イネにおける窒素環境への順化応答に関する研究
概要
本研究では、イネ(Oryza Sativa L.)の窒素順化機構を解明するため、生育期間を通した窒素環境変動に対する応答や、前世代の窒素環境が次世代の生育に及ぼす影響について、作物生理学的および分子生物学的に解析した。
始めに、幼苗期から分げつ期までの窒素条件として、対照区および低窒素区(対照区の1/3)の2処理区を設け分げつ期以降は慣行の施肥条件(分げつ肥、穂肥)に戻し、生育初期の窒素環境がその後の生育に及ぼす影響について調査した。その結果、草丈および地上部乾物重は、低窒素区において分げつ期まで対照区に比べ有意に小さく推移したが、出穂期において有意差は認められなかった。一方、地下部乾物重は、生育期間を通して低窒息区において有意に小さくなった。また、地上部の窒素含量は、低窒素区において、分げつ期に有意に低く出穂期に違いは認められなかったが、地下部の窒素含量は、分げつ期には有意な差はみられず出穂期以降において有意に低く推移した。以上の結果から、生育初期の低窒素条件により、分げつ期以降の地上部、地下部において窒素応答性が変化することが示唆された。そこで、窒素吸収に関わるアンモニアおよび硝酸トランスポーター遺伝子の発現を調査した。その結果、分げつ期において、その発現量に有意な処理区間差はみられなかったが、出穂期以降の根において、複数のアンモニウムトランスポーター遺伝子の発現が対照区より低窒素区において高かった。以上の結果から、イネの生育期間を通した窒素吸収は幼苗期の窒素環境に影響され、特に地下部において窒素輸送遺伝子の発現を調節することで、地上部の生育を維持すると考えられた。
次に、前世代の窒素環境が次世代の生育へ及ぼす影響について、慣行施肥を対照区とし、低窒素区、高窒素区において栽培された収穫された種子を用いて次世代の植物体の生育調査を行った。その結果、肥培管理を一度経験した第1世代の種子は、生育期間を通じて生育に変化は認められなかった。しかしながら、同様の肥培管理を2度経験した第2世代および3度経験した第3世代では、低窒素条件で栽培された種子において、幼苗期の地上部および地下部の乾物重が対照区に比べて大きくなった。また、幼苗期における窒素輸送遺伝子の発現は、低窒素種子において、根におけるアンモニウムトランスポーターの発現が有意に高かった。さらに、この発現様式の原因の一つとして、アンモニウムトランスポーターのプロモーター領域におけるDNAメチル化が低窒素条件により低くなることが明らかとなった。以上のことから、イネは生育期間における窒素環境を巧みに制御し、世代内での順化調節を行うと同時に、エピジェネティックな制御を介して次世代へ影響を及ぼすことが示唆された。