されていることから,本研究で示された E1A の細胞周期チェックポイント活性化への関与は E1A のがん抑制機能の 1 つかも知れない。E1A による CycA-CDK 活性化促進能のアデノウイルスにとっての意義についても未知であり,今後さらに研究を進める価値があると考える。