カペシタビンによる大腸癌術後補助化学療法中の患者に対するシスチン・テアニンの有害事象軽減効果に関する無作為化二重盲検プラセボ比較第Ⅱ相試験
概要
【背景と目的】
大腸癌術後補助化学療法は予後延長効果が期待できるが、種々の有害事象を引き起こす。術後補助化学療法の一つであるカペシタビンには、手足症候群や口内炎、食欲不振、悪心、下痢などの消化器症状、骨髄抑制や肝胆道系酵素の上昇などが認められる。これらの有害事象は治療上問題になるだけでなく、Quality of Life(QOL)にも影響を及ぼす。いずれの有害事象においても標準的に行われる確立した予防法はなく、発症時には対症療法と共に休薬・減量が必要となる場合が多い。そのため、治療完遂率へ影響を与える可能性があり、有害事象軽減効果を示す支持療法があれば非常に有用と考えられる。
シスチン・テアニンは体内でグルタチオン(Glutathione, 以下GSH)合成の際の基質となることが知られている。GSHは、生体内で過酸化物や活性酸素種を還元して消去する抗酸化作用や、グルタチオン抱合による細胞の解毒に関わる物質である。シスチン・テアニンと同じくGSH合成の基質であるグルタミンの投与は化学療法による口内炎を改善することが知られている。さらにGSH投与はオキサリプラチンによるneurotoxicityを改善する。また、シスチン・テアニンは術後の炎症反応の上昇を抑制し、エネルギー消費の回復促進作用があることが知られている。また、術後補助療法としてテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム(TS-1)を投与された胃癌術後、大腸癌術後の患者に対する先行研究において、シスチン・テアニンは食欲不振、下痢などの消化器症状改善効果を有し、減量・休薬をせずに化学療法を完遂できた割合を改善することが示唆されている。これらのデータより、シスチン・テアニンはTS-1と同様の経口フッ化ピリミジン系抗癌剤であるカペシタビンに対しても、有害事象を軽減しQOL低下を改善することが期待される。そのため、術後補助化学療法としてカペシタビン療法を行う大腸癌患者を対象として、シスチン・テアニンの安全性及び有効性を調査することを本研究の目的とした。
【方法】
術後補助化学療法としてカペシタビン療法を行う大腸癌患者を対象として、シスチン・テアニンの安全性及び有効性を調査するために多施設共同無作為化二重盲検プラセボ比較第Ⅱ相試験を実施した。本研究は、仙台オープン病院、仙台医療センター、山形県立中央病院、岩手県立中央病院、東北労災病院、石巻赤十字病院、宮城県立がんセンターの7施設で行われ、Japanese Organisation for Research and Treatment of Cancer(JORTC)プロトコール審査委員会および各参加施設のIRB(Institutional Review Board)の承認を受け、ヘルシンキ宣言と臨床研究のための日本の倫理ガイドラインに則り、登録前に書面による同意を得て行われた。2016年11月10日にUMIN-CTRへ臨床試験登録が行なわれた(UMIN000024784)。
主要エンドポイントは、Common Terminology Criteria for Adverse Events(CTCAE)v4.0に基づくGrade1以上の下痢の発現割合とした。副次エンドポイントは、CTCAEv4.0に基づくGrade2以上およびGrade3以上の下痢の発現割合、各有害事象(血算<白血球数、好中球数、ヘモグロビン、血小板数>、生化学検査<総ビリルビン、アルカリホスファターゼ(ALP)、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)、アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)、γ-グルタミルトランスペプチダーゼ(γ-GTP)、クレアチニン>、およびその他の下痢以外の有害事象)のCTCAEv4.0に基づくGrade1以上、Grade2以上およびGrade3以上それぞれにおける発現割合、European Organisation for Research and Treatment of Cancer (EORTC) Quality of Life Questionnaire module for all cancer patients(QLQ-C30)およびQLQ module for colorectal cancer patients (QLQ-CR29)の各スコア、Blumの分類におけるGrade1以上、Grade2以上、Grade3それぞれの手足症候群の発現割合、摂取アドヒアランス、カペシタビン療法4コースの完遂率、休薬・減量を行わずに完遂した割合、カペシタビン療法4コースに要した期間、カペシタビンの総投与量、とした。
カペシタビンによる下痢の発現割合はGrade1以上36.8%、Grade2以上6.3%と報告されている。大腸癌術後のTS-1による術後補助療法を対象としたシスチン・テアニンの先行研究において、下痢発現割合はコントロール群のGrade1以上41.7%、Grade2以上25%から、シスチン・テアニン群ではそれぞれ4.5%、4.5%へと低下している。TS-1とカペシタビンによるGrade1以上の下痢の発現割合は大きく異ならないことが予測され、カペシタビンのGrade1以上の下痢の発現割合をシスチン・テアニン群とプラセボ群でそれぞれ5%、25%と見積もり、主要な解析であるFisherの直接確率検定の有意水準を片側5%、検出力80%、1割程度の被験者の脱落を考慮して、サンプルサイズは各群50例、計100例と設定した。
【結果】
2016年12月19日から2018年7月10日までに100名の患者が登録され、無作為にシスチン・テアニン群(52例)あるいはプラセボ群(48例)に割り付けられた。シスチン・テアニン群の52例のうち3例は割り付けられた治療を受けなかったため除外され、プラセボ群の48例のうち2例は割り付けられた治療を受けず、1例は重複登録であったため除外された。有効性解析対象集団、安全性解析対象集団は各群でそれぞれ、49例、45例であった。主要エンドポイントであるCTCAEv4.0に基づくGrade1以上の下痢の発現割合について、両群間で有意な差は認められなかったが、シスチン・テアニン群で低い傾向があった(18.4%vs.28.9%,p=0.169)。CTCAEv4.0に基づく各有害事象について、Grade1以上(下痢を除く)、Grade2以上およびGrade3以上それぞれにおける各有害事象の発現割合は両群で有意な差は認められなかったが、Grade1以上の手足症候群についてはシスチン・テアニン群で低い傾向がみられた(67.4%vs.77.8%,p=0.185)。Blumの分類におけるGrade1以上の手足症候群についても、同様にシスチン・テアニン群で発現割合が低い傾向がみられた(67.3%vs.80.0%,p=0.124)。
摂取アドヒアランスは両群ともに良好であった。EORTCQLQ-C30およびQLQ-CR29の各スコアは、ConstipationとCognitive functioningについてシスチン・テアニン群でQOLをやや改善する傾向がみられた。カペシタビン療法4コースを完遂した割合、カペシタビン療法4コースを休薬・減量を行わずに完遂した割合、カペシタビン療法4コースの完了までに要した期間、カペシタビンの総投与量について、両群で差は認められなかった。
【考察】
本研究では、Grade1以上の下痢の発現割合について有意差は認められなかったものの、シスチン・テアニン群で10%以上の減少傾向がみられた。シスチン・テアニンがサプリメントであることを考慮すると、プラセボ群と比較して下痢の10%以上の減少は、臨床的に有用である可能性がある。また、Grade1以上の手足症候群(CTCAEv.4.0-JCOGまたはBlumの分類)の発現割合についても、統計学的有意差はないものの、シスチン・テアニン群で10%以上低い傾向があることが示された。手足症候群は頻度も多く標準的な予防的治療法がないことから、シスチン・テアニンによる発現減少効果は臨床的に重要であり、さらなる研究が必要と考えられる。
シスチンやテアニンは各種食品に含まれるアミノ酸であり、食品添加物として認められている。ヒトを対象とした既報告でも、シスチン・テアニンによる重篤な有害事象は報告されていない。本研究では、プラセボ群に比べてシスチン・テアニン群においてAST増加およびALT増加が多く認められた。しかしながら、コースが進むほどAST増加あるいはALT増加の割合が増えるような傾向はなく、登録時の割り付けの時点でシスチン・テアニン群にAST/ALT増加が若干多い傾向が認められた。シスチン・テアニンあるいはプラセボが原因と考えられる有害事象によるプロトコール中止例は認められず、シスチン・テアニンは大腸癌術後補助化学療法としてカペシタビンを行う結腸直腸癌患者に対して安全であると考えられた。
この研究にはいくつかの制限がある。第一に、カペシタビンに対するシスチン・テアニンの既報告がなかったため、サンプルサイズの計算は、TS-1よる下痢症に対するシスチン・テアニンの既報告に基づいて行った。そのため、カペシタビンに対するシスチン・テアニンの有効性を調べるためには、より多くのサンプルが必要となる可能性がある。第二に、本研究はPerformance statusの悪い患者は登録されていないため、これらの患者の評価にはさらなる研究が必要である。
【結論】
シスチン・テアニンは大腸癌術後補助化学療法としてカペシタビンを受ける患者にとって安全であり、下痢または手足症候群の発現率を減少させる傾向があることが示唆された。