mTOR新規相互作用分子 Flightless-Iの神経系における機能解析
概要
Mammalian target of rapamycin(mTOR)は栄養状態や成長因子に応答して活性化するセリン/スレオニンキナーゼである。mTORは細胞内において2種類の複合体を形成して機能することが知られている。mTORcomplex1(mTORC1)はアミノ酸や成長因子などの刺激に応答して活性化し、タンパク質合成の促進やオートファジーの抑制に関連する。一方、mTORcomplex2(mTORC2)はAktをリン酸化することによってmTORC1の活性化因子として機能する。しかしながらmTORC2は細胞骨格系タンパク質アクチンの形態維持制御に関連することが示唆されている以外、生理的意義は未解明である。また、mTOR経路の恒常的な活性化は様々な精神神経疾患と関連する。結節性硬化症はmTOR経路上流のTsc1TSC1/2が原因遺伝子であると報告されていることが知られている。Tsc1TSC1/2の欠損に伴うmTORC1シグナルの異常な活性化は、神経系を含む全身に良性の腫瘍が確認され、てんかんや自閉症様の症状を示す。
本研究では、mTORシグナルの活性化による神経疾患の発症メカニズムを明らかにするため、新規mTOR相互作用分子の同定を試みた。前脳特異的にFLAG標識を付加した活性型mTORを発現するTgマウス(mTORTgマウス)を用いて、抗FLAG抗体による活性型mTORの免疫沈降物に対する質量分析とウエスタンブロット解析を行った結果、Flightless-Ihomolog(Flii)が相互作用分子として同定された。FliiはGelsolinファミリーに属するアクチン制御因子であり、Fliiノックアウトマウスは胎生致死であることが知られている。そこで、Cre-loxP組換えを用いたFlii遺伝子のコンディショナルノックアウトマウス(cKOマウス)の作製を行った。ゲノム編集技術CRISPR/Cas9システムによってFliiヘテロノックアウトマウスおよびFii遺伝子にloxP配列をノックインしたFliifloxマウスを得た。これらのマウスを終脳特異的にCreを発現するEmx1(Cre/+)マウスを掛け合わせることによって、終脳特異的FliicKOマウス[Flii(flox/-);Emx1(Cre/+)]を得た。終脳特異的FliicKOマウスの大脳皮質よりタンパク質抽出液を調製し、ウエスタンブロット解析を行った結果、Fliiタンパク質の発現量が顕著に低下していることが明らかとなった。また、終脳特異的FliicKOマウスは、コントロールと比較して大脳皮質の低形成が認められた。大脳皮質の低形成は、胎生期においてmTORC1を活性化したマウスや、mTORC1構成分子であるRaptorのcKOマウスにおいても観察される。従って、FliiはmTORシグナルを介して大脳皮質の形態形成を制御している可能性が示唆された。さらに、胎生期の大脳皮質においてFliicKOマウスは酸化ストレス応答の活性化やアポトーシスの促進が確認された。これらの結果から、Fliiはこれまで未知であったmTORシグナルと細胞骨格の関連を明らかにし、大脳皮質の発生過程に寄与すると考えられる分子であることが示唆された。