高酸化度炭素骨格の構築を志向した新規ラジカルカップリング反応の開発
概要
審
査
の
結
果
の
要
氏
旨
名
桑
名
大
輝
桑名大輝は、「高酸化度炭素骨格の構築を志向した新規ラジカルカップリング反応の開発」のタ
イトルで、研究を展開した。桑名は、含酸素複素環と含窒素芳香環のカップリング反応を開発し、
さらなる基質適用範囲の拡大に成功した。また、新規ラジカル発生法の確立を目的として、TiO2 を
用いた脱炭酸型ラジカルカップリング反応の開発を遂行した。以下に、その詳細を述べる。
含酸素および含窒素複素環は、それぞれ医薬品の最も重要な構造成分の 1 つである。両者のカッ
プリング反応の開発は、薬理学的に重要な分子群の合成に重要である。他方、sp 3 炭素に富んだ高酸
化度な含酸素複素環と sp 2 炭素に富んだ含窒素複素環をカップリングできる手法は限られており、
高温、高エネルギー光や強酸化剤などの厳しい化学条件が必要である。桑名は、穏和な中性条件下
に進行する有機テルリドを前駆体とした分子間ラジカル付加反応を応用し、高酸化度複素環のカッ
プリング反応の実現を目指した。
Scheme 1. Plan for radical addition and oxidative rearomatization
Table 1. Reactions of α-alkoxy and α-alkoxyacyl telluride with protonated N-heteroarenes
反応の計画を Scheme 1A に示す。α-アルコキシまたは α-アルコキシアシルテルリド 1 に対して、
酸素存在下、Et 3 B を作用させると、α-アルコキシラジカル A が生じる。A は、プロトン化により求
電子性を高めた含窒素芳香族化合物 2 の C-N 二重結合と反応し、ラジカルカチオン中間体 B を形
成する。続いて、系中に存在するオキシルラジカル種 Y が B から水素を引き抜き、芳香環を再生
する。最後に、C の脱プロトン化により、カップリング体 3 が得られる。
桑名は、ラジカル前駆体として糖誘導体などの高酸化度な複素環 1a-e を設定し、含窒素芳香族化
合物 2a-d のカンファースルホン酸(CSA)塩への付加反応を検討した。その結果、いずれの組み合わ
せにおいても、位置・立体選択的なラジカル付加反応および系中での再芳香族化が一挙に進行し、
両複素環のカップリング体 3aa-ad,ba-ea を与えた(Scheme 1B)。本手法は、光照射や加熱を必要とし
ない条件下で C(sp 3 )-C(sp 2 )結合の形成を可能とする。
Scheme 2. Plan for decarboxylative coupling using TiO 2
当研究室は、有機テルリドの優れた反応性および実用性を示してきた。しかし、有機テルリドは
カルボン酸から別途調製する必要がある。そのため桑名は、カルボン酸からの直截的なラジカル発
生法に着目した。中でも、単体で光触媒としての機能を有し、温和な条件下で反応を行える安価な
TiO2 を採用した。TiO2 を用いた二量化や付加反応はすでに報告されているものの、極めて単純な反
応基質への適用に限られていた。そこで、天然物全合成への応用を志向し、基質適用範囲の拡張と
新規ラジカル発生法の開発のための研究に着手した。
桑名は、α-アルコキシカルボン酸からの脱炭酸型ラジカルカップリングを計画した(Scheme 2)。
半導体である TiO2 に光照射を行うと、価電子帯に存在する電子が励起される。この際、価電子帯に
は正電荷を有する正孔(h +: hole)が生じる。一方、カルボン酸 4 に TiO2 を作用させると、TiO2 表面に
存在するヒドロキシ基の水素結合によってカルボン酸が吸着され、脱プロトン化が促進される。生
じたカルボキシラート D は正孔によって酸化され、カルボキシルラジカル E となる。E からは脱炭
酸反応が進行し、α-アルコキシラジカル A を与える。2 分子の A からカップリング反応が進行する
と、二量体 5 が得られる。また、求電子オレフィン 6 の存在下では、A の 6 への分子間付加反応が
進行し、F を与える。F は TiO2 上に蓄積された電子によって還元され、アニオン G となる。G がプ
ロトン化されることで、付加体 7 が生じる。
まず桑名は、二量化反応の条件検討を行った。その結果、高酸化度なカルボン酸を基質とした反
応が進行し、連続不斉中心を有する炭素骨格を一挙に構築することを見出した。最適化した条件を
カルボン酸 4c-g に適用すると、いずれの基質においても二量体 5c-g が得られた(Table 2)。
さらに、本条件を付加反応に応用した。その結果、求電子オレフィン 6a,b に対して良好な収率で
分子間反応が進行し、付加体 7 が得られた(Table 3)。6a や 6b は塩基存在下で損壊し得るラジカル
受容体であり、従来の脱炭酸型カップリングの条件では困難が予想される分子変換を実現した。特
に、トリオキサアダマンタン構造を含むカルボン酸 4a をラジカル前駆体とした場合には、四置換
炭素と第四級炭素の連続中心を有する付加体 7aa または 8ab が高収率で得られた。
Table 2. Dimerization of α-alkoxy carboxylic acids
OR2
OH
R1
TiO2
visible light
OR2
O
5(
RO
OH
:
:
O
O
)
a
R
+ R1
OR2
1
R
OR
O
OR2
OR2
O
MeO
OH
X
O
R1
+ R1
substrate
O
O
OR2
1
OR2
O
O
O
O
a
R1
OR2
5c-g
substrate
O
R
R1
O
4c-g
RO
OR2
1
5(
:
O
O
:
)
a
X
MeO
OMe
X
O
O
R = Me (4c)
5c: 63% (49:51:0)
X = O (4f)
5f: 46% (46:54:0)
R = Bz (4d)
5d: 50% (30:60:10)
X = H,H (4g)
5g: 40% (35:50:15)
R = Bn (4e)
5e: 43% (46:47:7)
NMR yield except for 5e (isolated yield).
Table 3. Radical addition to electrophilic olefins
桑名は、第一に、有機テルリドを用いた含酸素複素環化合物と含窒素芳香族化合物のカップリン
グ反応を開発し、基質適用範囲を拡大した。第二に、TiO 2 を用いた脱炭酸型二量化および付加反応
と α-アルコキシラジカルの化学を組み合わせ、新規ラジカル発生法を開発した。本反応は、高酸化
度天然物・医薬品の新規合成への応用が可能であるため、薬学研究に寄与するところ大であり、博
士(薬科学)の学位を授与するに値するものと認めた。