Postoperative peripheral neuropathy considered to be induced by surgical stress
概要
【緒言】
術後の末梢神経障害は日常の臨床においてしばしば経験する合併症であり、症状が回復しない場合には医療訴訟に発展することもある。その多くは手術操作や不適切な体位保持により神経に圧迫、牽引、切断等の機械的ストレスが生じ発生するが、時に手術との因果関係が明確でない神経障害に遭遇する。Staff らは手術と時間的、空間的乖離がある術後末梢神経障害を Post-surgical inflammatory neuropathy として報告し、麻痺の発生に炎症性メカニズムが関与していると結論付けた。しかしながら、Post- surgical inflammatory neuropathy の認知度は低く、特に術後患者の合併症に最初に接する外科医の間ではほとんど認識されていない。そこで、実際に機械的ストレスではなく手術ストレスによって引き起こされた特発性末梢神経障害の存在を明らかにし、その認識を高めるために整形外科医にアンケート調査を実施した。
【対象および方法】
名古屋大学整形外科関連 68 施設に、術後末梢神経障害についての 1 次アンケート調査を実施した。対象症例は、術後 30 日以内に新たに発生した末梢神経障害(運動神経麻痺)のうち当該神経への明らかな外傷を伴わないものとした。術前より当該神経の麻痺症状があるもの、麻酔覚醒時に神経障害が確認されたもの、機械的刺激等の原因が明らかなもの、脳血管障害や脊髄疾患等の他の疾患によると考えられるものは除外した。過去 10 年間における対象症例の有無を調査し、ありと回答した施設に対し、個々の症例につき年齢、性別、先行手術、麻酔方法、発生した神経障害、痛みの有無、知覚障害の有無、先行手術から神経障害発生までの期間、MRI、超音波検査、神経伝導検査等の各種検査結果、神経障害に対する手術の有無と手術所見、病理所見、末梢神経障害の経過と予後について個別に調査した。
【結果】
68 施設中 42 施設よりアンケートの回答があり、対象症例は 7 例であった。症例は男性 5 例、女性 2 例、平均年齢 58 歳(39-81 歳)、先行手術は上肢手術 3 例、下肢手術1 例、消化器外科手術 3 例で、麻酔方法は全身麻酔 4 例、腋窩伝達麻酔 1 例、腰椎麻酔 1 例、局所麻酔 1 例であった。罹患神経は橈骨神経 2 例、正中神経 1 例、第 5 頚神経 2 例、腰仙骨神経叢 1 例、腓骨神経 1 例であった。手術から発症までの期間は平均9.3 日(1-15 日)であった。7 例中 5 例が 2 か月から 11 か月の間に自然回復し、回復の見られなかった上肢発症の 2 例で罹患神経の剥離術が行われた(表 1)。
【代表症例】
48 歳男性。右耳介扁平上皮癌摘出後の欠損部に対する組織移植のため全身麻酔下に左前腕遠位尺側に tissue expander 挿入術が施行されたが、expander 挿入部の潰瘍を形成し、術後 3 週で tissue expander を摘出した。expander 摘出術後 15 日目に左前腕から手のしびれが出現、翌日に下垂手を来たし整形外科を受診した。整形外科初診時、筋力は上腕三頭筋 MMT5、手関節と手指の伸筋群はすべて MMT0 であった。橈骨神経浅枝領域にしびれを認めたが知覚は正常であった。高位橈骨神経麻痺と診断し保存治療を開始したが麻痺症状の改善なく、発症後 6 か月で神経剥離術を施行した。手術所見では上腕骨外側上顆より5 cm 近位で橈骨神経に 2 か所の砂時計様狭窄を認めた(図 1)。狭窄部の神経上膜の病理所見では特異的な炎症像はみられなかった(図 2)。神経剥離術後 10 か月の時点で、MMT1~2 と伸筋群のわずかな筋力回復を認めるのみであったため、腱移行術を施行した。
【考察】
手術に関連する末梢神経障害については以前から報告があり、長野らはすでに 1990年に、前骨間神経麻痺のうち先行して痛みを認めた群の 17 例中 5 例(29%)に発症前 1週から 2 か月の間に手術の既往があったと報告している。Van Alfen らは、neuralgic amyotrophy の 246 例のうち先行イベントの確認できた 115 例中 16 例(14%)が手術後の発症であるとしている。頚髄除圧手術後に遅発性に三角筋や上腕二頭筋の筋力低下、いわゆる C5 麻痺が生じることが知られており、これは術後の tethering によって起こると推察されているが明確な原因は不明であり、neuralgic amyotrophy や腕神経炎による麻痺とする意見もある。また術後に発生した Guillain-Barré 症候群の報告も散見される。しかし以前よりこのような術後遅発性に発生した末梢神経障害の報告がなされている一方で、術後に機械的ストレスによらない末梢神経障害が発生するとの認識は十分に広まっていないのが現状である。今回の調査でも、過去 10 年以内の経験の有無を尋ねたにも関わらず、7 例の対象症例のうち 5 例が直近 1 年以内に発生したものであった。これは過去にも同様の末梢神経障害が発生していたものの、通常の機械的ストレスによる麻痺として扱われ医療者の記憶に残っていない可能性を示唆している。術後の末梢神経障害は医療訴訟にもつながる重大な合併症であるため、まずは外科医に機械的ストレスに起因しない術後末梢神経障害が存在するという認識を広め、その発生頻度や病態を明らかにすることが重要であると考える。
本研究では、病理検査で明らかな炎症所見を認めなかった。一方 Staff らは、Post- surgical inflammatory neuropathy が疑われる患者の神経生検にて、23 例中 21 例で炎症細胞を発見し、残りの 2 例を対象から除外した。このことより、我々の症例が“炎症性”神経障害ではないとすることもできるが、著者らの症例では、生検は発症直後ではなく 6 か月以上経過した時点での神経剥離時に実施されており、生検時にすでに炎症が治まっていた可能性が考えられる。さらに Staff らは皮神経の神経生検を実施したが、著者らの症例では罹患神経の神経上膜のみを検査しており、これが結果の差つながっている可能性もある。麻痺形態としては、本研究では 7 例中 6 例が単一肢の病変であったのに対し、Staff らは focal、multifocal、diffuse と様々な神経障害を報告されている。Staff らは、麻痺した運動神経ではなく皮神経の生検で炎症性変化を同定しており、全身性のストレス反応がより脆弱な神経の麻痺を引き起こし、表現型の違いをもたらすと考えられている。
著者らの 7 例中 2 例では麻痺は手術の翌日に発生しており、これは通常一次免疫応答が起こる前と考えられる。Staff らの報告でも患者の約半数(16/33)が術後 1 日以内に神経障害を発症しているが、彼らは、手術のストレスが遺伝的素因と無症状の既存の炎症もしくは神経障害と組み合わさって、炎症性神経障害を誘発すると考察している。
【結語】
機械的ストレスに起因しない術後特発性神経障害は、稀ではあるが実際に臨床の場で発生している。術後の末梢神経障害は医療訴訟にもつながる重大な合併症であるため、まずは外科医が術後の特発性神経障害の存在を認識し、今後その病態等を明らかにしていくことが重要である。