Staphylococcus aureusに対するゲムシタビン (dFdC) の抗菌活性機序の解明とdFdC耐性獲得に伴う代償の検討
概要
【研究目的】
薬剤耐性菌、特に多剤耐性菌の出現と劇的な拡大に伴う重症例や死亡例の増加は世界的な課題であり、耐性菌が出現または蔓延しにくい新しい作用機序を有する抗菌薬の開発が必要である。これまでに、細菌が薬剤耐性因子を獲得するために代償を伴う場合があることが報告されている。主な代償は2つ、すなわち、1)増殖速度や病原性の低下などの環境適応の負荷を伴う場合(適応コスト)、2)ある薬剤に対する耐性獲得が別の薬剤に対する感受性を高める場合(付帯感受性)である。過去に所属研究グループは、ピリミジン誘導体がメチシリン感受性および耐性黄色ブドウ球菌(MSSA, MRSA)に対しチミン飢餓死(thymineless death)を誘導し、抗菌活性を発揮することを示した。また、ゲムシタビン(dFdC)が他のピリミジン誘導体と異なりチミン飢餓死以外の機序で抗菌活性を発揮することを示唆する結果を得た。
本研究では、dFdCの標的タンパクの同定および作用機序の解明とMSSAのdFdCに対する耐性獲得機序の解析を目的とし、薬剤耐性菌の蔓延を阻止する新たな抗菌薬開発に資する基盤構築を試みた。
【研究方法】
本研究では、以下の5つの実験を行った。1)Invitroセレクション法を用いてdFdC耐性MSSA変異株を誘導した。2)他のピリミジン誘導体および既存抗菌薬のdFdC耐性MSSA変異株に対する抗菌活性を評価した(交叉耐性と付帯感受性の検討)。3)dFdC耐性MSSA変異株の全ゲノム解析を実施し、薬剤耐性関連変異と標的タンパクの同定を試みた。4)dFdC耐性MSSA変異株とMSSA標準株の増殖能の比較と両者の競合試験を実施し、耐性獲得における適応コストを検証した。5)ピリミジン代謝酵素の発現量をmRNA量の測定により検討した。
【研究結果と考察】
dFdC耐性MSSA変異株ではデオキシシチジンリン酸化酵素(deoxycytidine kinase; dCK)およびMarR familyの遺伝子上に塩基置換が確認された。特に、dCKに導入された変異はdCKの活性を大きく損なわせる変異であり、MSSAがdFdCの一リン酸化阻害という耐性獲得機構を持つことを示した。また、dFdCに対する耐性獲得が5-fluoro-2’-deoxycytidine(5-FdC)に対する感受性向上を誘起していた。さらに、dFdC耐性MSSA変異株では増殖能の劇的な低下が確認された。すなわち、dFdCに対する耐性獲得には、5-FdC間での付帯感受性と高い適応コストを伴うことが示された。実際、MSSA標準株とdFdC耐性MSSA変異株を混在させて増殖競合試験を行った結果、48時間後にはdFdC耐性MSSA変異株の割合が顕著に低下し、MSSA標準株の割合が上昇するという結果を得た。これらの結果から、dCKを標的とした薬剤は耐性菌が蔓延しにくい新たな作用機序を有する新規抗菌薬となる可能性が示された。
【結論】
本研究により以下の3点が明らかとなった。1)dFdCはdCKを標的とする。2)dCKを標的とする抗菌薬は、細菌が耐性を獲得するために高い適応コストを必要とし、3)5-FdCなどの他のピリミジン誘導体に対して付帯感受性を示す。本成果より、dCKをはじめとした細菌の代謝酵素を標的とする化合物に対し細菌は薬剤耐性を獲得する際に高い代償を伴うことから、このような薬剤の開発は薬剤耐性菌の蔓延を防ぐ有効な手段となると考えられる。