Severe hypofibrinogenemia in patients bitten by Gloydius tsushimaensis in Tsushima Island, Nagasaki, Japan, and treatment strategy
概要
【序論】
世界中でヘビ咬傷は命に関わる可能性がある(Gold et al, 2002;Hifumi et al., 2014;Kitchens et al., 1987;Warrell et al., 2010;Williams et al., 2010).医療資源が限られている離島環境では,当然リスクは⾼まる.⻑崎県対⾺市は九州北⻄部の⽇本海に位置する南北に約 80kmと細⻑い離島であり,⼈⼝は約 3 万⼈である.島の約 90%は⼭地に覆われており,森林,⽔⽥,川辺などに⽣息する毒ヘビのツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)にしばしば遭遇する.ツシママムシは 1994 年に,本邦に広く分布するニホンマムシ(Gloydius blomhoffii)とは別種と同定された(Isogawa et al., 1994).
2011 年にマウスとウサギを被験体として,ツシママムシとニホンマムシの毒⼒研究が⾏われた.そこではツシママムシ毒の 50%致死量(Lethal Dose 50%;:LD50)はニホンマムシ毒の約半分で,最⼩出⾎量(Minimum Hemorrhagic Dose;:MHD)はニホンマムシ毒の約 1/100 と報告された.さらに,ニホンマムシ毒が抗毒素⾎清によって⼤部分が中和されたのに対しツシママムシ毒は部分的にしか中和されなかったことも⽰唆された.ツシママムシ咬傷に対しては被害件数も少なく,ニホンマムシ毒と⽐べて弱毒であることが推測されたため国内製造のニホンマムシ抗毒素⾎清で治療可能と思われた(⾼橋ら, 2011).
現在,マムシ咬傷の治療指針はない.抗毒素⾎清が毒素を中和することは理論的に疑う余地はないがアナフィラキシーや⾎清病のリスクを懸念して抗毒素⾎清を控えセファランチンなどの臨床効果が不明な代替治療が好まれることもある.ニホンマムシ咬傷の致死率は 0.8%〜1.0%と報告されているがツシママムシ咬傷の致死率や臨床症状の特徴は不明であり,離島医師の裁量により治療が⾏われていた.
対⾺にある有床病院は島の北部にある 60 床の上対⾺病院と中央部にある 275 床の対⾺病院の 2 つがある.両病院の診療録をもとに,ツシママムシ咬傷患者の⼈⼝統計学的データ,治療法,転帰と抗毒素⾎清の有効性に焦点を当て本邦初の多施設後ろ向き研究を実施し,診療アルゴリズムを開発した.分析の際に,ニホンマムシ咬傷でもこれまでに報告のない中毒症の重症低フィブリノゲン⾎症を認めたため,これについても検討した.
【⽅法】
本研究は多施設後ろ向き研究であり,2019 年 5 ⽉ 14 ⽇(承認番号第 1902 号),対⾺病院倫理委員会により研究プロトコルを承認された.データは診療録から収集され,臨床症状,腫脹グレード(グレードⅠ:局所のみ,Ⅱ:⼿⾸または⾜⾸に達する,Ⅲ:肘または膝まで,Ⅳ:肩または股関節まで,Ⅴ:体幹にまで及ぶ腫脹もしくは全⾝症状の出現)(崎尾ら,1985),⾎液検査所⾒,治療⽅法などの関連を検討するため連続変数にはMann-Whitney のU 検定を,カテゴリ変数または順序変数には Fisher の正確確率検定を使⽤した.両側検定 P <0.05 をもって統計的に有意とみなした. 凝固試験ではツシママムシとニホンマムシと中国⼤陸の固有種であるタンビマムシの毒を⽐較した.
【結果】
研究対象は 2005 から 2018 年までのツシママムシ咬傷患者 72 例だった.最⼤グレードは 26 例がグレード I(36.1%)で次いでグレード V が 16 例(22.2%)であった.グレード 別に分析するとグレード間において最⼤ CK 値と⼊院期間に有意差を認めた.
治療法については 23 例(31.9%)にセファランチンが使⽤され,12 例(16.3%)に抗毒素⾎清,11 例(15.3%)にセファランチンと抗毒素⾎清の併⽤治療がなされた.⼊院期間の中央値は 3 ⽇(四分位範囲:2.0〜8.0)であった.1 例(1.4%)の患者が死亡した.
5 例(6.9%)にニホンマムシ咬傷では報告のない中毒症である重度低フィブリノゲン⾎症(フィブリノゲン値が 100mg/dL 未満)を認めた.フィブリノゲン値の回復に抗毒素⾎清の効果は乏しかった.凝固試験ではツシママムシ毒物の濃度に応じて凝固時間が短縮された.さらに因⼦⽋乏試薬とフィブリノゲンのみの試薬を⽤いて凝固試験を⾏うと,すべての試験で凝固が認められ,フィブリノゲン試薬は凝固時間を有意に短縮した.ニホンマムシ毒とタンビマムシ毒では凝固作⽤を⽰さなかった.
【考察】
ツシママムシ咬傷はグレードⅤでは他と⽐べ最⼤ CK 値が⾼く,⼊院期間も⻑い.これはニホンマムシと類似している(瀧ら,2014).抗毒素投与群は⾮投与群と⽐較して最⼤グレードが⾼い傾向にあったが,最⼤ CK 値や⼊院期間についてはグレード間で有意な差がなかったことから,抗毒素⾎清の効果が期待された.最⼤の違いは重症低フィブリノゲン⾎症であった.凝固試験からトロンビン様作⽤による凝固促進の関与が考えられた.抗毒素⾎清は効果が乏しく,⾃然回復を期待するか対症療法しか⼿段はない.