Helicity dependent photocurrent in strong spin-orbit coupling materials
概要
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論文審査の結果の要旨
氏名
樊
締 (FAN DI)
本論文において FAN 氏は物体の光照射で発生する電流(光電流)のヘリシティ
依存性を強いスピン軌道相互作用を持つ物質に対して系統的に調べている。
本論文は6章から成る。第 1 章は序論であり,研究の背景と目的そして本論
文の構成が述べられている。第 2 章は理論的な内容で構成されており、物質中
におけるスピン軌道相互作用の量子力学的取り扱いから、トポロジカル絶縁体
やラシュバ表面で発現するスピンに依存したバンド構造やスピンホール効果な
どのスピンの流れなどが解説されている。特に本論文の主題である光電流のヘ
リシティ依存性について、その起源とされる光ガルヴァニ効果(photogalvanic
effect)と光子ドラッグ効果(photon drag effect)が詳しく説明されている。第 3 章
では、FAN 氏が本実験のために立ち上げた装置を用いた測定手法と、氏が成長
した薄膜試料の評価法が解説されている。第 4 章では、本研究で取り扱った強
いスピン軌道相互作用を持つ結晶試料について具体的な原子構造と電子状態が
説明されている。
第 5 章に本研究の実験結果及び議論がまとめられている。まず光物性理論に
基づき実験結果の予測が行われており、特に光ガルヴァニ効果と光子ドラッグ
効果が光電流の入射角依存性から区別できることが詳しく説明されている。実
験結果としては、まず Si(111)表面がテスト試料として紹介され、表面処理に応
じて光電流が大きく変化する結果が載せられている。
次に、本研究での主な成果となる Bi2Se3 薄膜に対する実験結果が議論されて
いる。プローブ光の波長、入射角、試料の膜厚、測定位置の各パラメーターを
変化させて得られた光電流のヘリシティ依存性のデータが並べられている。そ
の結果、Bi2Se3 薄膜における光ガルヴァニ効果の検出が述べられている。また
Bi2Se3 薄膜では膜厚に応じてラシュバ効果の表面状態からトポロジカル絶縁体
のエッジ状態へ変化することが知られており、その変化に対して光電流のヘリ
シティ依存性の符号が反転することも分かった。さらに試料端に光を照射する
ことで発生した光電流のヘリシティ依存性については、FAN 氏によるシミュレ
ーション計算から逆スピンホール効果に起因することが示唆された。第5章で
はさらに Bi 及び(BixSb1-x)2Te3 薄膜の結果が説明されている。これらは共通して
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強いスピン軌道相互作用を持つ物質であるが、光電流のヘリシティ依存性は各
物質及び測定条件に敏感に変化し、その発生メガニズムの多様性が明らかとな
った。
第 6 章では各章での成果をまとめながら、本論文における全体的な結論が述
べられている。
以上のように、本論文において FAN 氏は Bi2Se3 などの強いスピン軌道相互
作用を持つ物質系を合成して光電流のヘリシティ依存性の測定に成功し、さら
に数値シミュレーション計算などを行うことでその起源に対する重要な知見を
与えた。光からスピンへの変換は物性物理学の重要課題であり、本成果はスピ
ントロニクスや表面科学などの分野発展へ大きな寄与が期待される。本研究は
保原麗ほか数名との共同で実施されたが、論文提出者は実際の実験やモデルの
解析などの点において本質的な寄与をしていると認められる。従って、審査員
全員の一致により、博士(理学)の学位を授与できると認める。