論文の公開元へChoroidal hemodynamics in central serous chorioretinopathy after half‑dose photodynamic therapy and the effects of smoking
概要
主論文の要旨
Choroidal hemodynamics in central serous
chorioretinopathy after half‑dose photodynamic
therapy and the effects of smoking
中心性漿液性脈絡網膜症に対する
半量光線力学療法後の脈絡膜血流動態と喫煙の影響
名古屋大学大学院医学系研究科
頭頸部・感覚器外科学講座
（指導：西口 康二
堀口 悦代
総合医学専攻
眼科学分野
教授）
【緒言】
中心性漿液性脈絡網膜症(CSC)は、漿液性網膜剥離を特徴とし、網膜剥離の持続や
再発により不可逆的な視力低下を生じる疾患である。その発症機序は不明だが、静脈
負荷に伴う脈絡膜血管透過性亢進が関与していると考えられている。安全性を向上し
た光線力学療法(PDT)である half-dose、half-fluence、half-time PDT は、網膜下液を速
やかに吸収させる事が報告されており、この 10 年間で広く用いられるようになって
いる。光干渉断層計(OCT)を用いた最近の研究では、CSC に対する PDT は、中心窩下
脈絡膜の菲薄化と脈絡膜血管内腔の面積の減少をきたす事が明らかになっている。し
かし、CSC に対する PDT に関連した黄斑部の血流動態の変化については、まだ十分に
議論されていない。また、喫煙は脈絡膜の血流動態の変化を惹起する要因の一つであ
り、ストレスやステロイド使用に並ぶ CSC の危険因子である事から、CSC の病態生理
に関連している可能性が示唆されている。
レ ー ザ ー ス ペ ッ ク ル フ ロ ー グ ラ フ ィ (LSFG)は 、脈 絡 膜 血 流 を 血 流 速 度 と MBR
(Mean Blur Rate)の相対的指標として非侵襲的に定量測定できる新しいイメージング
モダリティである。本研究では、CSC に対する半量 PDT 後の黄斑部血流動態を LSFG
を用いて検討した。また、喫煙の影響を考慮し、喫煙者と非喫煙者において半量 PDT
後の血流動態を比較した。
【対象及び方法】
2019 年 3 月から 2021 年 2 月の間に名古屋大学医学部附属病院で慢性 CSC と診断さ
れ半量 PDT を受けた連続症例を対象とした。全症例に、視力検査、眼圧測定、眼軸長
測定、及び OCT、FA/ICGA(フルオレセイン/インドシアニングリーン蛍光眼底造影検
査)、SS-OCTA(波長掃引型光干渉断層血管撮影)、LSFG による検査を行った。OCT や
ICGA にて、3 か月以上持続する漿液性網膜剥離、脈絡膜肥厚、血管透過性亢進所見を
有する眼を慢性 CSC と診断した。レーザー光凝固、抗血管内皮増殖因子製剤の硝子体
内注射、または PDT による治療歴のある眼は除外した。
まず ICGA 早期相で脈絡膜の充盈遅延(filling delay)(Figure 1a）、中期相で脈絡膜大
血管(pachyvessel)を検出した(Figure 1b)。次に、得られた血流波形から構築した MBR
を示す composite color map 上で、LSFG 解析ソフトを用いて 100 分割した測定領域で
あるラバーバンド(300×300 ピクセル)を設定した(Figure 1c)。ラバーバンド内の各正
方形のうち、脈絡膜大血管が 50%以上を占めるものを PV 領域、充盈遅延が 50%以上
を占めるものを FD 領域、それ以外を NFD 領域に分類し、PDT 照射領域内の各領域毎
の MBR を算出、比較検討した(Figure 1d)。MBR は PDT 施行前と 1、3、6 か月後に測
定した。また、血流抵抗の指標として LSFG の脈波波形から波形の偏位を示す skew と
半値幅を示す BOT を算出し、MBR と同様に解析した。水平断 OCT 画像を用いて、脈
絡膜厚(CCT)を測定した。
【結果】
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症例は 29 眼 29 例で男性 23 名、女性 6 名、平均年齢は 57.2 ± 11.1 歳であった(table 1)。
治療前最高矯正視力(logMAR BCVA)は 0.18 ± 0.20、29 名中 6 名が非喫煙者、13 名が
過去の喫煙者、10 名が現在の喫煙者であった。
全領域の平均 MBR は、治療前の 9.7 ± 3.3 から PDT 後 1 か月で 8.1 ± 3.0、3 か月で
8.2 ± 2.8、6 か月で 8.3 ± 2.9 と著明に減少した(Figure 2a)。PV、NPV、FD 領域の各
MBR も同様に有意に低下した(Figure 2b)。PV 領域と比較して FD 領域の MBR は、治
療前及び 1、3、6 か月後に有意に低かった(P = 0.011, P = 0.007, P = 0.005, P = 0.009)。
MBR 変化率は、1、3、6 か月において PV、NPV、FD 領域で有意差はなかった(P = 0.709,
P = 0.578, P = 0.631, Figure 2c)。Skew は 6 か月間で全領域、PV、NPV、FD 領域のいず
れにおいても変化せず(P = 0.295, P = 0.704, P = 0.386, P = 0.241, Figure 2d,e)、BOT も
同様であった(P = 0.246, P = 0.188, P = 0.135, P = 0.675, Figure 2f,g)。
脈絡膜厚は治療前の 376.0μm から 1 か月で 296.8μm、3 か月で 290.8μm、6 か月で
292.4μm と有意に減少した(Figure 3a)。また、28 眼では 6 か月までに完全な網膜下液
の消失がみられ、1 眼では 6 か月間残存していた(Figure 3b)。喫煙状況による内訳で
は、非喫煙者の網膜下液は 1 か月までに完全に吸収され、喫煙歴は網膜下液の吸収速
度に大きく影響した(table 2)。一方で、MBR 変化率には 1 か月後の網膜下液残存の有
無による有意差はみられなかった。
次に、治療後 1 か月の MBR 減少率が 20%未満を small decrease 群、20%以上を large
decrease 群とし 29 眼を 2 群に分けて比較した。small decrease 群は large decrease 群と
比べて過去及び現在の喫煙者が多く、治療前脈絡膜厚が厚い事が示された(table 3)。
そこで喫煙が脈絡膜に及ぼす影響を解析した。治療前の MBR は、全領域、PV、NPV、
FD 領域のいずれにおいても喫煙歴による有意差はなかった(Figure 4a)。治療後 1 か月
の MBR 変化は、現在の喫煙者では非喫煙者より全領域、PV、NPV 領域で有意に小さ
く(P = 0.021, P = 0.009, P = 0.034)、FD 領域では差はなかった(P = 0.172)(Figure 4b）。
3、6 か月後の MBR 変化にも同様の傾向がみられたが、喫煙歴との相関はなかった
(Figure 4c)。治療前脈絡膜厚は、非喫煙者では過去及び現在の喫煙者より有意に低か
った(P = 0.017, P = 0.032, Figure 4d)。治療後 1 か月の脈絡膜厚変化には喫煙歴による
有意差はみられず(P = 0.936, Figure 4e)、3、6 か月後でも同様であった(Figure 4f)。
【考察】
CSC に対する半量 PDT 後の脈絡膜血流動態に関して、Kumashiro らは治療後に黄斑
部の MBR が低下する事を報告している。本研究では PDT 照射領域の MBR は半量 PDT
後に有意に減少し、これは Kumashiro らの報告と一致した。脈絡膜は、脈絡毛細血管
板、Sattler 層の中型細動脈及び細静脈、Haller 層の大型脈絡膜静脈から構成されてい
る。脈絡毛細血管板の血流は極めて遅く網膜毛細血管の 3 分の 1 と報告されており、
LSFG の測定に影響を与えないと考えられる。本研究では、6 か月間を通して FD 領域
の MBR は PV 領域よりも有意に低く、充盈遅延による脈絡膜細動脈への血流低下を
反映していると考えられる。また、半量 PDT 後の MBR の低下は、PV、NPV、FD 領
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域で同程度であった。PDT は、主に大血管よりも脈絡毛細血管板や中型脈絡膜血管の
内皮細胞障害及び血管閉塞を惹起する事が知られている。従って、半量 PDT が PV、
NPV、FD 領域に多い中型の細動脈及び細静脈の血流を減少させ、その結果大型静脈の
血流が減少し、局所的な脈絡膜の過負荷が解消されると推測される。半量 PDT 後の脈
絡膜血流変化により血管抵抗も変化すると考えられるが、今回の研究では skew、BOT
ともに有意な変化を示さなかった。半量 PDT 後の脈絡膜血管内腔の有意な減少が、血
管抵抗の変化を相殺している可能性がある。
本研究は、喫煙者は非喫煙者に比べ、半量 PDT 後の MBR の減少が有意に小さい事
を明らかにした。1 か月後の MBR 変化を現在の喫煙者と非喫煙者で比較すると、現在
の喫煙者は全領域と PV 領域で有意に減少が小さく、喫煙習慣が末梢血管の血流動態
に影響を与えている可能性が示唆された。喫煙と脈絡膜に関して Okawa らは、CSC 眼
では過去及び現在の喫煙者は非喫煙者よりも脈絡膜が厚い事を報告している。本研究
でも、CSC 眼では現在の喫煙者の脈絡膜厚は非喫煙者より厚く、Okawa らの報告と一
致した。また、半量 PDT の 1 か月後に網膜下液が残存した眼はすべて過去または現在
の喫煙者の眼であった。網膜下液の有無による 1 か月時点の MBR 変化率に有意差は
なかったが、MBR の変化や喫煙状況が網膜下液の消失速度に影響を与える可能性があ
る。
【結語】
半量 PDT により PDT 照射領域全体のみならず PV、NPV、FD 領域における脈絡膜
血流速度が低下した事から、局所的な脈絡膜の過負荷の改善が治癒に寄与している事
が示唆された。さらに、喫煙は半量 PDT 後の脈絡膜動態の変化を鈍化させた。この喫
煙の効果は新規の知見であり、CSC のメカニズムを理解するための一助となる。
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