Defined lifestyle and germline factors predispose Asian populations to gastric cancer
概要
1. 序論
本研究の目的は日本人胃癌のゲノム解析をして,世界における胃癌、特に白人の胃癌と差異があるかどうか明らかにすることである.
胃癌は世界中において癌による死亡の3番目の原因となっている(Ferlay et al., 2015).胃癌は,東アジア,特に日本と韓国で最も発生率が高く,欧米では発生率が低いといった地 理的な差異を認める(Torre et al., 2015).ピロリ菌や塩分摂取を始めとするライフスタイル要因やCDH1を始めとする遺伝的要因,この地理的差異の要因としてある(Lochhead and El-Omar, 2008; van der Post et al., 2015; Tsugane and Sasazuki, 2007).国際がん研究機関 ではピロリ菌と喫煙に関しては十分なエビデンスありで,胃癌のリスク因子としている (IARC).エビデンスは十分ではないが,EBウィルスや塩分摂取もリスク要因としている.食道癌や大腸癌では,飲酒をエビデンス十分としてリスク要因としているが,胃癌におい てはまだ飲酒をリスク要因としてはいない.
体細胞変異においては,近年の全ゲノム・エクソームシークエンスにより,数多く報告されている(Kakiuchi et al., 2014; The Cancer Genome Atlas, 2014; Wang et al., 2011, 2014; Wong et al., 2014; Zang et al., 2012).上記の報告では,TP53,CDH1,SMAD4, PIK3CA,RHOA,ARID1A,KRAS,MUC6,APC,BCORなどが胃癌において重要な遺伝子として明らかとなった.特にびまん性胃癌においては,CDH1とRHOAが特異的な遺伝子として明らかになった.
生殖細胞変異においては,ゲノムワイド関連解析が行われてきて,関連のある一塩基多型が報告されている(Sakamoto et al., 2008; Wang et al., 2017).具体的には,PSCAや PLCE1の一塩基多型が胃癌と関連ありと考えられている.また,遺伝性びまん性胃癌患者において,CDH1の病的な生殖細胞変異を有する家系があることはよく知られている.近年ではBRCA関連遺伝子の病的な生殖細胞変異を保持している遺伝性びまん性胃癌患者も報告されている(Sahasrabudhe et al., 2017).
以上のように,各方面からのアプローチで胃癌の解析は多数行われてきているが,民族間におけるライフスタイル,生殖細胞変異,および体細胞変異間の正確な相互作用は明らかになっていない.この点を解明するために、日本人の詳細な臨床情報に紐づいた胃癌の全エクソームシークエンスを施行した.
2. 実験材料と方法
東京大学医学部附属病院と横浜市立大学附属病院で胃切除を受けた患者から得られた凍結胃癌組織と凍結正常胃組織のペア,それぞれ 169 例・126 例を解析に用いた.インフォームドコンセントが各被験者から得られ,この研究は東京大学,横浜市立大学,東京医科歯科大学の各施設内審査委員会によって承認されている.合計 295 ペアの検体から DNAと RNA が抽出された.これらの核酸を用いて,全エクソームシークエンス・トランスクリプトームシークエンスを施行した.腫瘍率が低いと判定された 42 例は除外症例とした.この解析結果と,TCGA が公開している胃癌データ(The Cancer Genome Atlas, 2014)288 例を統合した.統合されたデータを用いて,体細胞変異・生殖細胞変異・コピー数・変異シグネチャー・免疫細胞解析を行った.生殖細胞変異に関しては,韓国人の 80 例のびまん性胃癌の解析(Cho et al., 2017)も統合した.
3. 結果
531 人の胃癌(319 人のアジア人と 212 人の非アジア人)のゲノムにおける民族間分析を行った.変異シグネチャー解析では,明確なアルコール関連変異シグネチャーを認めた.階層型クラスタリングでは,1 つのサブクラスを形成し,そのほとんどすべての症例は,飲酒習慣、喫煙習慣、およびアジア人固有の不活性型の ALDH2 の一塩基多型を有していた.このアルコール関連胃癌は,体細胞変異数が有意に少なく,癌細胞固有の CXCL13 ケモカイン発現に関連して腫瘍領域への B 細胞浸潤が増加するという特徴的な免疫プロファイルを有していた.
また,BRCA 経路に関与する遺伝子の生殖細胞変異に加えて,日本人のびまん性胃癌で生殖細胞 CDH1 変異が頻繁に見られた(7.4%).日本人の健常集団と比較して,約 4 倍多く認めた.それらのほとんどは,日本人と韓国人の両方が共有する少数のレアバリアントであった.この結果は祖先における共通のイベントの存在と、これらの病的なバリアントの東アジア集団間での広範な分布を示唆していた.
びまん性胃癌の約 5 分の 1 は,不活性型 ALDH2 アレルを持ち飲酒習慣があるか,または生殖細胞系 CDH1 変異に起因していた.これらの結果は,胃癌の高発生地域における生殖細胞系変異とライフスタイルとの相互作用を明らかにした.
4. 考察
今回の胃癌ゲノム解析から,アジア人では生殖細胞変異において CDH1 と ALDH2 が重要であることが示唆された.CDH1 においては,p.V832M を中心に様々な機能解析の実験が行われているが,実験方法により結果が異なっており,病的かどうか結論づけられていない(Curtis et al., 2007; Suriano et al., 2003).オッズ比も約 4 倍と軽度であり,これらのバリアント単独というよりは,ピロリ菌などライフスタイルがさらに関与することが示唆された.
不活性型 ALDH2 アレルと飲酒習慣の組み合わせと,変異シグネチャーが強く相関していた.不活性型 ALDH2 を有する人が飲酒をすると,活性型 ALDH2 の人と比べ胃内のアセトアルデヒドが 5.6 倍多く蓄積されるという報告がある(Maejima et al., 2015).この蓄積されたアセトアルデヒドが発癌に関与することが示唆された.
これらの示唆された結果の機序については,さらなる検討が必要である.