Assembly of Densely Oxygenated Carboskeletons Utilizing Radical Addition to Carbon-Heteroatom Double Bonds
概要
【序】高酸化度炭素骨格を有する天然物の多くは、多様な生物活性を有する。例えば、ポリオキシンJ (1a, Scheme 2)1)は抗真菌活性を、ヒキジマイシン(2, Scheme 3)2)は、駆虫・抗菌活性を持つ。それゆえ、それらの効率的な合成法の確立は、創薬上極めて重要である。炭素ラジカル種を介した炭素–炭素(C–C)結合形成反応は、温和な中性条件下、高化学選択的に進行するため、高酸化度天然物の合成研究へと適用できる。このような背景から当研究室では、α-アルコキシアシルテルリド 3 を用いた脱一酸化炭素型C–C 結合形成反応を開発した(Scheme 1)3)。すなわち、1 に対して室温・空気雰囲気下、Et3B を作用させると、脱一酸化炭素を経て求核的なラジカル種 4 が生じる(方法 A)。4 は、求電子的なオキシム 5 と反応し、C=N 結合付加体 6 を与える。一方、3 由来の 4 を脂肪族(方法 B)・芳香族(方法 C)のアルデヒド 7 で補足するC=O 結合への付加反応は、未だ報告されていない。しかし、方法 A に加えて、方法 B, C が実現できれば、より多様な高酸化度天然物の収束的合成が可能となる。本論文では、方法B, C の開発、および方法 A,B を用いた高酸化度天然物の合成研究を展開した。以下に詳細を述べる。
【1. 方法 A を用いた、ポリオキシンのフッ素化人工類縁体 1b/c の統一的全合成】
私は、フッ素原子の特異な性質に起因するフッ素化誘導体の、医薬品としての高い潜在性に着目し、1a のフッ素化人工類縁体である 1b/c を設計した。その上で、構造活性相関研究への量的供給を狙い、方法A を鍵 C–C 結合形成反応とする、1b/c の収束的全合成を達成した(Scheme 2)。すなわち、核酸塩基上 5 位に異なる置換基を有するアシルテルリド 9b/c と不斉補助基を有するオキシム 10 を、方法A を用いて、C4’–C5’結合を形成するように連結した。この際、反応性の高い核酸塩基を損なうことなく、付加成績体 11b/c を所望の 5’S 立体化学選択的に得た。5’S-11b/c に対する、カルボン酸 12 (C1”-C5”フラグメント)のアミド縮合による連結と、5”位酸素官能基のカルバモイル化を含む 7 工程の変換を経て、1b/c の全合成を達成した。共同研究者により、1c が天然物同様の抗真菌活性に加えて、薬剤耐性菌を含めたグラム陽性菌活性を持つことが明らかになった 4)。
【2. 方法 B の開発および 2 の合成研究】
2-1 概要: 1 の C1 位核酸塩基および O6 位六炭糖を合成終盤に導入することとすると、10 連続不斉中心(C1-C10)を有する第 2 級アルコール 13 に逆合成できる。反応の中間体としてイオン化学種を多用する従来の合成戦略に基づくと、13 は炭素アニオン 15 のアルデヒド 14 への分子間付加により合成できる (Scheme 3a)。しかし、15 のような炭素骨格が高度に酸化されたアニオン種は、化学的に不安定であり、C5 アニオンに隣接する N4-Phth 基のβ脱離を経るグリカール 16 の生成が予想される。これに対して、α-アルコキシ炭素ラジカル 17 は、隣接する酸素原子上の非共有電子対との相互作用を受けるため、比較的安定な化学種である。それゆえ、17 の 14 への分子間ラジカル付加(方法 B)により、13 へと導ける(Scheme 3b)。
しかし一般的に、炭素ラジカル 4 の脂肪族アルデヒド 7 への分子間ラジカル付加(方法B)は、実現困難である (Scheme 4a)5)。これは、付加により生じた不安定なオキシルラジカル 19 から 4 への逆反応が優先するためである。私は、当研究室が開発したα-アルコキシアシルテルリド 12 を前駆体とするラジカル反応を応用することで、本反応様式を用いた高酸化度炭素骨格構築の実現に挑んだ (Scheme 4b)。すなわち、ラジカル開始剤として酸素/Et3B 存在下 3 は、アシルラジカル 21 を経て、安定なα-アルコキシ炭素ラジカル種 4 となる 3)。私は、4 のアルデヒド 7 への付加により生じた不安定なオキシルラジカル 19 が、Lewis 酸性を有するEt3B により速やかに捕捉され、安定なホウ素アルコキシド 22 に導かれると考えた。22 の後処理により、所望の第 2 級アルコール 20 を得る計画である。
2-2 モデル検討による方法 B の実証: 上記計画の妥当性を検証するため、ラジカル前駆体のモデル基質として 3a を用いて、脂肪族アルデヒド 7a への分子間付加を試ることで、方法 B の実現を目指した(Scheme 4c)。種々条件検討の結果、-30 °C にて反応を実施した際、所望の第 2 級アルコール 20aa を 40%の収率で得た。
2-3 ヒキジマイシン(2)の合成計画: 新たに開発した本ラジカル付加を、2 の合成研究へと展開した。合成計画を Scheme 5 に示す。すなわち、5 炭素ユニット(C1-C5)から成るα-アルコキシ炭素ラジカル 17 (Scheme 3)の前駆体として、種々のC1 位アセタール置換基X を有するα-アルコキシアシルテルリド 23 を設計する。ラジカル受容体として、O7-O10 位を剛直な 6/6-cis 縮環ビスアセトニドで保護した、6 炭素ユニット(C6-C11)から成るアルデヒド 14a6)を用いる。23 と 14a の分子間付加により C5–C6 結合を形成することで、6α配置の第 2 級アルコール 13 を 1 工程で収束的に得る。続いて、1 位への核酸塩基導入と、6 位グリコシル化により、2 の全合成を達成する。
2-4 結果: α-アルコキシアシルテルリド 23 の化学構造(C1 置換基X)の最適化の結果を示す(Scheme5)。アセチルアセタール 23a と 14a (3.0 eq.)のラジカル付加では、付加成績体 13aa を、6 位の立体化学に関して、所望の 6α選択的に得た(entry 1)。次いで、メチルアセタール 23b 7)を同様の反応条件に付すと、付加体 13ba の 6α立体選択性が向上した(entry 2, 6α:6β = 4.7:1)。これにより、10 連続不斉中心を有する 2 の高度に酸素官能基化された炭素鎖骨格(C1–C11)を有する 6α-13ba を、1 工程で収束的に得た。一方、核酸塩基(ウラシル)を予め導入したアシルテルリド 23c をラジカル反応に用いた際には、付加体 13ca が痕跡量確認されたのみであった(entry 3)。
6α-13ba を、天然物 2 の化学分解産物であるメチルペルアセチルヒコサミニド(24)8)へと 4 工程で変換した。すなわち、6α-13ba の保護基を、NaOMe (Bz 基)、HCl (アセトニドおよび TBDPS 基)、ヒドラジン(Phth 基)をそれぞれ用いて、全て除去した。続けて Ac2O によるアセチル化を行うことで 24 へと導いた。合成した 24 の各種スペクトルは、文献値と良い一致を示した。
【3. 方法 C の開発】
3-1 計画: 【2.】で開発した脂肪族アルデヒドへの付加(方法 B)に加えて、新たに芳香族アルデヒドへの分子間ラジカル付加(方法C)が達成できれば、本反応の基質適用範囲の拡大につながる。しかし、π共役系を有する芳香族アルデヒドは、カルボニル炭素の求電子性が乏しく、その反応性が低い。それゆえ、芳香族アルデヒドへの分子間ラジカル付加の実現は、困難が予想される。
そこで、Lewis酸である Et2AlClの添加により、カルボニルβ位にヒドロキシ基を有するサリチル酸アルデヒド 25 への分子間ラジカル付加を、加速する計画を立てた(Scheme 6)。すなわち、25 に対して量論量の Et2AlCl を作用させると、系外への塩化水素の放出とともに、酸性度の高いβ位ヒドロキシ基がアルミニウム原子に配位したのち、キレート型ジエチルフェノキシアルミニウム種 27 を得る。27 は、点線で図示した、カルボニル酸素のアルミニウム中心への強固な分子内配位結合を有する。この配位により 27 は、通常の芳香族アルデヒドに比して、その C=O 二重結合の LUMO エネルギー準位が低下する。それゆえ、アシルテルリド 3 より生じた求核的なα-アルコキシ炭素ラジカル 4 は、速やかに 27 に付加し、エチルラジカルの放出を伴いながら、アルミニウムジアルコキシド 28 となる。28 の後処理により、アリールアルコール 26 を得る。
3-2 結果: まず、Et2AlCl 存在下での、アシルテルリド 3a の、25 とのラジカル付加反応は、高収率 (69%)で付加体 26a を与えた。一方、Et2AlCl 非存在下、同様に 3a と 25 のラジカル付加反応を行ったところ、ほぼ同等の収率で 26a を得た。これは、25 に内在するβ位ヒドロキシ基自体が、分子内水素結合により、25 のC=O 結合を活性化したためと解釈した。対照的に、アシルテルリド 3b/cと 25 とのラジカル付加反応においては、Et2AlCl 添加時において、ラジカル付加体 26b/c の収率の向上が顕著に見られた(Et2AlCl 添加時; 26b: 57%, 26c: 94%、無添加時; 26b: 32%, 26c: 48%)。
【結論】 私は、温和な中性条件下、ポリヒドロキシ化炭素骨格の迅速かつ収束的な新規構築戦略の確立を目指し、α-アルコキシアシルテルリドを前駆体とする、C=O 結合への分子間ラジカル付加(方法B, C)を新たに開発した(【2】, 【3】)。また、既に確立されている C=N 結合への分子間ラジカル付加(方法 A)、および新たに開発した方法 B を用い、高酸化度核酸系天然物 1b/c の統一的全合成(【1】)、および 2 の C1-C11 炭素鎖主骨格の収束的構築(【2】)をそれぞれ達成した。本研究は、高酸化度天然物群の新規収束的合成戦略を提示する点で極めて重要である。