OTUD5 Variants Associated With X-Linked Intellectual Disability and Congenital Malformation
概要
1. 序論
2003 年のヒトゲノム解析完了宣言からポストシーケンス時代に突入、2005 年に次世代シーケンサー(Next Generation Sequencing: NGS)が登場,2009 年にヒト疾患ゲノム 研究に応用が始まり、以降ヒト疾患の未知の原因遺伝子の同定が進んでいる.現在,現 在,エクソン領域に特化した全エクソーム解析(Whole exome sequencing; WES)を中心に,臨床現場での診断実装が進みつつあり、希少疾患の変異同定率は,約 35%まで向上した(Yang et al. 2013; Splinter et al. 2018).Genome Aggregation Database (gnomAD) (Karczewski et al. 2020)などの健常人データベースの充実は,変異同定に大きく寄与し た.一方,NGS で解析しても希少疾患症例の過半数の原因は不明である.原因不明群の中にこれまで報告がない遺伝子の変異候補が見出され原因であることを疑うも結論に至らないことはしばしば経験する。この解決のために GeneMatcher システム (Sobreira et al. 2015)など,希少疾患の解決に向けた国際的な遺伝型・表現型データシェアリングシステムが登場し、新規疾患遺伝子の同定に向けて各施設や各国に 1 例しかないような超希少症例をネットワークで繋ぐ、国際共同研究が加速化している.
知的障害の原因としてX 連鎖性遺伝子は有名で現在 100 種類以上知られ,正確な遺伝子診断は患者の予後予測や家系における遺伝カウンセリング等に重要である.従来型の解析では,家系図情報から男性特異的発症などで X 染色体劣性遺伝形式を疑い,原因遺伝子の変異の同定を1エクソンずつサンガー法で極めて非効率的に行うしかなかったが,NGS を用いれば遺伝形式が不明な孤発例に対してすら網羅的遺伝子解析によって原因変異を同定することが可能な時代を迎えている.
伊藤白斑(MIM300337)は,皮膚のブラシュコ線に沿う白斑と神経系の異常(知的障害や痙攣,頭部画像異常)を伴う神経皮膚症候群の 1 つであり,神経線維腫症,結節性硬化症に次いで多い.歯列異常や指趾形成異常を合併し,発生学的に外肺葉系の異常を伴 う.伊藤白斑は,その特徴的な皮膚所見から遺伝学的には体細胞モザイク変異の可能性が疑われていたが,これまでに体細胞モザイクの染色体構造異常の報告はあるが,遺伝子異常についての知見はなく、伊藤白斑の原因は不明であった.
本研究では,(1)原因不明の知的障害の 3 家系 5 例と,(2)伊藤白斑を認める孤発例 4 例に対してそれぞれ,次世代シーケンサーを用いた網羅的ゲノム解析を行いその原因を明らかにすることを目的とした.
2. 実験材料と方法
(1) 知的障害を認めた 5 例は,2 歳の男児およびその 8 歳の従兄弟(家系 1)と,47 歳と 49 歳の兄弟例(家系 2),2 歳の孤発男児例(家系 3)の 3 家系である.彼らの末梢血白血球からゲノム DNA を抽出,WES 解析を施行,gnomAD などの健常人データベースの頻度情報などから,患者特異的希少バリアントを絞り込み,家系間に共通する変異遺伝子を探索した.
(2) 伊藤白斑の 4 例は,全例孤発例である.臨床的に伊藤白斑と診断された 4 例に対 し,末梢血白血球(健常組織)と,皮膚の白斑部位組織(罹患組織)からそれぞれゲノム DNA を抽出し,末梢血白血球 DNA および白斑組織 DNA に対してそれぞれ WES を行った.WES からの検出バリアントを比較,白斑組織 DNA 特異的病的バリアントの同定を試みた.さらに超ディープシークエンシング法を用いて,変異アリルのアリル頻度を算出した.変異の病原性の確認のために,機能解析を行った。
変異症例の集積を目的に,国際間情報シェアリングシステムである GeneMatcher を使用し,症例を集積した.同定された変異のインパクトを,蛋白質構造解析の視点から検討した.
3. 結果
(1) 知的障害を認めた男性 4 例で,X 連鎖性の OTUD5 遺伝子(MIM300713, NM_017602.4)のミスセンス変異 c.878A>T, p.Asn293Ile(家系 1)と c.1210 C>T, p.Arg404Trp(独立した家系 2 と家系 3)をヘミ接合性に同定した.これらは,いずれも健常人ゲノムデータベースに登録のないバリアントで,複数の in silico 変異評価プログラムで病的と示された.さらに GeneMatcher により,米国国立衛生研究所などで同遺伝子変異を有する 6 家系の罹患男児を集積した.これらの症例で,脱ユビキチン化酵素である OTUD5 の機能異常が確認され,特異顔貌と心疾患や腎奇形を伴うX 連鎖性知的障害を呈す,LINKage-specific-deubiquitylation-deficiency-induced embryonic defects(LINKED) 症候群として報告した.
(2)伊藤白斑を呈す孤発例 4 例全てに同一の RHOA 遺伝子(MIM165390,NM_00166.4)のミスセンスバリアント c.139G>A, p.E47K を罹患組織(白斑組織)DNA特異的に認めた.白斑由来 DNA において 29.6%から 6.1%のアリル頻度で変異を認めた.
本バリアントは正常組織 DNA には認めなかった.遺伝子バリアント c.139G>A,p.Glu47Lys は,健常人データベースに無く,Catalog of Somatic Mutations in Cancer(COSMIC)データベースで複数の腫瘍で検出された病的バリアントと同一であった.ウエスタンブロッディングで,RHOA の野生型と変異体の発現レベルは同等で,同定された変異はタンパク質の安定性に影響は無かった.蛋白質構造解析と RHOA の p.Glu47Lys のin silico 解析結果から,このアミノ酸置換は RHOA と PKN 型結合ドメインを含む下流のエフェクターとの相互作用部位を障害し,下流シグナル伝達系の障害が予測された.超高深度シークエンスでは,症例毎の白斑組織の変異アリル頻度には差異があり,症例の白斑由来の皮膚線維芽細胞から抽出した DNA においては,変異アリル頻度は低かった.
4. 考察
本研究において同定された OTUD5 遺伝子と RHOA 遺伝子は,いずれも新規の疾患原因遺伝子である.両遺伝子ともに,gnomAD データベースからミスセンスバリアントの頻度を遺伝子毎に評価し算出された Z スコアは高値であり,ミスセンスバリアントに対して
不寛容であることが示唆された.gnomAD における Z スコアや,Probability of being loss-of-function intolerance(pLI)高値,Loss-of-function observed/expected upper bound fraction(LOEUF)スコア低値は,疾患原因遺伝子の抽出の際に,有用な指標となる.
X 連鎖劣性遺伝形式を示す OTUD5 遺伝子の生殖細胞系列変異による LINKED 症候群は,本研究も含め 2021 年に合計 10 家系 26 例が報告された.過半数が,心疾患合併などにより乳児期早期に死亡する中,我々の症例(家系 1)では兄弟例で約 50 歳まで生存して
おり,長期的に生存可能な軽症例と位置付けられ,遺伝型-表現型相関があると推察される.
さらに神経皮膚症候群の一つである伊藤白斑の成因が 1 遺伝子の体細胞モザイク変異に起因することを明示した.伊藤白斑を生じる RHOA の体細胞モザイク変異 p.Glu47Lysは,機能的に優性ネガティブ効果を有することが示唆された.皮膚白斑由来 DNA に比し,皮膚白斑から作製された線維芽細胞由来 DNA の変異のアレル頻度が低い理由としては,RHOA 変異により細胞増殖が遅延する可能性や,変異細胞の継代培養中の淘汰の可能性がある.本変異が生殖系列で生じた場合は,生存に適合しない可能性が考えられる.また,伊藤白斑の表現型は幅広く遺伝的異質性が想定され,今後新規遺伝子同定の可能性がある.
以上,WES 解析により OTUD5 変異による新規症候群 LINKED 症候群と,RHOA 体細胞モザイク変異による伊藤白斑を新たに確定した.
GeneMatcher などの国際間データシェアリングは,超希少疾患の原因確定に極めて効果的である.今後は,更なる症例集積と国際連携による原因未解明疾患の新規原因遺伝子の解明と治療展開が強く期待される.