フェムト秒レーザーによる高精度3次元形状加工CAMシステムの開発 (本文)
概要
1.1 序言
材料の除去加工には,古くから切削工具によって材料を除去する加工法が用いられてきた.この切削加工に用いられる工作機械としては,回転する材料に工具刃先を当てて材料を除去する旋盤や,ドリルやエンドミル等の工具を回転させ材料を加工するフライス盤のほか,近年では制御軸数を増やし,複雑形状や自由曲面形状を加工する五軸加工機も主流となってきている.
さらに,工具による除去加工だけでなく,材料に接触することなく除去加工をおこなう非接触加工技術も活用されている.代表的な非接触加工技術としては,高圧ポンプにより加圧された水を噴射することで材料を除去するウォータージェット加工や,電気エネルギーにより材料を溶融・除去する放電加工が挙げられる.
レーザーのエネルギーを用いた除去加工,すなわちレーザー加工も代表的な非接触加工技術のひとつである.光を収束させて照射するレーザー技術は,1960 年にルビーレーザーが開発されたことが発端と言われており,その 5 年後にはダイヤモンドダイスの穴あけにレーザーが使用された[1] .以降,レーザー加工はレーザー技術の発展とともに研究が進められ,1980 年代には自動車製造工程などの量産生産技術にレーザー加工技術が導入されるようになった[2] .今日,レーザー加工は,従来の切削加工では加工が困難であった超硬合金などの難削材やセラミックなど高脆材の微細加工,板金の切断加工に広く用いられている.
レーザー加工の中でも,近年注目を浴びているのが,超短パルスレーザーのひとつであるフェムト秒レーザーを用いた加工である.フェムト秒レーザーによる除去加工は,アブレーションと呼ばれる熱影響が少ない現象によって材料を除去することが可能であることから,熱影響による品質悪化の影響が大きい炭素繊維強化プラスチックなどの加工や,熱影響を最小限に抑えることが要求される超微細加工への適用が期待されている.とくに,近年では小型電子部品の金型や,医療用ステントなどの超微細部品の加工需要が高まっており,フェムト秒レーザーを用いた加工を適用できる可能性がある.
本章では,研究背景としてフェムト秒レーザー技術の変遷と特徴を述べ,産業的に適用されるに至った背景と現状を述べる.さらに,フェムト秒レーザー加工の具体的な加工事例を挙げるとともに,現在のフェムト秒レーザー加工の問題点を記した上で,本研究の目的を示す.
1.2 研究背景
1.2.1 レーザー加工の特徴
レーザーとは,人工的に作られた光の一種であり,指向性と収束性に優れたコヒーレン ト光である.今日,レーザーは社会生活において広く用いられており,レーザーポインタ,光ディスクドライブの読み取り部,バーコードリーダなどの小型電子機器へ搭載されてい る.科学分野においては,対象物との距離を高速に測定するレーザー走査型光波距離計や,共焦点レーザー顕微鏡に応用されている [3][4].
レーザーは収束性に優れることから,エネルギー密度を高くすることで,レーザーが照射される点に高い光エネルギーを集中的に照射することができる.材料にレーザーを照射すると,まず電子がそのエネルギーを吸収し,振動する.その後,電子-格子間にてエネルギー緩和が起こり,材料の温度が上昇することにより,融点を超えると溶融が起きる.したがって,レーザーの光エネルギーを用いて材料を溶融させることで,材料に対してさまざまな加工を施すことが可能となる.材料の溶融をともなうレーザー加工は,大きく分けて接合,付加,除去の三種類に分類される.
レーザーにより溶融した材料を別の材料と接合する手法はレーザー溶接と呼ばれる.レーザー溶接は,レーザーの高パワー密度を利用するため,タングステン-不活性ガス溶接やプラズマ溶接と比べて,狭い幅で深い溶け込み深さを得ることが可能である[5].さらに,材料はレーザーの高エネルギーによって瞬時に溶融することから,高速に溶接することが可能である.また,レーザーの場合はビームの照射範囲が小さく,照射位置も精密に制御できることから,複雑形状部品の溶接にも適用できる[6].レーザー溶接は,自動車製造においてトランスミッションギヤやプーリなどの機構部品や自動車ボディの組立に広く使用されている.
レーザーにより溶融した材料を,別の材料上に付加していく加工法として,補修などで用いられる肉盛り溶接や,三次元形状を造形するアディティブマニュファクチャリング(Additive Manufacturing: AM)があげられる.とくに近年,レーザーのエネルギーにより溶融した金属を付加造形していく,金属 AM の技術が注目されている.この金属 AM の代表的な手法として,金属粉末を敷き詰めたテーブル上に,レーザーを照射して溶融・凝固させ積層していく粉末床溶融結合法(Powder Bed Fusion: PBF)と,溶射のように金属粉末を吐出しレーザーにて溶融・凝固させていく指向性エネルギー堆積法(Direct Energy Deposition: DED)が挙げられる.後者の DED は,近年では積層造形だけでなく,損傷部の補修やコーティングへの活用も期待されている[7].
レーザーによる除去加工は,レーザー照射により溶融した材料をアルゴンガスなどの不活性気体による吐出圧によって除去することで実現される.除去加工にレーザーを用いる利点として次の 3 点が挙げられる.
1. 非接触加工であるため,切削加工のように工具寿命を考慮する必要が無く,接触による材料への反力等も生じない.
2. ワイヤ放電加工など電気エネルギーを用いた加工法が適用できない非伝導材料を加工することができる.
3. 超硬材など切削加工が困難な材料でも加工ができる.
これらの理由から,レーザー加工は板金の切断,超硬工具の加工などの用途に使用されている.
1.2.2 フェムト秒レーザーとアブレーション加工の特徴
レーザー加工において問題となるのが,レーザーのエネルギーによる熱影響である.材料が光エネルギーを吸収し加熱された結果,材料の性質が変化した領域を変質層と呼ぶ.変質層の中でも,熱伝達によって材料が加熱され変質した領域をとくに熱影響層と呼ぶ.熱影響層における材料は完全には溶融していないことから,バリやドロスといった形状で材料に残留し,加工品質を悪化させる.たとえばレーザー切断においては,レーザーを高エネルギー化することでより高速に切断できる反面,熱影響層が拡大するため切断面の精度が低下する[8].したがって,レーザー加工の生産性を高めるために,レーザー加工における熱影響層の発生を抑制することが重要である.
この熱影響層の発生を抑制できるレーザーが,パルスレーザーである.パルスレーザーとは,レーザーの発振波形がパルス状のレーザーである.図 1-1 は連続波レーザーとパルスレーザーの時間当たりのエネルギー投入量を示す.連続波の場合は,レーザーが常に材料へ照射されることから,材料が高いエネルギーを吸収し続けるため,熱影響層の拡大につながる.一方で,パルスレーザーの場合は高いエネルギーのレーザーが短時間だけ照射されることから,材料内に熱拡散が広がる前にエネルギー吸収が終了し,熱影響層の拡大を抑えることができる.すなわち,格子への熱的エネルギー伝播が少ないままで加工が進むため,熱影響層を非常に小さい範囲に抑えたまま,材料を除去することが可能である.
パルスレーザーは,パルス幅の単位によって,ナノ秒レーザー,ピコ秒レーザー,フェ ムト秒レーザーと呼称が分かれている.平均エネルギーが同一である場合,パルス幅が小 さくなるほど,1 パルスが持つピークエネルギーは大きくなる.小さいパルス幅のレーザ ーによる加工では,光の電場によって電子振動が起こり,電子と格子の衝突によって格子 振動が誘発され,格子振動を伴うフォノンが発生することで急速に発熱する[9].その結果,蒸散による材料除去がより高速に起こるようになる.さらにパルス幅がフェムト秒まで小 さくなると,レーザーのパルス幅(フェムト秒)が,材料内で電子・格子間の熱平衡が起 こる時間(ナノ秒)よりも短いために,電子と格子が非平衡状態となり,クーロン爆発に よって材料が液相を経ることなく,非熱的に昇華・除去される現象が起きる.
これら一連の現象はアブレーションと呼ばれる.前者は厳密には液相を経た熱的過程であるのに対し,後者のフェムト秒レーザーによるアブレーションは液相を介さない非熱的過程である.
1996 年にChichkov らは,鉄材料にフェムト秒レーザーを照射して除去加工をおこなうことで,固体材料の微細加工に対するフェムト秒レーザーの有意性を示した.図 1-2[10]は,厚さ 100 µm のスチール箔に対して,ピコ秒レーザーとフェムト秒レーザーでそれぞれレー ザー照射を行った結果を示している.アブレーションによる加工は,図 1-2(b)に示すよう に熱影響層が非常に小さく,バリレスな穴開けが適用されている.この実験結果から,フ ェムト秒レーザー加工が持つ独自の特徴として,非熱的な加工が注目されるようになった.
図 1-1 連続波(continuous wave, CW)発振とパルス発振の違い
図 1-2 ピコ秒レーザー加工およびフェムト秒レーザー加工による加工品質の比較[10]
1.2.3 フェムト秒レーザーによるアブレーション加工の応用例
以上に述べた特徴から,フェムト秒レーザー加工は産業分野への活用が期待されており,応用例も報告されている.
前述の通り,フェムト秒レーザーによる穴あけ加工は,熱影響が少ないことから研磨や バリ取り等の後工程なく微細な加工をおこなうことが可能である.自動車部品においては,直噴インジェクションバルブにおける噴射穴の穴あけ加工があげられる.Yang らは,チタ ン酸ジルコン酸鉛(PZT)を用いた光学系を応用したフェムト秒レーザーによる微細穴あ け加工技術を開発し,図1-3[11]に示すように,ディーゼルエンジンのインジェクタに0.2 µm の穴を 6 つ開ける実験を行った.この手法は,従来でよく用いられていた放電加工に比べ,高精度かつバリがなく,表面粗さも良好な加工穴が得られるという利点がある.
フェムト秒レーザーによって材料表面にパターニング加工を施すことにより,様々な特性を持たせる研究も進められており,部品への機能付加技術として注目されている. Bonse らは,チタンアルミ合金(Ti6Al4V)の表面に,図 1-4[12]に示す大きさ 10 µm 程度の三日月形状のパターニングをフェムト秒レーザーにて施し,パターニング後の表面の摩擦係数を測定したところ,図 1-5[12]に示すように研磨面に比べて大幅に低い摩擦係数が得られることを発見した.その他にも,微細周期構造と呼ばれる構造を材料表面にパターニングする手法も広く研究されており,これらはコーティングやメッキをすることなく,材料に親水性や疎水性を付与することが可能である[13].
さらに,近年の電子部品の小型化や微小機械部品(MEMS)の需要の高まりから,マイクロ部品の型彫り加工の需要も高まっている.図 1-6[14]に示すように,Penchev らは,真鍮にフェムト秒レーザーで型彫り加工をおこない,レーザーの位置決めに用いるスキャナの慣性を補正するシステムを用いることで,公称値の±10 µm に収まる誤差で,均一な深さを持つ形状の型彫りに成功している.
図 1-3 ディーゼルエンジンインジェクタへの穴あけ加工[11]
図 1-4 フェムト秒レーザーによるパターニング加工[12]
図 1-5 研磨面,微細周期構造,パターニング表面の摩擦係数の比較[12]
図 1-6 フェムト秒レーザーによる型彫り加工事例[14]
1.2.4 フェムト秒レーザーによるアブレーション加工経路計算手法と問題点
前項にて述べたアブレーション加工のうち,穴あけやパターニングには専用の加工経路計算手法が組み込まれたソフトウェアが市販されている.一方で,型彫り加工には,図 1- 7(a)に示すような 2.5 次元の加工経路が用いられている.2.5 次元加工経路は,所要形状である三次元形状を一定の高さごとに抽出し,各層の形状をレーザースキャニングによって除去する経路として算出される.前項に示した図 1-6 の加工事例も,2.5 次元加工経路により加工された形状である.
2.5 次元加工経路による加工には,3 次元加工形状を高精度に加工することが困難という問題点がある.切削工具の移動軌跡により除去形状が一意に定まる切削加工と異なり,レーザー加工において除去される形状は,レーザーのパルスエネルギーなどの照射条件や材料の照射面の状態によって変化する.現在主流の 2.5 次元加工経路は,加工経路生成時に
アブレーションによる 3 次元除去形状が同定されておらず,加工誤差が考慮されていない.フェムト秒レーザーで創成される形状の精度を向上するために,フェムト秒レーザーが照 射された際に起こるアブレーションによる 3 次元除去形状を同定する必要がある.
2.5 次元加工経路は,その性質上,材料に対して垂直にレーザーを照射する場合の加工しか考慮しておらず,レーザーの照射角度を調整した場合の加工には対応していない.その結果,ガウシアン分布のレーザーを用いた場合,図 1-7(a)に示す側面部のような傾斜角度が 90°に近い立壁を有する 3 次元形状を加工することは困難であり,図 1-7(b)に示すような削り残し(アンダーカット形状)が生じる.したがって,さらなるアブレーション加工の高精度化のためには,加工後のアンダーカット形状を追加工する技術が必要となる.
エネルギー密度分布がトップハット形状のレーザーを用いた場合,レーザーが照射される範囲内に一定のエネルギーが照射されることから,加工形状もより矩形に近い形状が得られる[15].しかし,トップハット形状も完全な矩形ではないことから,加工が可能な傾斜角度には限界があり,とくに微小な 3 次元形状においてはガウシアンビームと同様のアンダーカット形状が生じる.また,トップハット形状を得るためには光学系に適切なビームシェイパーを追加する必要があり,レーザー発振器から出力されたガウシアンビームをそのまま加工に用いることが望ましい.
ガウシアンビームを用いる場合,レーザーの照射角度を変更してアンダーカット形状を除去する方法が考えられる.貫通穴開け加工においては,レーザーの照射角度を調整し,穴側面の角度精度を向上する加工法が開発されている[16], [17].しかし,3 次元除去形状が同定されていないことから,最適な照射角度は試行錯誤により決定されている.型彫り加工においても同様で,とくに隅部など加工が不要な箇所への過加工を防ぐ必要があるため,照射角度を変更した場合の最適な加工経路と加工条件を導出することは困難である.
MEMS や小型電子部品の金型など,フェムト秒レーザーによる微細な 3 次元形状の高精度加工需要は高まっており,前述の傾斜角度が 90°に近い側面部の加工も強く求められている.5 軸制御可能なガルバノスキャナや,5 軸レーザー加工機が市場に流通し始めている一方で,その機能の適用性は曲面形状へのパターニングなどに限定されており,微細な 3次元形状を高精度に加工するためのシステムは提案されていない.
以上に述べた問題点を解決するためには,アブレーションによる 3 次元除去形状を同定する計算モデルと,その 3 次元除去形状にもとづく加工経路生成手法が必要である.さらに,3 次元除去形状と加工経路から得られる加工形状を精度良く予測し,所要形状と加工形状の差であるアンダーカット形状に対して,追加工経路を算出できる計算モデルが必要である.
図 1-7 2.5 次元加工経路と得られる加工形状
1.3 本研究の目的
本研究の目的は,フェムト秒レーザーによるアブレーション加工を対象に,2.5 次元加工経路では不可能であった,高精度な 3 次元形状の効率的な創成を可能とする CAM システムの開発である.
はじめに,アブレーションによる 3 次元除去形状を同定する計算モデルを構築し,加工経路に対して得られる加工形状をコンピューター上で予測するシミュレーションモデルを開発する.そして,得られた 3 次元除去形状をフェムト秒レーザー加工における仮想的な工具形状と仮定し,この仮想工具形状にもとづく 3 次元加工経路計算手法を構築する.さらに,加工形状予測シミュレーションと加工経路計算手法を組み合わせることで,アンダーカット形状をシミュレーションにより予測し,レーザーの照射角度を変更してアンダーカット形状を除去する加工経路を計算する手法を提案する.本手法の有用性は,所要形状に対して従来の 2.5 次元加工経路および提案手法により計算された 3 次元加工経路にて加工をおこない,所要形状に対する加工形状の誤差を比較して検証する.
1.4 本論文の構成
本論文は本章を含む 5 章から構成される.
第 1 章では,レーザー加工の概説からフェムト秒レーザー加工の特徴と活用事例を説明し,フェムト秒レーザー加工が抱える問題点を指摘した上で,本研究の目的を述べる.
第 2 章では,フェムト秒レーザーの技術背景として,パルスレーザー発振技術とレーザー加工に用いられているレーザーの種類について説明する.そのうえで,フェムト秒レーザー加工において起きるアブレーションとインキュベーション効果の詳細を説明し,これらの現象をモデル化する手法について説明する.さらに,現在レーザー加工に使用されている CAM について説明する.
第 3 章では,アブレーションにより除去される 3 次元形状を仮想工具形状として同定する手法と,加工形状を予測するシミュレーションモデルについて述べる.とくに,既存の計算手法に対する高精度化と,計算用いるパラメータをオンマシン計測器により自動的に計測・計算する手法を提案する.
第 4 章では,第 3 章にて同定された仮想工具形状にもとづく 3 次元加工経路の計算手法を述べる.また,算出された加工経路に対して,第 3 章にて構築した加工形状予測シミュレーションによりアンダーカット形状を予測し,アンダーカット形状を除去する追加加工経路を算出する手法を提案する.3 次元所要形状に対し,従来の 2.5 次元加工経路と提案手法により得られた 3 次元加工経路を用いて加工をおこない,提案手法が 3 次元形状の高精度加工に有用であることを示す.
第 5 章では,本研究の成果をまとめ,結論と今後の展望を述べる.