ヒトを対象とした神経障害性疼痛の研究
概要
[課程-2]
審査の結果の要旨
氏名
土田 陸平
神経障害性疼痛とは、その伝導経路である体性感覚神経系の損傷や病変によって直接に
引き起こされる痛みであるが、様々な慢性疼痛疾患の中でも重症度が高い傾向があること
が知られている。神経障害性疼痛に対する診断法の確立や病態解明は、世界的な健康問題
として認識される慢性疼痛の解決のために必須である。本研究は、脊髄神経や末梢神経の
障害を起こす癒着性くも膜炎と化学療法により末梢神経が障害される(CIPN)について、
前者は画像を用いた新たな所見の検討と後者は CIPN 発症に関わる遺伝子多型について検
討を行い、下記の結果が得られている。
<癒着性くも膜炎の画像研究>
1. 腰部に対して磁気共鳴画像(MRI)を用いて仰臥位と伏臥位をそれぞれで撮影し比較す
ると、健常人の場合、脊髄末端である馬尾神経が視覚的に重力方向へ可動し、仰臥位なら
馬尾神経がくも膜下腔の背側へ、伏臥位ならくも膜下腔の腹側へ束になって留まっていた。
くも膜下腔内の背側半分の低信号領域の面積をくも膜下腔内の腹側と背側にある低信号領
域の面積で除した面積比率においても、仰臥位と伏臥位で統計学的に有意差がついた。
2. 癒着性くも膜炎のリスク因子がある患者で体位変換を用いた MRI を行った結果、リス
ク因子がない患者と比較して、面積比率を用いた馬尾神経の可動性評価方法で統計学的に
有意に低下している脊椎高位が認められた。
3. 文献などで腰部脊柱管狭窄に典型的な MRI 画像所見と本研究で算出した面積比率との
相関関係を、癒着性くも膜炎のリスク因子のある患者とない患者で比較したが、いずれに
おいても関係性は見出せなかった。
4.
文献などで癒着性くも膜炎に典型的とされている MRI 画像所見が、本研究の参加した
患者で見られるか比較したが、リスク因子のある患者の中で偽陰性が一定数存在すること
から、古典的な画像所見単独では馬尾神経の可動性を評価するのは難しい。
<CIPN 発症に関わる LPA 受容体の遺伝子多型>
1.
探索群としてパクリタキセルで化学療法を受けている患者から得られた血液より、LPA
受容体 1-6(LPAR1-6)についての遺伝子多型を調べた結果、CIPN の発症について LPA 受
容体 1 と 3 で 8 つの一塩基多型(SNP)と有意な関係性(P < 0.05)を見出した。
2.
5 の結果を踏まえ、検証群としてパクリタキセルで化学療法を受けている患者から得ら
れた血液より、LPAR1-6 についての遺伝子多型を調べ多重性考慮したところ、統計学的に
有意な(P < 0.00625)SNP を LPAR1 で rs10980665(P = 0.0037)および rs2418124(P = 0.0060)
の 2 つを見出した。
以上、本論文は癒着性くも膜炎の病態の 1 つである馬尾神経の癒着を、MRI の体位変換
を用いることで可視化することに成功した。また CIPN の発症に LPA 受容体 1 が密接に関
連していることを統計学的に示せた。本研究により癒着性くも膜炎の画像所見として馬尾
神経の可動性低下を確立することで、これまでに典型的な画像所見を呈する患者以外にも、
癒着性くも膜炎の存在を疑うべき患者がいることを示し、癒着性くも膜炎が慢性疼痛疾患
の中で、鑑別診断に挙がる機会を増やすとともに、その診断の確立に向けて前進できたと
考えられる。また、候補 SNPs そのものが LPAR1 の機能的変化と関連しているかは現在の
ところ既知の知見はないが、LPAR1 が CIPN 発症に関連する新規の遺伝子座であることを
示唆しており、将来的に LPAR1 を標的とした CIPN 発症予防薬や治療薬、CIPN 以外の神経
障害性疼痛に対する鎮痛薬の開発の基礎的知見の一つになると期待される。
よって本論文は博士( 医学 )の学位請求論文として合格と認められる。