Impact of maternal odontogenic infection of Porphyromonas gingivalis on brain of mouse offspring
概要
学
位
論
文
Impact of maternal odontogenic infection of
Porphyromonas gingivalis on brain of mouse
offspring
(母親の Porphyromonas gingivalis 歯性感染が仔の
脳組織に与える影響)
石田
えり
広島大学大学院医歯薬保健学研究科医歯薬学専攻
先端歯科補綴学研究室
2021 年度
(主指導教員:津賀
一弘教授)
【緒言】
歯周炎の主な病原因子である Porpyhyromonas gingivalis (P.g.)は,全身疾患との関連性
が多く報告されており,全身の健康状態に影響を及ぼすことが分かってきた。その中でも,
P.g. が子宮内感染を引き起こす可能性があることが示唆されており,子宮内感染・炎症に
さらされた胎児は脳神経障害を有するリスクが高く,在胎日数に関係なく脳神経障害を引
き起こす。また,近年,アルツハイマー病(AD)患者の脳内に P.g. が検出され,認知機能
に悪影響を及ぼしていることが分かった。
これらの知見から,歯周炎妊婦では,歯性感染病巣から P.g. が胎盤を介して仔の脳に移
行し,仔の認知機能や学習機能に影響を及ぼす可能性があると考えた。しかしながら,母体
の P.g. が胎盤を介して仔の脳に移行し,脳神経障害を誘導する可能性やメカニズムについ
ては未だ明らかでない。本研究の一つ目の目的は,Miyauchi らが確立した P.g. 歯性感染妊
娠マウスモデルを用いて母親マウスの P.g. 歯性感染が仔マウスの行動や脳組織に与える影
響を検討することである。
また,P.g. の主要な病原因子の一つであるジンジパインは AD 患者の海馬において検出
されている。in vivo においてもマウスに対して P.g. を経口投与すると脳内に P.g. が侵入
し,TNF-α やアミロイド β が増加することが分かっている。また,ジンジパイン阻害薬
の経口投与がジンジパイン誘導性の神経変性を抑制し,脳内の P.g. の量を有意に減少させ
ることが報告されている。さらに,AD 患者を対象としたジンジパイン阻害薬の治療効果に
関する臨床研究も行われている。以上のことから,本研究の二つ目の目的は,ジンジパイン
阻害薬(GIX)が P.g. 歯性感染誘導性の早産および仔の脳組織障害に与える改善効果を検
討することとした。
【材料・方法】
実験 1:P.g. W83 株(10⁸ CFU)を 5 週齢雌性 C57BL/6J マウスの上顎両側第一臼歯歯髄か
ら感染させ 6 週後,交配を開始し,産まれた仔マウスを P.g. 群とし,非感染マウスから産
まれた仔マウスを対照(Cont)群とした。生後 44,45 日目に受動的回避試験を実施後,脳
組織を回収した。脳の PLP 固定パラフィン標本を作製し,Nissl 染色および免疫組織化学染
色にて組織学的評価を行った。また,海馬から total RNA を抽出し,Real-time PCR にて IL6 mRNA の発現量を検討した。なお,解析には在胎期間の脳発達への影響を排除するため,
在胎日数 20 日程度の仔マウスを使用した。
実験 2:Cont 群,P.g. 群および GIX を投与した P.g.+GIX 群の 3 群を作成した。P.g. 感
染から 3 週後より,Cont 群および P.g. 群の母親マウスには PBS,P.g.+GIX 群には GIX
(20 mg/kg/day)を出産するまで毎日皮下注射にて投与した。実験 1 と同様に生後 44,45
日目で仔マウスの評価を行った。
【結果】
実験 1:仔マウスの脳重量および体重に有意な差は認めなかった。受動的回避試験の結果よ
り P.g. 群では明室に留まる時間が有意に短く(P < 0.05),恐怖体験の記憶異常が認められ
た。免疫組織化学的に P.g. 群の脳内に P.g. の免疫局在を確認した。P.g. 群では海馬にお
ける錐体細胞数が有意に減少し,特に CA3 領域では萎縮変性を示す錐体細胞が増加すると
ともに,錐体細胞間には太く長い突起を有する活性化グリア線維性酸性タンパク質(GFAP)
陽性アストロサイトが増加し,GFAP 陽性面積率が有意に増加した(P < 0.05)
。また,記
憶の形成に重要とされる転写因子,cAMP 応答配列結合タンパク質(CREB)陽性細胞数は
P.g. 群で減少傾向を示し,CA3 領域で有意に減少した(P < 0.05)。また,IL-6 mRNA の
発現量は P.g. 群で有意に増加した。一方,P.g. 群の大脳皮質では,イオン化カルシウム結
合アダプター分子 1(Iba-1)陽性ミクログリアが有意に増加し (P < 0.01)
,突起の短いマ
クロファージ様ミクログリアが多く観察された。また,扁桃体においても錐体細胞数ならび
に CREB 陽性細胞数は P.g. 群で有意に減少した(P < 0.01)
。
実験 2:各群の在胎日数の平均は,Cont 群 19.8 日,P.g. 群 19.1 日,P.g.+GIX 群 20.4 日
であり,GIX 投与は P.g. 歯性感染による早産を有意に改善した(P < 0.01)
。P.g.+GIX 群
の根尖部には P.g. の供給源となる歯根肉芽腫が残存しており,原病巣の根治は GIX 投与の
みでは不十分であった。受動的回避試験では,P.g. 群は明室に留まる時間が有意に短く,
恐怖体験記憶に対する異常を認めたが,P.g.+GIX 群で Cont 群と同程度まで改善された(P
< 0.05)
。免疫組織化学的に P.g.+GIX 群の脳内に P.g. の局在はほとんどみられなかった。
また,P.g. 群の海馬において錐体細胞数が有意に減少し,萎縮変性を示す錐体細胞が確認
されたが,P.g.+ GIX 群でこれらの変化は軽減した。さらに,GIX 投与は P.g. 群でみられ
た GFAP 陽性アストロサイト面積率の増加傾向を Cont 群と同程度に減少させた。また,
P.g.+GIX 群は P.g. 群の CA3 領域で見られた CREB 陽性細胞数の減少には影響しなかっ
た。IL-6 mRNA の発現量は P.g.群で有意に増加し(P < 0.01)
,P.g.+GIX 群では P.g. 群
に比較して減少を認めた。一方,大脳皮質において P.g. 群で Iba-1 陽性ミクログリアが有
意に多くなったが,P.g.+GIX 群は Cont 群と同程度まで減少した(P < 0.01)。
【結論】
P.g. 歯性感染母親マウスから産まれた仔マウスは P.g. が脳に侵入し,海馬では錐体細胞や
CREB 発現細胞の減少を伴う神経変性が起こる一方で,大脳皮質では軽微な神経炎症が起
こることで認知機能が低下する可能性が示唆された。また,P.g. の病原因子の一つである
ジンジパインが P.g. 歯性感染誘導性早産や仔の脳神経障害に関わる主要な因子の一つであ
ることが示唆された。