松本圏域における精神保健福祉法の規定による申請・通報事例に関する調査研究 8年間の申請・通報等処理状況からの分析
概要
Shinshu Journal of Public Health Vol. 18 No. 1, August 2023
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松本圏域における精神保健福祉法の規定による申請・通報事例に関する調査研究
8 年間の申請・通報等処理状況からの分析
長瀬有紀(長野県松本保健福祉事務所)
キーワード: 精神保健福祉法、23 条通報、精神科救急
要旨:精神保健福祉法に基づく申請・通報のうち、第 23 条通報の増加による保健所の負担が増加し
ていることから、過去 8 年間の第 23 条通報対象者の基本情報や保健所の対応について分析を行った。
前期(平成 27-30 年)と後期(令和 1-4 年)の比較では、対象者の基本情報に顕著な変化はないものの、
10 代の者の割合や発達障害を含む F8(ICD 分類)群の増加がみられていた。また、疾患群により措
置入院となる割合に差が認められ、適正な措置入院に関する事務の継続とともに、地域における関連
機関の連携による支援体制整備についても、今後検討が必要と考えられた。
A.目的
年齢、性別、同居家族の有無、精神科受診歴
保健所では、精神保健福祉法第 22 条から第 26
(受診継続中、受診中断、受診歴無し)
条までの規定による申請・通報または届出に基
3)第 23 条通報対象者への保健所の対応(②③)
づく措置入院に関する事務を患者の人権に最大
措置診察の必要性の判断、精神保健指定医に
限配慮しながら行っているが、申請・通報件数
よる診断及び措置の要否判断、患者処遇の状況
は年々増加傾向にある。中でも、警察官による
(措置入院、医療保護入院、任意入院、帰宅)
第 23 条通報が増加傾向にあり、保健所への負担
(統計分析)
が増している。
通報対象者のうち、措置対応を行った者の割合
そこで、第 23 条通報事例の状況を集計・分析
について、医療的対応が主となる疾患(F2,F3,F4)
し、通報増加の要因を検討するとともに、今後
群とその他の疾患群でχ2 検定を用いて比較を行
の対応について考察を行うことを目的とした。
った。統計学的有意水準は、p<0.05 とした。
B.方法
C. 結果
直近 8 年間の申請・通報事例における対象者
1)通報件数
の状況及び保健所の対応について調査し、平成
第 23 条通報件数は、平成 27 年度(45 件)に
27-30 年と令和 1-4 年の状況を集計し比較分析する。
比べると令和 4 年度(69 件)では増加していた
(調査対象)
が、令和 2 年度以降はほぼ横ばいであった(68 件、
平成 27 年度から令和 4 年度までに、松本保健
66 件、69 件)。
福祉事務所で受理した精神保健福祉法第 23 条に
2)第 23 条通報対象者の基本情報
よる通報事例
性別は、前期・後期ともに男性は約 55%で、
(調査方法)
男女比に概ね変化はみられなかった。年代では、
以下の書類の記載事項から調査項目について、
10 代の割合が後期でやや増加していたが(前
集計・分析を行った。
期 6.6%、後期 8.5%)、その他の年代では大きな
①業務概況書 ②措置入院のための事前調査票
変化は認められなかった。同居家族の状況では、
③措置入院に関する診断書
後期で同居者有の者の割合が高かった(63.8%、
(調査項目)
70.0%)。精神科の受診歴については、大きな変
1)通報件数(①)
化は認められなかった。
各年度での第 23 条の通報件数
3)第 23 条通報対象者への保健所の対応
2)第 23 条通報対象者の基本情報(②③)
① 措置診察の必要性の判断
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信州公衆衛生雑誌 Vol. 18 No. 1, August 2023
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診察不要とした事例は前期3件、後期2件で
にある。松本圏域における通報数の増加は、そ
あり、多くの事例で措置診察が必要と判断して
うした精神疾患を有する患者数増加を背景とし
おり、大きな変化は認められなかった。
ている可能性がある。一方、年代や疾患群での
② 精神保健指定医による診断(ICD 分類)
比較において、10 代の者の割合や F8 群と診断さ
前期・後期ともに、F2(統合失調症)が最も
れた者の割合が増加しており、今後の動向を注
多く約半数を占めていた(前期 49.7%、後期 48.1
視していく必要がある。
%)。次いで F3(気分障害)(15.5%、12.9%)、
保健所の対応については、措置診察事例に対
F4(神経症性障害)(11.4%、9.8%)であった。
する精神保健指定医の要措置診断率は軽度増加
F3、F4 疾患群では、後期での全体に占める割合
傾向にあり、医療の要否判断の観点では適切な
は減少傾向であった。後期で割合が増えていた
対応が行われていると考えられた。
疾患群は、F6(成人の人格及び行動の障害)(4.1
また、医療的対応が主となる疾患(F2,F3,F4)
%、5.4%)、F7(知的障害)(3.1%、4.7%)、F8
群とその他の疾患群とでは、措置入院となる者
(心理的発達の障害)(2.6%、6.2%)、F9(小児
の割合に有意な差が認められたことから、今後
期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障
は、F2,F3,F4 群以外と診断された患者への対応
害)(1.0%、2.3%)であった。特に F 8群での
について振り返りを行い、通報前相談や入院外
増加が目立っていたが、複数回通報対象者の割
医療等の関連機関の連携による支援体制の中で
合は低かった。
の対応について検討し、関連機関と共有してい
③ 精神保健指定医による措置の要否判断
く必要があると考えられた。
措置診察事例に対する要措置率は、後期で高
E.まとめ
かった(前期 70.5%、後期 78.7%)。
近年の第 23 条通報増加は、精神疾患患者数の
④ 患者処遇の状況
増加が一因となっている可能性があり、措置入
通報対象者のうち措置入院となった者の割合
院に関する事務を継続するとともに、必ずしも
は、前期 69.4%、後期 78.1%と増加していた。一
入院による治療を要さない事例に対応するため、
方で、医療保護入院、任意入院と帰宅となった
関連機関の連携による支援体制の構築に取り組
者の割合は、それぞれ減少していた。
む必要があると考えられた。
4)F2,F3,F4 と診断された群とその他の診断群
F.利益相反
での措置入院の割合の比較
利益相反なし。
F2,F3,F4 群 で の 措 置 入 院 者 と 措 置 入 院 以 外
G.文献
の処遇となった者の割合とその他の疾患群で
地域で安心して暮らせる精神保健医療福祉体制
1)
の構築に向けた検討会 報告書(参考資料)
の 割 合 を 比 較 し た と こ ろ、 前 期、 後 期 と も に
F2,F3,F4 群では措置入院となった者の割合が高
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/
000949217.pdf
く、有意な差が認められた(p<0.01)。
D.考察
近年増加傾向にある 23 条通報についての分析
では、対象者の性別・年代、精神科の受診歴や
疾患群についての大きな変化は、認められなか
った。厚生労働省による患者調査によれば、精
神疾患を有する患者数は増加傾向にあり(平成
14 年 223.9 万人→平成 29 年 389.1 万人)1)、長野
県においても、自立支援医療受給者は増加傾向
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