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大学・研究所にある論文を検索できる 「中枢神経系胚細胞腫モデル作製を目標としたKIT変異iPS細胞樹立と始原生殖細胞誘導」の論文概要。リケラボ論文検索は、全国の大学リポジトリにある学位論文・教授論文を一括検索できる論文検索サービスです。

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中枢神経系胚細胞腫モデル作製を目標としたKIT変異iPS細胞樹立と始原生殖細胞誘導

葛岡, 桜 東京大学 DOI:10.15083/0002002357

2021.10.13

概要

中枢神経系胚細胞腫(CNS GCT)は東アジア, とくに日本に報告が多い脳腫瘍で, 国内では19歳以下の小児脳腫瘍の第2位(15.2%)となっている.思春期男児に多く発生し(82.4%), 松果体や下垂体など頭蓋内正中部位に好発(81%)し, 腫瘍圧迫による水頭症, 視力視野障害、尿崩症, 下垂体機能低下症などで発症する.病理学的な特徴は多彩な組織型を示すことであり, ジャーミノーマ, 奇形腫, 卵黄嚢腫瘍, 絨毛がん, 胎児性癌およびその混合腫瘍を呈する.最も多い組織型はジャーミノーマで62.3%を占め, つづいて奇形腫が14.2%である.治療は組織型分類に基づいた治療を行うことが推奨され, 摘出術のみで予後良好である成熟奇形腫を除き, 放射線治療とプラチナ製剤を中心とする化学療法が行われている.予後良好群のジャーミノーマや成熟奇形腫で5年生存率100%, 予後中間群の未熟奇形腫が94.7%, 予後不良群の卵黄嚢腫瘍, 絨毛がん, 胎児がんが61.2%であるが, 若年発症であるため, 放射線障害による発達遅滞, 化学療法による造血障害や不妊などの問題が指摘されている.

 これまで頭蓋内胚細胞腫瘍コンソーシアム(iGCTコンソーシアム)では国内56施設, 266症例に及ぶ世界最大のコホートを用いてCNS GCTの解析を進めてきた.CNS GCTの全エクソーム解析ではジャーミノーマの65.7%にKITシグナル経路の変異を認め, KIT変異がその内55.7%と最も多く, エクソン17に1塩基置換を生じたD816V変異が最も多い.これはKITのactivation loopが構造変化を起こして自己活性化し, AKTやERKなどの下流因子の活性化が誘発される変異で, 腫瘍化への関与が考えられている.

 CNS GCTの起源は未解明だが, 本研究で着目したジャーミノーマは, 組織の形態学的特徴とPOU5F1, NANOG, TFAP2Cなどのマーカー発現が免疫染色でも陽性であることから, 胎生期の生殖細胞が起源と考えられてきた.

 ヒトの生殖細胞系列は, 発生2週目頃に形成される始原生殖細胞(primordial germ cells PGCs)が起源となる.PGCsはその後, 正中線を後方へ卵黄嚢まで遊走し, さらに後腸表面を遊走し, 5週目には生殖隆起に到達する.その間, 増殖を続ける一方でゲノムワイドなDNA脱メチル化が進行し, ゴノサイト(gonocyte, メスでは卵原細胞)へと分化が進む.

 CNS GCT38例のRNAシークエンス結果(未公開データ)をヒトPGCsのトランスクリプトームの公開データと比較すると, ジャーミノーマは発生7~9週のゴノサイトによく類似した遺伝子発現パターンを示す.また, CNS GCT62例での450Kメチル化アレイを用いた解析では, 他の腫瘍型や正常組織とは異なり, ジャーミノーマではインプリント領域を含むゲノムワイドな低メチル化を示し, これもゴノサイトに見られる所見に一致する.これらより、ジャーミノーマでは遺伝子発現もメチル化の程度もゴノサイトに近いと考えられた.

 c-kit変異を有するW/W系統マウス, KITリガンド変異を有するSteel系統マウスではいずれもPGCの遊走・生存障害を起こし, 不妊となる.

 以上の先行研究結果より, KIT変異をもつPGCsあるいはPGCから分化したゴノサイトがジャーミノーマの起源となる, という仮説を立て、まずKIT変異をもつiPS細胞を作製し, これをPGC様細胞(PGC like cells, PGCLCs)からゴノサイトへと分化させることを計画した.

 京都大学機能微細形態学で樹立されたPGCに特異的な2種の遺伝子に蛍光レポーターBLIMP1-2A-tdTomato(BT)とTFAP2C-2A-EGFP(AG)を組込んだBTAGヒトiPS細胞株を用い, nickase型CRISPR/Cas9によるゲノム編集でKITD816Vを導入した.PCR, シークエンス解析, サザンブロッティングを用いて遺伝子型を確認し, KIT変異が導入され, ランダム変異挿入がなく, CRISPR認識部位に塩基の欠失や挿入がなく, 染色体異常を認めない4クローン(ヘテロ変異3株, ホモ変異1株)を得た.これらのiPS細胞株は, コロニー形態, 細胞増殖率, 多能性マーカーであるPOU5F1, NANOG, SOX2の発現がBTAG親株と同等で, 免疫不全マウスへの移植で, いずれも三胚葉成分から構成されるテラトーマを形成したことから, KIT変異挿入後も多能性を保持していることが確認できた.

 次に親株とKITD816ViPS細胞株を先行研究の手法を用いてPGCLCsへと誘導した.得られた細胞群をGFPとtdTomatoの両蛍光レポーター陽性細胞をPGCLCsとしてFACS解析し, PGCLC誘導効率, 細胞数を比較したところ, 親株と有意差がなく, KIT変異株でも生殖細胞系列への分化が可能であることが示された.

 続いて, 今回導入した変異KITの活性を評価した.樹立したKITD816ViPS細胞株を用いてKITおよび下流因子のリン酸化をウェスタンブロッティングで調べたところ, KITD816ViPS細胞株ではKITリガンドであるStem Cell Factor(SCF)非依存性にKITのリン酸化が起きており, 活性型変異であることが示された.しかし, KIT経路下流のAKTとERKはどちらもリン酸化が強く, 親株とKIT変異株で差は認められなかった.これは, iPS細胞ではKITの発現量が低い一方, その多能性維持と増殖にFGFが重要で, FGF経路によってERKとAKTがリン酸化されていることが一因と推測された.そこでFGF受容体阻害薬の処理を加え, 親株とKIT変異株でのリン酸化シグナルの差について検討した.

 その結果, BTAG親株もKIT変異株もFGF受容体阻害によりERKのリン酸化は消失したが, その後にKITリガンドのSCFで刺激してもERKのリン酸化は検出されなかった.

 AKTに関しては, 親株ではFGF受容体阻害薬によりリン酸化が低下するのに対し, KITD816Vヘテロ変異株では低下は緩やかで, ホモ変異株ではリン酸化が維持された.ここにSCF刺激を加えると, BTAG親株とヘテロ変異株ではAKTのリン酸化が回復したが, ホモ変異株では変動は見られなかった.

 これらより, iPS細胞においては, KITの主な下流シグナル経路はAKTであり, SCFによる刺激でも, 変異KITにおいてもERKリン酸化への寄与は少ないことが確認できた.

 次にiPS細胞からPGCLCへの分化誘導におけるKIT活性化の影響を確認した.

 野生型KIT受容体はSCFの結合により2量体を形成してリン酸化され, シグナルを伝達し, その後エンドサイトーシスを受ける.一方でKITD816Vは自己活性化によりSCF非依存性にリン酸化され, 細胞表面への発現, シグナル伝達後, エンドサイトーシスされることが知られている.そこで, PGCLCへの分化誘導をBMP4のみによる誘導とし, SCF-KIT経路の影響をみるためにSCF添加群(SCF+)と無添加群(SCF–)で比較した.今回樹立したKITD816V変異株とBTAG親株とで, PGCLC分化誘導の2日目から4日目までの細胞表面のKIT発現量を, KIT抗体を用いてFACS解析で比較した.その結果, SCF–のPGCLCではBTAG親株, ヘテロ変異株, ホモ変異株の順にKITの細胞表面の発現が高く, 誘導日数による変化はなかった.一方でSCF+では全ての株でホモ変異株と同等の発現量にまで低下していた.このことより, KITD816V変異株では, 変異KITの自己活性化による細胞膜表面のKIT発現量の低下が起こっていると考えられた.

 さらに変異KITのPGCLC生存における影響を評価するため, BTAG親株とKITD816ViPS細胞株とでSCF+とSCF–の条件でPGCLC誘導を行い, 誘導されたPGCLC数を8日目まで計測した.その結果, SCF–では親株は4日目以降PGCLC数が顕著に減少し, 8日目にはほとんど死滅したが, ヘテロ変異株, ホモ変異株ではその減少が緩徐であり, 8日目でも生存する細胞が見られた.一方でSCF+では逆にBTAG親株で最も生存細胞が多く, ホモ変異株では減少していた.

 以上よりKITD816V変異はiPS細胞では増殖や多能性に影響を与えないものの, KIT-AKT経路は活性化しており, PGCLC誘導時の細胞表面のKIT量低下や, SCF非依存性を獲得していることが確認できた.また, KITD816V変異はリガンド存在時においてPGC生存に必ずしも最適の条件ではないことが示唆された.

 本研究では, KITD816ViPS細胞を樹立し, これを発生初期のPGCLCへ誘導することに成功した.またこれらの細胞で変異KITが活性型であることを確認し, 胚細胞腫モデル作製の基盤を完成させた.先行研究でPGCLCsを長期培養してゴノサイトに分化させる手法が報告されており, 今後KIT変異株をジャーミノーマ起源とされるゴノサイトへと成熟させることで, 腫瘍発生過程の再現を目指している.腫瘍化に至らない場合はKIT変異ゴノサイトとジャーミノーマを比較し, 遺伝子発現の差や合併変異の検索などからジャーミノーマの発症や増殖の機序解明に発展させていく予定である.

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