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大学・研究所にある論文を検索できる 「思春期コホートにおけるチックと母親の不安・抑うつ症状の関連についての縦断的検討」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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思春期コホートにおけるチックと母親の不安・抑うつ症状の関連についての縦断的検討

八木, 智子 東京大学 DOI:10.15083/0002002366

2021.10.13

概要

【背景】
 チックは、突発的、急速、反復性、非律動性の運動あるいは発声と定義される。チック症は、チックに特徴付けられる神経発達障害である。精神疾患の国際的診断基準であるDSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of mental disorder 5th edition)は、チック症を、運動チックおよび音声チックの両方を1年以上認めるトゥレット症(TS)、運動チックまたは音声チックを1年以上認める慢性チック症(CT)、運動チックおよび/または音声チックがあるが持続が1年以下である暫定的チック症、と分類している。チック症には、共通した自然経過や併存症がみられることから、病因学的な連続性(スペクトラム)があると考えられ、TS、CT、暫定的チック症を疾患分類学的に区別する根拠は乏しいことが指摘されている。
 暫定的チック症を含めると、チックは、5〜10歳の児童のうち20%程度にみられる。チックは児童期に始まり、その約2/3は成人に近づくにつれ消失・軽快するが、約1/3は成人期以降も持続あるいは増悪する。チックは、自然消失するケースから重症化するケースまで、その予後に非常に大きな幅があるにもかかわらず、チックの経過や予後を予測する臨床指標は、未だ確立されていない。TS/CTを対象とした研究では、チックがある児童はチックがない児童に比べて、友人関係に問題を抱えやすく、親子関係が不良で、学業成績が悪く、生活の質が低かった。また、TS児童の親は、非TS児童の親よりも、養育ストレスが大きいとの報告がある。このように、チックは、児童思春期の親子にとって重要な健康課題である。
 近年、母親のメンタルヘルスと子のチックの関連に関心が持たれている。母親の妊娠中の抑うつ症状および産後の不安症状が高い場合、子が13歳時にTS/CTを罹患するリスクが高まることが報告されている。また、別の研究では、母親の精神疾患の既往が児童思春期のTS/CT罹患と関連していた。これらのことは、チックの発現には多因子遺伝と環境要因の両方が関与するとされることと考え合わせると、母親に特異的な遺伝要因および/または環境要因が、子のTS/CTと関連する可能性を示唆している。しかし、これまでの研究では、母親の不安・抑うつ症状の存在により、子のチックの経過が異なるかどうかは明らかにされていない。母親の不安・抑うつ症状がチックの経過に影響を与えることがわかれば、チックの持続予防に寄与する介入可能な要因を見出せる可能性がある。
 本研究の目的は、一般人口思春期児童を対象として、母親の不安・抑うつ症状が子のチックに与える影響を縦断的に検討することである。仮説は以下である。①母親の不安・抑うつ症状が高いほど、2年後に子がチックを呈しやすい、②チックと母親の不安・抑うつ症状は双方向的に影響を及ぼしあう関係である。なお、本研究では臨床診断を行っていないことから、「チック症」という診断名ではなく、「チック」という症状名で表記した。

【方法】
 対象者は、東京で2012年から行われている一般人口縦断調査である東京ティーンコホートにおける、2002年9月から2004年8月に出生した3, 171名の児童とその主養育者である。本研究は東京大学医学部倫理委員会などによる承認の上実施された。調査依頼状を送付後、研究スタッフによるトレーニングを受けた調査員が家庭訪問を行い、主養育者と児童に対して文書および口頭にて調査協力依頼を行ったうえ、主養育者から文書による同意を、未成年である児童については主養育者から文書による代諾同意を取得した。児童のチックと主養育者の不安・抑うつ症状を、10歳時12歳時の2時点で、主養育者の自記式質問紙にて評価した。チックの評価は、先行研究(Scharf, 2012)で用いられた質問紙を用い、主養育者に、運動や音声に関する5つの質問(Q1~Q5, 各々3件法)とその頻度(Q6, 5件法)を尋ねた。Q1, Q2, Q4はチックに関する質問であり、いずれかひとつでも「あったかもしれない」あるいは「確かにあった」と回答された場合、チックありとした。Q3, Q5は、チックではない運動や音声についての質問であり、チックの対照として尋ねた。
 母親の不安・抑うつ症状は、10歳時はK6(Kessler Psychological Distress Scale)、12歳時はGHQ-28(General Health Questionnaire)を使用し評価した。母親以外の養育者がこれらに回答した場合は、欠損値として扱った。K6とGHQは、いずれも国際的に多用され、日本語でも妥当性が証明されている不安・抑うつ症状の評価尺度である。
 交絡因子として、チックとの関連が報告されている以下の因子を調整した:子の年齢、性別、社会経済的状況(世帯年収)、母親の年齢、妊娠中の飲酒。
 統計解析としては、構造方程式モデリングを用いて母親の不安・抑うつ症状と子のチックの縦断的関連を検討した。まず、交絡因子を含まない交差遅延モデルを検討した(非調整モデル)。続いて、交絡因子を調整したモデル(調整モデル)を検討した。さらに、従属変数である12歳時のチックおよび母親の不安・抑うつ症状の分布の非正規性に配慮して、それらを対数変換したモデルによる検討も行った(対数変換モデル)。対数変換モデルでは、調整モデルと同様に交絡因子を統制した。なお、欠損値は、記述統計ではリストワイズ法、構造方程式モデリングでは完全情報最尤推定法により処理した。

【結果】
 3, 171名が解析対象者となった。10歳時は23. 9%(有効データ3, 109名のうち744名)、12歳時は23. 6%(有効データ2, 674名のうち632名)がチックを有していた。この有病率は、一般の児童を直接観察してチックの有病率を調査した先行研究と同等であった。
交差遅延モデルによる解析の結果、10歳時の母親の不安・抑うつ症状が高いほど、12歳時に子がチックを有することが多かった(非調整モデル:β=. 06, p<. 001、調整モデル:β=. 06, p=. 001、対数変換モデル:β=. 06, p=. 001)。また、10歳時にチックが存在すると、12歳時の母親の不安・抑うつ症状が高かった(非調整モデル:β=. 06, p<. 001、調整モデル:β=. 06, p=. 001、対数変換モデル:β=. 08, p<. 001)。適合度はいずれの結果においても許容範囲内であった。これらの結果から、母親の不安・抑うつ症状とチックは、双方向的に影響を与え合うことが示された。
 また、事後解析として、チックの定義をより狭く設定した場合の、チックの有病率の検討と交差遅延モデルの解析を行った。その結果、同一の質問紙と同一のチックの定義を用いてTS/CTの有病率を検討した先行研究と、チックの有病率は矛盾しない結果であった(10歳時14. 0%、12歳時12. 1%)。交差遅延モデルにおいても、主解析と同様に、チックの有無と母親の不安・抑うつ症状の間の双方向的な関連がみられた。

【考察】
 本研究は、一般思春期前期児童を対象として、母親の不安・抑うつ症状の強さがその後の子のチックに与える影響を縦断的に検討した初の研究である。次の知見が得られた。第1に、母親の不安・抑うつ症状が強いほど、2年後に子がチックを呈しやすかった。第2に、子のチックと母親の不安・抑うつ症状は、双方向的に影響を与え合う関係であった。
 母親の不安・抑うつ症状が高いほど2年後子がチックを有することが多いことについては、いくつかの説明が可能である。第1に、母親の不安・抑うつ症状が、環境要因として、子のチックの発症・持続・増悪につながっている可能性が考えられる。心理社会的ストレスなどの環境要因がチックを増悪させることが知られている。母親に不安・抑うつ症状があると、母親が不適切な養育をすることが増えることで、子にとって心理的ストレスとなり、チックの発症・持続・増悪の原因となるのかもしれない。第2に、母親の不安・抑うつ症状と子のチックの発症・持続・増悪に遺伝的関係がある可能性がある。本研究の結果からは、環境要因と遺伝要因のいずれが主要なメカニズムであるかを区別することはできず、それを明らかにするためにはさらなる研究が必要である。また、遺伝環境相互作用が関与している可能性もある。
 子のチックがその後の母親の不安・抑うつ症状に影響を及ぼす要因としては、両者の遺伝的関係の他、養育ストレスが考えられる。養育ストレスの原因として、チック自体が与える影響と、チックの併存症の問題が考えられる。チックは、症状が目に見えるという特徴があるため、チックを目の当たりにする親に与える影響が特に大きい。さらに、チック症には、注意欠如・多動症、強迫症、行動の問題などの併存症がみられることが知られており、併存症により親の養育ストレスが高まることも考えられる。
 今回の研究結果を総合すると、思春期前期児童のチックと母親の不安・抑うつ症状の間には縦断的に双方向性の相関関係があることが分かった。このことから、子のチックが母親の不安・抑うつ症状を悪化させ、母親の不安・抑うつ症状が子のチックを悪化させるという悪循環が生じる可能性が考えられる。本研究からの臨床的示唆として、思春期前期児童のチックに対して、本人に対する介入のみならず、母親の不安・抑うつ症状に対する介入も重要である可能性が示された。チックの治療において、家族への心理教育の重要性は従来から知られていたが、家族のメンタルヘルスが子のチックの経過に影響を与えうることは知られていなかったため、今回このような示唆を得られたことには意義がある。

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