太陽条件および惑星固有磁場が太古火星の電離大気散逸に与える影響の研究
概要
研究目的 (Research Objective):
太古火星における大規模な気候変動の一因として宇宙空間への大気散逸が挙げられている。当時の太陽は現在よりも強力な※線・極端紫外線放射(xUV 放射)や太陽風を放出していたため、太古火星では上層大気の加熱・電離による大気散逸が現在よりも活発に起きていたとされる。一方で、現在の火星表面に存在する残留磁場の分布から太古火星が全球的な固有磁場を保持していたことが示唆されている。固有磁場の存在は惑星周辺の電磁場環境を変化させるため電離大気の散逸に大きな影響を及ぼすが、その具体的な影響については未だ議論が続いているのが現状である。先行研究 (Sakata et al., 2020,JGiR)では多成分磁気流体力学(MHD) シミュレーションによって、太陽風動圧と固有磁場の磁気圧との間の圧力バランスによって固有磁場が電離大気の散逸過程や散逸率に与える影響が異なること、イオン種間でも違いが見られることを示した。本研究では先行研究とは異なる太陽 XUV・太陽風条件下でも同様のシミュレーションを行い、先行研究で示された電離大気散逸の固有磁場強度依存性が太陽XUV 放射や太陽風動圧からどのような影響を受けるのかを検証した。
計算手法(Computational Aspects):
3次元グローバル多成分 MHD モデル REPPU-Planets (Terada et al. 2009, JGR; Sakata et al., 2020) による数値シミュレーションを行った。このモデルは地球磁気圏用に開発されたグローバル MHD モデル(Tanaka, 1994) を地球型惑星(金星、水星、水星)に拡張したものであり、MHD 方程式に加えて 11 種類のイオン種についての連続の式を解くことで各イオン種ごとの密度分布を得ることができる。また、電離圏や磁気圏で重要となる各種反応(光電離、電荷交換、電子衝突電離、化学反応)や衝突を組み入れている。電離圏から磁気圏にかけての幅広い領域を包括的に解く黒バールモデルであるため、計算領域の分割とMPIによる並列化がされている。本研究では計算領域は高度 100 km から 40 惑星半径までとし、領域を動径方向に168分割して並列計算を実行した。
研究成果(Accomplishments)
太陽XUV 放射・太陽風条件を固定した上で太古火星の持つ双極子型固有磁場の強度が異なる複数のケースをそれぞれ計算した。太陽風条件としては 35 億年前のコロナ質量放出イベントを想定した太陽風(密度700cm”3, 速度1400km s, 惑星間磁場強度 20nT) を仮定した。太陽XUV 放射は現在の50倍のケースと 10倍のケースの2通りを検証した。
固有磁場の強度が大きくなるにつれて尾部領域における Ot, 02t,CO*イオンの反太陽方向フラックスや磁気中性面の構造が大きく変化した。固有磁場がないケースでは磁気中性面は太陽風電場方向に伸びていたが、比較的弱い固有磁場のケースでは逆S字型に変形し、固有磁場が最も強いケースでは赤道方向に伸びた構造になった。反太陽方向フラックスについても、固有磁場がないケースでは磁気中性面付近に集中していた一方で、固有磁場強度が存在するケースでは開いた磁力線(一端が惑星に、もう一端が惑星間空間につながった磁力線) の上にフラックスのピークが位置していた。otのフラックスには酸素コロナ上で電離したo*イオンが太陽風電場によって加速され散逸するイオンピックアップ過程によるリング状の強いフラックス構造が見られた。このような尾部構造の特徴や固有磁場の存在による変化は先行研究(Sakata et al., 2020,JGR)と概ね同じ結果となった。
Ot, 02t,COの散逸率について本研究および先行研究の結果をまとめて比較したところ、惑星表面での固有磁場による磁気圧 (Pripol)と 太陽風動圧(Pay)の比Plipolo Payによって散逸率の固有磁場強度依存性が異なることが明らかになった。Plipolo Pay が 0.1 より小さい場合には固有磁場強度とともに分子イオン(0%t,CO2t)の散逸率が最大で 8 倍程度まで上昇する一方で Otの散逸率はほとんど変化しなかった。固有磁場と惑星間空間磁場との間の磁気リコネクションによって形成された磁力線を通じて電離圏からのイオン流出が促進されることで、特に分子イオンの散逸率が上昇したと考えられる。Plipol/Pumが0.1より大きくなるとOt,O,CO+いずれも散逸率が1桁以上減少した。固有磁場が強くなることで磁気圏界面が押し上げられ、電離圏からのイオン流出やイオンピックアップがより惑星から離れた位置で起こるようになったためだと考えられる。固有磁場の影響を強く受ける電離圏からのイオン流出は高緯度領域で起きていた。磁気圏界面に対する実効的な太陽風動圧は太陽天頂角とともに減少する一方で、固有磁場強度は緯度とともに増加する。散逸率の依存性に変化が起きるPuipole/Pdy = 0.1という値は緯度 60~70度において実効的な太陽風動圧と固有磁場の磁気圧との圧力の釣り合いが取れる強度に対応していることから、電離圏からのイオン流出が起きている高緯度領域での太陽風と固有磁場の圧力バランスが固有磁場の影響を決める重要な要素であることが明らかになった。