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書き出し

歯科治療時に麻酔管理の併用が必要な障害者の口腔管理に関する研究

澤田, 武蔵 北海道大学

2022.03.24

概要

緒 言
障害者の歯科治療は、知的能力障害や自閉スペクトラム症などの発達障害による不協力、脳性麻痺などの運動障害による不随意運動などの理由により、通常の歯科治療が困難となることが多い.したがって、こうした患者に対して歯科治療を行う場合、障害の種類、患者の適応度、歯科治療の内容などにより、行動変容法、抑制法、精神鎮静法、全身麻酔法といった管理法が選択され、特に、多数歯に歯科疾患が認められる場合には、全身麻酔が有用と考えられる.しかしながら、補綴治療などのために複数回の全身麻酔を要する場合には、治療期間の長期化、頻回の来院や全身麻酔施行といった患者および介助者への負担が大きくなることが懸念される.そこで、当診療所では、1993年の開院以来、入院管理下に1回の全身麻酔で補綴装置の装着まで行い、翌日に咬合調整を行って治療を完結させる方法(以下、全身麻酔下集中歯科治療)を行ってきた1).これにより、早期に口腔の形態が回復し、患者および介助者の負担が可及的に軽減することに加え、健常者と同レベルの包括的な歯科治療を提供することが可能となった.さらに、治療後は定期的なメインテナンスを有意識下、あるいは不協力や不随意運動などの程度によっては、必要に応じて麻酔管理下に行うことを原則とし、歯科疾患の重症化予防に努めてきた2).しかしながら、多数歯におよぶ齲蝕・歯周疾患への罹患あるいは進行、修復物の脱離、歯の破折などによって、再度の全身麻酔下集中歯科治療を施行せざるを得ない症例も経験してきた.このような歯科疾患の重症化によって抜歯に至った場合、障害者では義歯の使用が困難なことが多いため、咀嚼機能低下を招いてしまうことが危惧される3、4).その他にも、口腔内環境の悪化、来院回数の増加、再度の全身麻酔および入院は患者および介助者の負担となることから、可能な限り単回の全身麻酔下集中歯科治療が望ましいと考えられる.
次に、再度全身麻酔下集中歯科治療を施行することとなった歯科的な要因を調査することで、再施行を防ぐことが可能となると考え、2回目以降の施行となった歯科的要因についての検討を行った.さらに、意識下での対応が困難な患者においてはメインテナンスの継続および健常者と同レベルのメインテナンス実施は重要であると考えられるが、麻酔管理の併用が必要であり周術期合併症の発生リスクも考慮しなければならない.加えて、全身麻酔下集中歯科治療における治療内容によっては麻酔管理が長時間となる場合も少なくない.長時間麻酔は生理機能の低下をもたらし、周術期の合併症の発生リスクが高くなることが危惧される.そこで、麻酔管理を併用したメインテナンス方法の有用性および安全性、当診療所における長時間麻酔の安全性についても検討が必要と考えた.
そこで、Ⅰ.当診療所にて全身麻酔下集中歯科治療を行った患者を対象とし、再度の全身麻酔下集中歯科治療に至った要因を明らかにするためのレトロスペクティブな臨床的検討、Ⅱ.障害者のメインテナンスに麻酔管理を併用した症例の検討、
Ⅲ.当診療所での長時間麻酔症例について検討、を行なったので報告する.

対象ならびに方法
I.全身麻酔下集中歯科治療の予後に関する検討

1.対象患者
対象は当診療所で1993年4月から2020年8月までの17年4か月間に全身麻酔下集中歯科治療を行った障害者 72例とした.なお、乳歯に対する治療を行った症例、第三大臼歯抜去など、治療の侵襲が大きいことを理由に全身麻酔管理を行った症例、メインテナンスを当診療所にて行っていない症例は除外した.また、予後を調査するために、初回全身麻酔下集中歯科治療終了後3年以上経過していない患者も対象から除外した(図1).全身麻酔下集中歯科治療後、メインテナンスのみで経過した症例を単回群、メインテナンス期間中に多数歯におよぶ歯科疾患の罹患および増悪を認め、再度(1回ないしは複数回)の全身麻酔下集中歯科治療を施行した症例を再施行群とした.

2.調査項目
診療録、麻酔記録をもとに、1.初回全身麻酔下集中歯科治療時の年齢および性別、2.障害別症例数および障害の分類、3.メインテナンスの期間・回数、麻酔管理併用および中断の有無、4.初回全身麻酔下集中歯科治療終了後の残存歯数および歯種、5.初回全身麻酔下集中歯科治療時の治療時間、治療内容の内訳、補綴後咬合支持歯数、6.再施行群における再度の治療の施行回数・施行間隔および治療内容の内訳について調査した.治療内容は保存修復治療(コンポジットレジン修復・メタルインレー修復)、歯内療法(生活歯髄切断法・抜髄即時根管充填・感染根管即時根管充填・根管充填)、補綴治療(硬質レジン前装冠・コンポジットレジン冠・鋳造ブリッジを含む全部鋳造冠装着)、抜歯の4 項目に分類した.なお、歯周治療は必要に応じて全身麻酔下集中歯科治療前に歯周基本治療を行った上で、全例において全身麻酔下集中歯科治療時に残存歯全てに対して行っているため、治療内容の項目に含めなかった.
〈全身麻酔下集中歯科治療〉
全身麻酔管理は亜酸化窒素・酸素・セボフルランによる緩徐導入あるいは静脈麻酔薬を用いた急速導入後、気管挿管(経口または経鼻)を行った.歯科治療は修復処置、歯内療法、抜歯、歯周治療、支台築造および支台歯形成、印象・咬合採得を行い、術中に当診療所に併設する技工部にて補綴装置を作製し、装着まで行った.術後は入院管理とし、翌日に咬合調整を行い退院とした.
〈咬合調整およびメインテナンスでの麻酔管理〉
不協力や不随意運動などによって、翌日の咬合調整および歯周基本治療や機械的歯面清掃といったメインテナンスを有意識下に行うことが困難な場合、プロポフォールによる静脈麻酔管理を併用した.有意識下での静脈路確保が困難な場合は、亜
酸化窒素・酸素・セボフルランによる緩徐導入を行い、その後は鼻マスクを用いた自発呼吸下に亜酸化窒素・酸素・プロポフォールにより麻酔を維持した.

3.再施行となった歯科的要因
2回目以降の施行となった歯科的要因についての検討については、全身麻酔下集中歯科治療の予後に関する検討 5)の対象患者とし、同様に全身麻酔下集中歯科治療後、メインテナンスのみで経過した症例を単回群、メインテナンス期間中に多数歯におよぶ歯科疾患の罹患および増悪を認め、再度(1回ないしは複数回)の全身麻酔下集中歯科治療を施行した症例を再施行群とした.それらを、単回群と再施行群の初回、再施行群の2回目以降に分けて、全身麻酔下集中歯科治療となった主たる要因に関して調査を行った.

4. 統計分析
調査結果は平均値±標準偏差を基本とし、2 群間の差についてMann-Whitney U検定、2 群間の分散の比較についてYates 補正χ2検定またはFisherの直接確率検定を用い、有意水準0.05未満を有意差ありとした.統計解析にはSPSS Version25
(SPSS Inc、Chicago、IL)を使用した.
なお、本検討は医療法人仁友会日之出歯科診療所倫理審査委員会の承認(承認番号20-6)を得て行われた.

II. 障害者のメインテナンスに麻酔管理を併用した症例の検討

1.対象患者
メインテナンスに麻酔管理を併用した障害者において、2002年~2017年の16年間に、5年以上の長期的なメインテナンスを無挿管・自発呼吸下全身麻酔管理併用で実施した障害者 36名を対象とした.

2.調査項目
管理時間・期間・間隔、周術期合併症の有無、処置内容、メインテナンス開始後
の全身麻酔下集中歯科治療の有無について検討した.

III.当診療所における長時間麻酔管理症例についての検討
1.対象患者
2014 年~2018年までに施行された麻酔時間8時間以上の124 症例を対象とした.

2.調査項目
麻酔時間、周術期合併症、メインテナンス開始後の全身麻酔下集中歯科治療の有無について検討した.

結 果
1.初回全身麻酔下集中歯科治療時の性別構成および年齢(表 1)
対象症例72例中、単回群は48例(67%)、再施行群は24例(33%)であった.性別構成は単回群で男性29例、女性19例、再施行群で男性16例、女性8例、年齢は単回群 29.94±10.34歳、再施行群 27.00±8.83歳であった.性別構成および年齢に有意な差は認められなかった.

2.障害別症例数および障害の分類(表 2)
両群ともに最多は知的能力障害(単回群 35例、再施行群 12例)で、次いで単回群では自閉スペクトラム症 12例、脳性麻痺 5例、再施行群では脳性麻痺 8例、自閉スペクトラム症 7例の順で多かった.その他、ダウン症候群やアンジェルマン症候群などが単回群および再施行群ともに認められた.
これらの障害を知的発達障害(知的能力障害・自閉スペクトラム症など)と運動機能障害(脳性麻痺)に分類し、群間比較を行った結果、単回群では知的発達障害が、再施行群では運動機能障害が、それぞれ有意に多かった.
また、全症例、ASA-PS(ASA physical status)分類はⅠまたはⅡであり、麻酔管理上問題となる併存疾患は認められなかった.

3.メインテナンスの期間・回数、麻酔管理併用および中断の有無(表 3)
中断期間を含め、初回全身麻酔下集中歯科治療から最終来院までのメインテナンス期間は、単回群 85.41±38.82か月、再施行群 104.06±51.97か月であった.メインテナンス回数は、単回群 5.19±2.75回/年、再施行群 4.75±3.34回/年であった.両群それぞれにおいて、全メインテナンス回数のうち、麻酔管理を併用してメインテナンスを行った回数の割合(以下、麻酔管理併用率)は単回群 18.81%、再施行群 16.41%であり、有意差は認められなかった.また、メインテナンス期間中に1年以上中断した割合(以下、中断率)は、単回群 12.50%に対して再施行群が41.67%と有意に多かった.中断の理由は、歯科疾患の増悪に対して危機感を持っていなかった、介助者の高齢化に伴う来院困難、施設入所などによる療養環境の変化などであった.

4.初回全身麻酔下集中歯科治療終了後の残存歯数および歯種について(表 4)
残存歯数は単回群 24.25±4.13歯、再施行群 26.25±1.82歯と単回群が有意に少なかった.歯種別では、前歯、小臼歯では有意差を認めなかったが、大臼歯では単回群 6.08±2.25歯、再施行群 7.08±1.18歯と単回群が有意に少なかった.また、上顎の残存歯数は12.58±2.01歯、下顎の残存歯数は12.33±2.02歯であり、有意差を認めなかった.

5.初回全身麻酔下集中歯科治療の内容(表 5)
治療時間に有意な差は認められなかった.保存修復治療について有意差はないが、再施行群で多く、歯内療法・補綴治療・抜歯は単回群で有意に多かった.また、単回群では残存歯数が有意に少なかったが、補綴後咬合支持歯数には差が認められなかった.

6.再施行群における2回目以降の治療について(表 6)
再施行群 24 症例において、初回の全身麻酔下集中歯科治療後に多数歯におよぶ歯科疾患の罹患および増悪を認めたため、2回目以降の全身麻酔下集中歯科治療が合計 37回、2.54±0.87回(2〜5回)施行されていた.全身麻酔管理施行の間隔は58.16±50.84か月(10〜207か月)であった.治療内容は、抜歯を含む歯科治療が行われていたが、補綴後咬合支持歯数は2回目施行後26.79±1.61歯、3回目施行後26.38±1.20歯、4回目施行後25.00±4.64、5回施行した1例では21歯であった.また、最終施行後においては26.00±2.62歯であり、単回群、再施行群の初回治療後の補綴後咬合支持歯数と比較し有意な減少は認められなかった.

7.再施行となった歯科的要因について(表 7)
2回目以降の施行となった歯科的要因について、初回の全身麻酔下一括集中歯科治療の要因は、単回群の患者では多数歯齲蝕 20例、歯周疾患の進行による抜歯のみに起因するものがなく、それらの重複は28例.再施行群の患者では、多数歯齲蝕に起因するものが16例、歯周疾患の進行による抜歯のみに起因するものはなく、それらの重複は8例であった.一方で、2回目以降の全身麻酔下一括集中歯科治療となった要因は、多数歯齲蝕 23例、歯周疾患の進行による抜歯のみに起因するものが10例、それらの重複が2例、その他(てんかん発作にともなう転倒による外傷、歯冠破折がそれぞれ1例)が2例であった.つまり、単回群、再施行群の初回はともに多数歯齲蝕が要因である症例、または、多数歯齲蝕および抜歯を要する歯周疾患の進行の両方を要因とする症例であったにのに対し、2回目以降では抜歯を要する歯周疾患の進行を要因とする症例が初回と比較して多く認められた.

8.障害者のメインテナンスに麻酔管理を併用した症例について
管理時間は平均41.3分、最長 1時間 55分、最短 20分で、平均10年8か月、1年あたり平均3.0回の口腔管理を行っており、何らかの対処を要した周術期合併症は認められず、全例速やかに回復し帰宅していた.処置内容は75%以上がメインテナンスを目的とした機械的歯面清掃や歯周基本治療であった.メンテナンス開始後の中断によって、対象患者の内3名に対し全身麻酔下集中歯科治療による歯科治療が施行されていた.

9.当診療所における長時間麻酔の安全性について(表 8)
当診療所における長時間麻酔症例において、麻酔時間は9時間 5分±42分、周術期合併症は血圧低下 22.6%、頻脈 4.8%、徐脈 2.4%、低酸素血症 0.8%で、重篤な周術期合併症は認められなかった.また、全例概ね術後2時間で飲水可能となり、術後24時間以内のPONV 発生率は7.2%であった.

考 察
対象症例は障害を有し通常の歯科治療が困難で、さらに多数歯に歯科疾患が認められたため、全身麻酔下集中歯科治療の適応となっており、口腔清掃や療養環境などの面で歯科疾患への罹患および増悪のリスクが高いと考えられる.しかしながら、対象症例72例中 48 症例(67%)において、1回の全身麻酔下治療とその後の定期的なメインテナンスにより良好な口腔環境を約7年間(85.41±38.82か月)維持することができた.その一方で、24 症例(33%)において、約 5年後(58.16±50.84か月後)に再度の全身麻酔下集中歯科治療を要した.
その要因について、まずは患者側の因子から考察すると、性別構成および年齢に関して、2 群間に有意差は認められなかった.障害者は男性が多いとの報告6)、加齢による歯周疾患増悪および抜歯に伴う残存歯数の減少の報告7)があるが、本調査においてこれらの因子は再施行となる要因とはならなかった.障害の種類に関して、単回群では知的発達障害(知的能力障害・自閉スペクトラム症など)が、再施行群では運動機能障害(脳性麻痺)が、それぞれ有意に多かった.知的能力障害や自閉スペクトラム症といった知的発達障害では、行動変容法を併用することで、通常の歯科治療や定期的なメインテナンスが可能となる場合が多いのに対して、脳性麻痺患者では重度であるほどTSDなどの行動変容法では対応困難な場合が多いとされている8、9).したがって、再施行群では日頃のセルフケアや介助者によるケア、メインテナンス時の有意識下でのプロフェッショナルケアがそれぞれ困難であった可能性がある.このような場合には、有意識下で通常のメインテナンスが十分に行えず、歯科疾患への罹患および増悪のリスクが高くなる可能性があり、補完的に麻酔管理を併用する必要性が高いと考えられるが、麻酔管理併用率は再施行群の方がむしろ低く、さらに年間のメインテナンス回数も少ない傾向にあった.以上から、運動機能障害を有している患者のメインテナンスでは、麻酔管理併用率およびメインテナンス間隔に配慮した口腔管理計画が重要であると考えられた.また、脳性麻痺患者では不正咬合、エナメル質形成不全、歯ぎしりが多く認められる8)ため、これが歯の破折・修復物の脱離などといった口腔環境悪化の修飾因子となった可能性もある.
メインテナンスの中断率は、再施行群が単回群に比較して有意に高かった.森らは、健全歯数の減少に最も影響するのは受診の中断であるとし10)、本調査結果からも、セルフケアや介助者によるケアのみで良好な口腔環境を維持するには限界があり、継続的なプロフェッショナルケアによる介入が必要であることが示唆された.メインテナンス中断理由の1つとして、歯科疾患の増悪に対する意識を持っていなかったことがあったが、全身麻酔下集中歯科治療によって短期間に治療が完結し、患者および介助者の負担が軽減されたことが、逆に口腔管理に対する意識の低下をもたらす一因となっていたかもしれない.また、介助者の高齢化に伴う来院困難、施設入所などによる療養環境の変化については、可及的に介助者との連携を密にすることによって、他歯科への依頼や訪問診療などによって対応していく必要があると思われる.その他、メインテナンス中断理由として、口腔内診査に適応できる患者は保護者が口腔内状態に不安を抱いていない場合が多く、歯科保健管理の重要性を理解しなくなったためであり、歯科保健管理の継続には患者本人と保護者への陽性強化が重要であるとの報告もある11).しかし、本調査においては歯科疾患の進行に対する意識の低下が主な要因と考えられる.このような歯科疾患の増悪に対する危機感の希薄化について、これまでに報告はなく、今回の結果から考慮すべき重要な要素であることが示唆された.以上のように、中断を回避するためには、プロフェッショナルケアが、歯科疾患の早期発見により、簡単で軽微な早期治療にも繋がることも含めて、その重要性について介助者が理解すること、メインテナンスの継続のため患者本人と介助者に対する陽性強化が重要と思われる.
次に、初回全身麻酔下集中歯科治療後の残存歯数は再施行群が総歯数26.25±1.82歯(単回群 24.25±4.13歯)、歯種別では大臼歯で7.08±1.18歯(単回群 6.08±2.25歯)とそれぞれ有意に多く、補綴後咬合支持歯数26.88±1.65歯(単回群 25.60±3.04歯)で有意な差はなかった.これらの結果と、原則的に延長ブリッジによる補綴治療を行わず、智歯は清掃困難な場合が多いため積極的に抜歯していることから、再施行群では第二大臼歯が単回群よりも多く残存していたことを示している.一般的に、障害者において大臼歯部はセルフケアおよび介助者によるケアが難しく、特に第二大臼歯は清掃不良になる傾向にあるため、歯科疾患の罹患・増悪に至った可能性が考えられた.
治療内容については、再施行群で保存修復治療が多い傾向にあり、単回群で歯内療法・補綴治療・抜歯が有意に多かった.また、単回群は残存歯数が有意に少なかったが、補綴後咬合支持歯数には差が認められなかった.以上より、単回群では歯内療法、クラウンやブリッジによる補綴治療、抜歯が多かったのに対して、再施行群ではコンポジットレジン修復・メタルインレー修復が多かった可能性が考えられる.保存修復治療後の再治療の原因として、北村ら12)は修復歯面以外からの新たな齲蝕発生が最も多かったとしており、コンポジットレジン修復およびメタルインレー修復で残存した健全歯質の齲蝕罹患や修復物の脱離が再治療の要因となった可能性がある.補綴治療については、全身麻酔下治療中に印象採得から装着まで行った報告は、われわれが渉猟し得た範囲ではなかったものの、既製金属冠は穿孔を生じなければ予後が良いとする報告がある12)ことから、鋳造冠によって隣接面などの齲蝕好発部位を被覆することで二次齲蝕を防止した可能性が示唆された.しかし、森らの報告13)では、障害者に対する被覆冠の予後において早期の脱離が顕著とされており、被覆冠装着後のフォロー、すなわち定期的なメインテナンスが必要と考えられる.また、再施行群では歯内療法および抜歯が、単回群に比べて有意に少なかったことから、齲蝕が歯髄に近接していた、または保存困難な齲蝕や歯周疾患に対する抜髄や抜歯の基準が予後に影響を与えた可能性がある.特に初回全身麻酔下集中歯科治療後の大臼歯残存数が再施行群に多かったことと抜歯基準との関連性は強く疑われる.しかしながら、今回の結果から、これらについて詳細に検討するのは困難であり、今後の課題である.
2回目以降の全身麻酔下集中歯科治療においては、抜歯を含めた歯科治療が行われていた.しかしながら、最終的な補綴後咬合支持歯数は、単回群、再施行群の初回治療後と比較して有意な減少は示さなかった.このことから、再施行により抜歯に至った場合でも、隣在歯を鋳造ブリッジの支台歯とすることで大臼歯までの咬合支持を確保できていたと考えられた.われわれは、障害者では義歯の使用が困難な場合が多いため、咬合支持領域の減少に至らない口腔管理に努めることを主眼に治療を行なってきた.したがって、本調査結果から、全身麻酔下集中歯科治療によって健常者と同様なレベルの歯科治療を提供することが咀嚼機能低下の予防に寄与した可能性が示唆された.
単回群、再施行群ともに初回の全身麻酔下集中歯科治療症例では全顎的に歯科疾患を認め、多数歯齲蝕の治療や抜歯が必要な状態であったと考えられる.しかし、 2回目以降の症例は、初回の全身麻酔下集中歯科治療によって全顎的に加療された後に、メインテナンスの中断や不十分なケアのために口腔衛生状態が不良となり、歯周疾患の増悪などによる抜歯とブリッジによる欠損補綴治療のため、再度全身麻酔下集中歯科治療を施行したものであった.
全身麻酔下集中歯科治療の予後に関する検討 5)と本検討結果から、まず患者因子・背景を詳細に把握し、治療内容を考慮すること、次にメインテナンスの必要性を患者および介助者へ啓発していくこと、これによってメインテナンスを確実に継続していくことが重要であると考えられた.障害者は健常者と比較して、歯周疾患の増悪や歯数の減少の危険性が高いと考えられる.歯周疾患の増悪に伴う抜歯は全身麻酔下集中歯科治療となる要因および咬合機能、QOLの低下につながるため、それを回避するべく予防していくことが肝要であると考えられる.
また、メインテナンスにおける麻酔管理の併用が、頻回かつ長期にわたるメンテナンスの実施を可能とし、良好な口腔の状態を維持できる方法の一つと考えられた.一方で、メインテナンスの中断が全身麻酔下集中歯科治療の原因となることも再度示唆された.
歯科治療に対する長時間全身麻酔管理症例は、手術侵襲が小さく、比較的予備力が高い患者を対象とすることが多い、したがって、手術侵襲が大きく、特に口腔癌の手術では対象患者が高齢者となることも多いと考えられる口腔外科領域における長時間麻酔症例14、15、16)と比較し、周術期合併症やPONV 発生率が低いという結果が得られた.また、本検討と同様の手術侵襲や予備力と考えられる障害者に対する歯科領域の短時間麻酔症例17)との比較では、著しい差は認められず、当診療所における長時間麻酔は安全に麻酔管理が施行されていると考えられた.
以上より、歯科治療時に麻酔管理が必要な障害者の口腔管理の方法として、多数歯に歯科疾患が認められる場合には、全身麻酔下集中歯科治療を治療内容について配慮した上で施行することを治療方針の一つとし、メインテナンスの中断に伴う歯科疾患の増悪および抜歯を予防するために、患者因子・背景も考慮して、メインテナンスの必要性を患者および介助者へ啓発していくことが重要であることが示唆された.また、意識下では対応が困難な患者に対する麻酔管理を併用したメインテナンスの有用性および安全性、全身麻酔下集中歯科治療に伴う長時間麻酔管理の安全性についても示唆された.
今後は、予知性のある全身麻酔下集中歯科治療と歯科疾患重症化予防のためのメインテナンスが提供できるように、介助者との連携や患者の療養環境といった、患者背景を把握し、それぞれの患者背景に沿って治療内容について考慮すること、メインテナンスの必要性をさらに患者および介助者へ啓発することも重要であると考えられた.そのためには、患者背景をより詳細に把握した上で、これまでの全身 麻酔下集中歯科治療の予後を調査するとともに、患者の歯科疾患リスク評価も加え、長期間にわたって良好な口腔環境を維持できる治療システムを構築することが望まれる.

結 論
歯科治療時に麻酔管理が必要な障害者の口腔管理の方法の一つとして、Ⅰ.患者因子や患者背景を詳細に把握し、治療内容を考慮した全身麻酔下集中歯科治療を施行、メインテナンスの必要性を患者および介助者へ啓発していくこと、Ⅱ.麻酔管理を併用したメインテナンスを継続すること、Ⅲ.当診療所における長時間麻酔を安全に行うことが示唆された.

参考文献

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