網膜色素上皮細胞の性質変化検討のための増殖硝子体網膜症モデルマウスの開発
概要
目 的:
ダイレクトリプログラミングとはある終分化細胞を別の終分化細胞へ直接的に分化転換させることであり、再生医療の戦略のひとつとして注目されている。アカハライモリは網膜色素上皮細胞が網膜神経細胞へとリプログラムされ網膜神経組織が再生する。しかし人の生体内で網膜色素上皮細胞が神経細胞へ分化することはなく、網膜剥離発症時などには上皮間葉転換を起こした網膜色素上皮細胞が増殖膜を形成し、網膜の牽引などによる視力障害を引き起こす。
人の増殖硝子体網膜症とアカハライモリの網膜再生には、網膜色素上皮細胞の増殖と、異なる系統の細胞への分化転換、という共通の機序がある。そこで今回、これらの現象における遺伝子発現の違いなどを明らかにするため、増殖硝子体網膜症モデルマウスを作成し、網膜色素上皮細胞の性質の変化について検討した。
対象と方法:
8〜20週齢のマウスの右眼の角膜を切開し、水晶体と硝子体を除去したのちに浮遊してくる網膜の一部を切除した。形態的な変化を見るため手術をして1、3、5、10、30、60日後に眼球を摘出し、ヘマトキシリン・エオジン染色を行った。また遺伝子発現の違いについて検討するため手術をして12時間、1、3、5日後に眼球を摘出し免疫組織学的検査を行った。
結 果:
増殖硝子体網膜症モデルマウスの作成
手術を行なった全例で広範囲にわたり網膜が剥離した状態を維持することができた。手術後5日以降経過した21例中10例で剥離した網膜下に線維性組織の増生を認め、増殖硝子体網膜症モデルの作成に成功した。
組織学的検査
術後1日以降のすべての検体に、硝子体中に浮遊した網膜色素上皮細胞を認めた。術後5日目以降の検体に増殖組織に類似した組織の形成を認めた.
免疫組織化学染色検査
術後摘出した眼球の神経網膜と網膜色素上皮の間にPax6やnestin陽性の細胞を認め、術後5日目の検体ではGFAP陽性の増殖組織が形成されていた。
考察:
我々の考案した方法で網膜剥離を発症させたマウスでは、術後12時間以内に網膜色素上皮細胞の遊走が、術後5日目以降でGFAP陽性の増殖膜の形成が見られた。このモデルは増殖硝子体網膜症のモデルとして適当であると考えた。
免疫組織化学染色ではNestin陽性の細胞が先に出現し、Pax6陽性の細胞のほうがより長期間存在していた。人の網膜神経組織の発生において、Nestinが未分化な段階で発現し成熟していくに従い消失するのに対し、Pax6はある程度成熟した段階で発現し、視神経節細胞やアマクリン細胞など一部の細胞では永続的に発現する17)。今回の網膜色素上皮細胞の性質の変化は発生過程を踏襲している可能性がある。
結論:
新たな増殖硝子体網膜症モデルマウスを考案した。網膜色素上皮細胞は神経細胞へと分化する可能性があるが、生体内ではPax6が十分に機能しないために神経組織への分化が誘導されない可能性がある。