細胞外分泌されたPKCδの受容体同定と肝がん形成における役割 (第137回成医会総会一般演題)
概要
肝がんは世界のがんにおける死因の第4位であり,予後不良の疾患である.他のがん種と比べると,決定的な治療標的分子が明らかになっていないという特徴がある.肝がんにおいては,新しい病態概念に基づく分子標的薬の開発が急務である.これまでPKCδは細胞死・細胞増殖に関わる細胞内シグナル伝達分子として知られてきた.PKCδは分泌シグナル配列を持たないことから,細胞外には分泌されないと考えられてきた.近年我々は,PKCδが未知の分泌経路を介し,肝がん細胞株で特異的に分泌される現象を見出した.また,細胞外に分泌されたPKCδが細胞膜表面に局在し,細胞内のシグナル伝達分子を活性化して細胞増殖を促進することが分かってきた.この細胞増殖は抗PKCδ抗体により抑制されることが分かり,抗体医薬の候補として考えられ,特許を取得済みである.PKCδは肝がん患者の血中で高濃度に検出されることから,新規腫瘍マーカーとしての開発も進めている.一方で,細胞外のPKCδが細胞内シグナルを活性化させるメカニズムは未だに不明である.そこで我々は,細胞外PKCδの受容体を同定し,肝がん形成における役割を明らかにすることを目指している.本研究では,細胞外PKCδが MAPK を活性化することから,MAPK シグナルの上流分子であるチロシンキナーゼ型受容体が関与していると仮説を立てた.リン酸化チロシンキナーゼ型受容体抗体アレイにより網羅的な解析を行ったところ,PKCδの受容体候補としてEGFR が検出された.免疫沈降法により,PKCδがEGFR の細胞外ドメインと相互作用することが分かった.さらに近接ライゲーションアッセイにより,細胞外PKCδと EGFR の相互作用を可視化するシステムの構築も行った.現在,さらなる生化学的解析や肝がん組織を用いた臨床病理学的な解析を進めている.以上の結果から,細胞外PKCδは EGFR と相互作用し,増殖シグナルを活性化することで,肝がん細胞増殖を促進することが示された.本研究により,PKCδは新しい細胞生物学的機序により肝がん形成に寄与することが示唆された.今後,細胞外PKCδを治療標的とする新規分子標的薬の開発への応用が期待される.