Adverse effects of endometriosis on pregnancy: a case-control study
概要
【緒言】
子宮内膜症は、子宮内膜またはその類似組織が本来あるべき子宮の内側以外の場所に異所性に存在し増生する疾患で、卵巣や仙骨子宮靱帯、直腸膣中隔、ダグラス窩、腹膜などに発生することが多い。生殖年齢女性の1-2%および不妊症女性の3-11%にみられ、主な症状は不妊と月経困難症などの痛みである。鎮痛剤やホルモン療法では効果が不十分な痛みに対して、腹腔鏡下子宮内膜症性嚢胞摘出術、焼灼術、癒着剥離術は効果があるとされている。しかし術後5年での再発率は40-50%とも言われており、また手術療法によって卵巣予備能を低下させる可能性もあり、生殖年齢女性の子宮内膜症に対する手術療法は、未だ議論の中にある。
近年、子宮内膜症と産科合併症のリスク増加についての報告が散見され、前置胎盤や早産、妊娠高血圧腎症やSmall for gestational age(SGA)のリスクが増加すると報告されている。しかし、その詳細は不明で、妊娠前の手術療法やホルモン療法などが、その後の妊娠における産科合併症の発症を減少させるかどうかについても不明である。そこで、今回我々は、子宮内膜症および子宮内膜症に対する妊娠前の手術療法が、母体および新生児に与える影響を明らかにすることを目的に研究を行った。
【対象および方法】
2010年から2017年に名古屋大学医学部附属病院で分娩した症例のうち、22週未満の流産、胎児奇形、多胎を除外した、子宮内膜症のある女性(内膜症群)80例と子宮内膜症のない女性(対照群)2689例について、産科合併症と新生児合併症について比較した。子宮内膜症の診断は、49例が組織学的診断を伴う腹腔鏡検査、27例が超音波検査あるいはmagnetic resonance imaging (MRI)、4例が症状などの臨床診断に基づいて行われた。内膜症群をさらに手術療法の既往のある症例(手術療法群49例; 子宮内膜症性嚢胞摘出術、子宮内膜症病変切除術および焼灼術、癒着剥離術、腸管切除術、膀胱尿管新吻合術など)と、薬物療法または未治療の症例(非手術療法群31例)に分けた。非手術療法群のうち26例は妊娠前に診断されており、前医で超音波検査あるいはMRIで診断された22例と症状から臨床診断された4例からなり、残りの5例は妊娠初期に初めて卵巣子宮内膜症性嚢胞を指摘されて子宮内膜症と診断された。
【結果】
母体背景では、内膜症群では対照群と比べて有意に分娩時年齢が高齢(34. 2 ± 4. 6 vs. 32. 9 ± 5. 2yearsold, p=0. 03)で、初産率が高く(83. 8% vs. 54. 7%, p<0. 01)、生殖補助医療(ART)による妊娠が多かった(28. 7% vs. 12. 8%, p<0. 01)(表1)。
母体転帰については分娩方法や分娩週数に差はなかったが、内膜症群では対照群と比べて分娩時出血量が自然経膣分娩(752 ± 688mL vs. 560 ± 360mL, p=0. 04)と予定帝王切開(1346 ± 675mL vs. 1099 ± 692mL, p=0. 01)で有意に多かった(表2)。母体の産科合併症については、分娩時異常出血(27. 5% vs. 18. 2%, p=0. 04)と前置胎盤(12. 5% vs. 4. 1%, p<0. 01)が、内膜症群で対照群と比較して有意に多くなった。37週未満の早産、妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病、常位胎盤早期剥離について両群に差はなかった(表2)。
新生児アウトカムについて両群に差はなかった(表3)。
前置胎盤についてそのリスク因子について、子宮内膜症、妊娠前Body Mass Index(BMI)25kg/m2以上、分娩時年齢35歳以上、ART、経産について調整し、子宮内膜症は前置胎盤の独立したリスク因子であることが分かった(調整オッズ比, 3. 19; 95% CI, 1. 56–6. 50, p<0. 01)(表4)。分娩時異常出血についてもそのリスク因子について、子宮内膜症、妊娠前BMI25kg/m2以上、分娩時年齢35歳以上、ART、初産、前置胎盤、巨大児(>4000g)について調整し、子宮内膜症それ自体は分娩時異常出血の有意なリスク因子ではないことが分かった(調整オッズ比, 1. 14; 95% CI0. 66–1. 98, p=0. 64)。
手術療法群では、対照群と比較して前置胎盤のリスクが高く(粗オッズ比, 4. 62; 95% CI, 2. 11–10. 10, p<0. 01)、内膜症群全体のリスク上昇と同程度であった。一方、非手術療法群ではそのリスク上昇が見られずに対照群と同程度のリスクであった(粗オッズ比, 1. 63; 95% CI, 0. 19–6. 59, p>0. 05)(表5)。また特に、術後5年以上経過して妊娠した症例においてもリスクが高いことが分かった(粗オッズ比, 5. 92; 95% CI, 1. 65–21. 30, p<0. 01)。
【考察】
今回の研究を通して、子宮内膜症は前置胎盤の独立したリスク因子であることと、妊娠前の手術療法の既往が前置胎盤のリスク増加と関連していることを発見した。本研究では、早産、妊娠高血圧症候群、常位胎盤早期剥離、SGAについては有意なリスク増加はみられなかったが、その理由としてサンプルサイズの違いが原因である可能性や、患者背景、研究デザインの違いなどが原因である可能性がある。本研究は高次施設における管理例を研究対象としており、一般妊婦よりも早産などの合併症発症リスクが高くなっている。そのため、両群間の差が消失した可能性がある。
子宮内膜症合併妊娠において産科合併症が増えるメカニズムについては不明なままである。一部の文献では、子宮内膜症の慢性炎症や癒着、子宮内膜のプロゲステロン抵抗性、血管新生の環境、子宮の過収縮が合併症リスク増加をもたらしているのではないかと推測している(Lalaniら、2018)。前置胎盤のリスク増加は多数の文献で指摘されており、子宮内膜症および子宮内膜症の手術既往のある症例で高くなる(Berlacら、2017)、卵巣や腹膜に病変を有する症例よりも直腸膣病変を有する症例において高くなる(Vercelliniら、2012)、深部子宮内膜症の手術既往のある症例で高くなる(Nirgianakisら、2018)、重症例で高くなる(Fujiiら、2016)などと報告されている。そのメカニズムは依然として不明だが、手術既往のある症例には重症度のより高い症例や破裂等によるコントロール不能の疼痛を持つ症例が含まれている可能性が考えられる。また今回の結果で、術後5年以上経過して妊娠した症例でも前置胎盤のリスク増加がみられた。術後5年での子宮内膜症の再発率は40-50%とも報告されており、子宮内膜症の病態が再発しているためである可能性も考えられる。他には手術操作による癒着が何かしらの影響を及ぼす可能性も考えられる。
本研究の限界として、以下の三点が挙げられる。第一に子宮内膜症の診断は腹腔鏡検査によるものが最も信頼性が高いとされているが、今回症例の約4割が超音波検査、MRI、臨床症状に基づいて診断されているため、結果に影響する可能性がある。第二にサンプルサイズが小さいことがあり、更なる集団での検討を要する。第三に重症度分類に関するデータが不足していたため、重症度と手術既往および前置胎盤のリスク増加の関わりについて調べることができなかった。
【結語】
子宮内膜症は前置胎盤発症の独立したリスク因子である。子宮内膜症合併妊娠の中でも特に、手術療法の既往のある症例や、術後5年以上経過して妊娠した症例において前置胎盤発症のリスクが高くなることが分かった。そのため手術療法の既往のある妊婦を診察する場合には前置胎盤の有無に注意する必要がある。今後の課題として、子宮内膜症病変の部位や手術内容と前置胎盤のリスクに関して、詳細な検討が必要である。