間歇的低酸素負荷によるラット口腔顔面領域の疼痛閾値低下とその神経学的メカニズム
概要
【緒言】
閉塞性睡眠時無呼吸症候群(obstructive sleep apnea:OSA)の患者において、疼痛閾値低下の併発がしばしば問題となる。しかし、その神経学的メカニズムの詳細は不明である。OSAは、舌痛症やドライアイに伴う眼痛など、病因が解明されていない口腔顔面痛との相関が報告されている。舌痛症や眼痛の一因としては、末梢におけるtransient receptor potential vanilloid 1(TRPV1)の関与が挙げられる。そこで、睡眠時の間歇的な低酸素状態が、三叉神経領域における疼痛の潜在的な要因になりうると仮説を立てた。齧歯類の睡眠時間帯である明期の慢性間歇的低酸素負荷(chronic intermittent hypoxia:CIH)に起因する、TRPVlを介した末梢および中枢感作が、口腔顔面領域の疼痛閾値低下を惹起する神経メカニズムの解明を本研究の目的とした。
【方法】
実験にはSD雄性ラットを用いた。OSAモデルラットは、明期の6時間(14:00〜20:00)に6分間隔で、最低酸素濃度が5%になる間歇的低酸素を負荷することで作製した(8日間または16日間)。実験群は、正常酸素状態で飼育した群(Norml6d群)、間歇的低酸素を16日間負荷した群(Hypol6d群)、間歇的低酸素を8日間負荷した後に8日間正常酸素状態で飼育した群(Hypo8d+norm8d群)とした。4日おきに行動観察実験を行い、角膜、口腔粘膜の疼痛閾値を評価した。間歇的低酸素負荷8日目、および全実験群の16日目に採取した脳サンプルを使用し、免疫組織化学染色実験を行い、神経系の変化を解析した。
1. 血液ガス分析
麻酔下で右大腿動脈に採血用カテーテルを挿入した。正常酸素状態または低酸素状態(間歇的低酸素負荷の最低酸素濃度時)のそれぞれにおいて採血し、動脈血酸素飽和度(Sa02)およびpHを測定した。
2. 行動観察実験
①角膜の疼痛閾値の評価としてカプサイシン溶液(0.33μΜまたは1.0μΜ)点眼による瞬目回数、②口腔粘膜の疼痛閾値の評価としてカプサイシン溶液(0.33μΜまたは1.0μΜ)選択率を測定した。
3. 免疫組織化学染色実験
1) 三叉神経節
組織標本の解析領域内の全ニューロン数に対する①カプサイシン受容体であるTRPVl陽性ニューロン数の割合、②カルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide:CGRP)陽性ニューロン数の割合、③活性型サテライトグリアのマーカーであるglial fibrillary acidic protein(GFAP)陽性サテライトグリアに取り囲まれるニューロン数の割合を解析した。さらに、④TRPVl陽性ニューロンのサイズを解析した。
2) 三叉神経脊髄路核
①三叉神経脊髄路核尾側亜核(trigeminal spinal subnucleus caudalis:Vc)に入力する三叉神経節ニューロンのTRPVl陽性中枢側神経終末の密度、②Vcにおける三叉神経節ニューロンのTRPVl陽性中枢側神経終末と舌へのカプサイシン刺激に応答するphosphorylated extracellular signal-regulated kinase(pERK)陽性ニュ一口ンの発現、③舌へのカプサイシン刺激に応答するpERK陽性ニューロン数、④神経活動のマーカーであるcFos陽性ニューロン数を解析した。⑤活性型アストロサイトのマーカーであるGFAP陽性細胞の占有率、活性型マイクログリアのマーカーであるionized calcium binding adapter molecule1(Ibal)陽性細胞の占有率を解析した。
【結果】
1. 血液ガス分析
低酸素状態(酸素濃度5%)におけるSa02は、正常酸素状態と比較し、有意に低かった(Normoxia-Normoxia vs. Normoxia-Hypoxia, p<0.001)。低酸素状態における動脈血のpHは、正常酸素状態と比較し、有意に高かった(Normoxia-Normoxia vs. Normoxia-Hypoxia, p<0.001)。
2. 行動観察実験(代表的なタイムポイントのデータを示す。)
①カプサイシン溶液点眼による瞬目回数は、Hypol6d群、Hypo8d+norm8d群ともにCIH期間中はNorml6d群と比較し、有意に増加した(0.33yM:Norml6d vs. Hypo8d+norm8d, Day8: p<0.001;Norml6d vs. Hypol6, Dayl6: p=0.044; 1.0μΜ: Norml6d vs. Hypo8d+norm8d, Day8: p<0.001;Norml6d vs. Hypol6d, Dayl6·p<0.001)。CIHの解除により、Hypo8d+norm8d群の瞬目回数はNorml6d群と同じレベルに回復した。
②カプサイシン溶液選択率は、Hypol6d群、Hypo8d+norm8d群ともにCIH期間中はNorml6d群と比較して低下した(0.33μΜ: Norml6d vs. Hypo8d+norm8d, Day7&8: p=0.046;Norml6d vs. Hypol6d, Dayl5&16: p=0.003;1.0μΜ: Norml6d vs. Hypo8d+norm8d, Day7&8:p<0.001;Norml6d vs. Hypol6d, Dayl5&16: p<0.001)。CIHの解除により、Hypo8d+norm8d群の溶液選択率は、Norml6d群と同じレベルに回復した。
3. 免疫組織化学染色実験(代表的なタイムポイントのデータを示す。)
1) 三叉神経節
① TRPV1陽性ニューロン数の割合は、Hypo8d群、Hypol6d群において、Norml6d群と比較して有意に高かった(Mandibular nerve;Norml6d vs. Hypo8d, p<0.001;Norml6d vs. Hypol6d, p=0.037)。Hypo8d+norm8d群のTRPV1陽性ニューロン数の割合は、Norml6d群と同じレベルに回復した。
② CGRP陽性ニューロン数の割合は、Hypo8d群、Hypol6d群において、Norml6d群と比較して有意に高かった(Ophthalmic nerve;Norml6d vs. Hypo8d, p=0.002;Norml6d vs. Hypol6d, p=0.016)。Hypo8d+norm8d群のCGRP陽性ニューロン数の割合は、Norml6d群と同じレベルに回復した。
③ GFAP陽性サテライトグリアに取り囲まれるニューロン数の割合は、Hypo8d群、Hypol6d群において、Norml6d群と比較し、有意に高かった(Mandibular nerve: Norml6d vs. Hypo8d, p=0.012;Norml6d vs. Hypol6d, p=0.015)。Hypo8d+norm8d群では、GFAP陽性サテライトグリアに取り囲まれるニューロン数の割合は、Norml6d群と同じレベルに回復した。
④ TRPV1陽性ニューロンのサイズは、中型および大型のTRPV1陽性ニューロンの比率が、Norml6d群と比較し、Hypol6d群において有意に高かった(Norml6d vs. Hypol6d, Mandibular nerve;p<0.001)。
2) 三叉神経脊髄路核
① TRPV1陽性中枢側神経終末はVc表層に終止し、その密度はHypol6d群の下顎神経領域において、Norml6d群と比較し、有意に高かった(Mandibular nerve: Norml6d vs. Hypol6d, p=0.020)。
②舌へのカプサイシン刺激(1.0mM)に応答するpERK陽性ニューロンは、三叉神経節TRPV1陽性ニューロンの中枢側神経終末が終止する領域において発現が認められた。
③舌への低濃度カプサイシン刺激(0.33μΜ)に応答するpERK陽性ニューロン数は、Middle-Vc Laminae I-IIにおいて、Hypol6d群で無刺激のNaive群と比較し、有意に多かった(無刺激Naive vs. Hypol6d:p=0.021)。一方、高濃度カプサイシン刺激(1.0mM)に応答するpERK陽性ニューロン数は、Hypo8d群でNorml6d群と比較して有意に少なかった(Norml6d vs. Hypo8d: p=0.041)。
④cFos陽性ニューロン数は、侵害刺激情報が入力するLaminaeI-IIにおいて、Norml6d群と比較して、Hypo8d群で変化はなかったが、Hypol6d群では多かった(Middle-Vc Laminae I_II: Norml6d vs. Hypol6d, p=0.003)。
⑤ GFAP陽性細胞の占有率は、CIHによる変化は認められなかった。Ibal陽性細胞の占有率は、Hypo8d群ではNorml6d群と比較して有意に低かった(Mandibular nerve;Norml6d vs. Hypo8d, p=0.002)。
【考察、結論】
明期のCIHにより角膜と口腔粘膜のカプサイシン刺激に対する疼痛閾値の低下が生じた。CIHの解除によりCIH前の状態に戻ることから、この疼痛閾値の低下は可逆的である。その機序として、CIHによる三叉神経節ニューロンにおけるTRPV1の発現増加、またTRPV1を発現するニューロンの表現型の変化による末梢感作が惹起されることが示唆された。さらに、TRPV1の発現増加とともに、三叉神経節におけるCGRP発現、活性型サテライトグリア発現が増加した。これらは三叉神経節ニューロンの侵害情報伝達の促進に関与していると考えられる。また、CIHの継続により、中枢感作が引き起こされる可能性が示唆された。TRPV1を発現する三叉神経節ニューロンを介したVcニューロンへの侵害情報入力の増加により、Vcニューロンの興奮性が増大すると考えられる。アストロサイトおよびミクログリアは、CIHによる疼痛閾値の低下には関与しないと想定される。以上の結果より、明期のCIHが、TRPV1の発現増加を介した慢性的な口腔顔面痛の発症要因となりうる可能性が示唆された。